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花火の残影

作者: 灯兎

村上春樹先生からの影響を強く受けた作品となっています。そういったものに気分を害される方は読まないことを推奨します。

 彼のことについて思い出すとき、決まって僕は花火大会を思い出す。それは僕の町で毎年行われているもので、町の大きさのわりには立派なものだった。海に面した病院のそばに空地があって、そこに普段では考えられないくらいの人が集まり、一点に視線を注いでいた。


彼とその花火大会に行ったのは高校三年のときだった。この時期といえば、平均的な高校生なら、もっとぴりぴりしているのだろうけれど、僕の高校は勉強などせずとも合格できる大学に入る、あるいは就職するという考え方がまかり通っていた。そのため周りには、抑えがたい性欲の匂いがあったことを覚えている。しかし、彼は違った。口元に傾いだ笑みを浮かべ本を読みふけり、常に何かしらについて思案し、そのことについて自分が何をできるであろうかということを試作しているような様子だった。将来を秤に乗せ、どちらに傾くかを観察することに心を砕きながらも、誰にもそれを気取られないようにするといったこの年頃にありがちなポーズではないようだった。まるで十一次元世界において紙飛行機はどのように飛ぶか、そしてそれに乗り込むためにはどうすればいいか考えているように思えた。


ある日、彼から花火大会への誘いがあった。同じ部活に入っているということ以外では、とくに付き合いの無かった我々だが、暇を持て余していた僕はその誘いを受け入れた。どうして僕だったのか、思い返してみてもわからない。しかし、とにかく僕らは二人で花火大会に行くことになった。


花火大会の夜。我々は会場の近くのコンビニで待ち合わせをした。辺りに漂っていたはずの静寂を、人々ががりがりとスプーンで削り取ってしまったかのような騒ぎだった。そこに現れた彼は、あたりの騒ぎなど一向に介さないという調子で、静かに歩いてきた。

「行こうぜ、始まっちまう」

 彼の言葉を合図に、我々は会場へと向かった。

 「どうして僕なんかを誘ったの?」

卑屈さと好奇心から、何気なく彼に尋ねてみた。

 「お前がお前だからだ。特に理由なんてない」

 なんとなくはぐらかされたような気分になって、少し食い下がる。

 「どうして花火大会なんかに?こういうのに興味あったっけ?」

 「この町を、出ようと思ってるんだ」

 唐突な返しに、言葉が出ない。町を出るのは、僕らにとって珍しいことではない。大概が進学か就職か、理由を見つけて町を出ていくものだ。あるいは僕らは何かから逃れたかったのかもしれない。

 「じゃあ進学でもするの?」

 「いや、そういうのじゃない。俺はただ町を出るんだ」

 進学でも就職でもない。とすると彼は放浪の旅にでも出るつもりなのか。それはいい。ならば、なぜ花火大会なのだ?

 「こんな風に一カ所にこれだけの人数が集まるなんて、これくらいだろ。だから花火大会なのさ」

 僕にはもう彼の言うことがわからなくなっていた。しかし、彼は僕に構わずに話を続ける。

 「花火ってのはさ、人を魅了するために人の手から離れる。かといって空まで届くわけでもない。途中で爆発しておしまいだ。その中途半端さが花火を美しくしているんだと思わないか?」

 「むしろそんな中途半端さが花火を死に急がせているように思う」

 「ははっ。やっぱりお前で正解だったよ」

 そのとき、雨の匂いが鼻を付いて、打ち上げ音が聞こえた。重い空にも人の手にも縛られずに昇る花火。おおげさな音色に耐えきれずに背を向けると、飴色のビルにも花火が映っていた。

 「ここは吹き溜まりみたいなものさ。何も生まない。ただゆっくり死んでいくだけだ。」

 「それでも僕はこの町が好きだよ。好きという言葉が気に食わないなら、親しみを感じていると言い換えてもいい。」

 そう言うと彼は、小さな子供を前にして困惑しているみたいな顔をして言った。

 「この町は、揺り籠には、小さすぎる」


そこで僕の記憶は途絶えている。酒を飲んだにしろ、記憶を飛ばすほどに泥酔したとは思えないし、それに僕はきちんと自分の足で家まで帰ったはずなのだ。それなのに、記憶は途絶えている。今になって考えてみても、筋の通らない話だ。なぜ彼が僕を選んだか、なぜ花火大会だったのか、なぜ彼は町を出ようとしたのか。わからないことだらけだ。結局、彼は町に残ったと聞く。あれ以来、彼とはほとんど口を交わしていなかった。その後の進路は友人づてに聞いたものだけれど、僕の高校の卒業生としては、とくに目立つものではなかったので、忘れてしまった。


 彼の近況を聞いたのは、昨日の電話だった。当時、学級委員長を務めていた女の子からで、金属質な声で告げた。

 「彼が自殺したんだってね」

 


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