第7話金だけはシールに勝る
「空間中に張り巡らされた糸も、ガルファンスを拘束したものと同じ造りだ~。こいつらも、スモールシールを貼られた万年糸で~、スイッチをオンにした瞬間にピンと張られた。
じゃー、いつ仕込まれたって話だが~、これら全部、あの殴り合いの最中に仕込まれた。もちろん、戦う前にあらかじめ張り巡らす、なんていうセコい真似はしていないぜ~。
次にどうやって張ったかだが、こいつが意外や意外、全然無名のシールを使ったんだ~。
その名もハリガネムシシール!糸のような所有物に貼ることで、そいつがミミズのように、気持ち悪いうねうねした動きで動き出すシールだ~。こいつには他にも特徴があってね~、動いた先に、自らを巻ける突起物があったら、それに巻き付くのさ」
『ハリガネムシシール:レアリティN:強化シール
縦・横の長さを1としたときに、高さの比が100以上ある所有物に貼ることができる、人ならば誰でも剥がすことができる。対象を螺旋運動させ、動かすことができる。その運動で突起物に接触した場合、それに巻き付く』
この非常に特徴的なシールは、あまりにも汎用性が無さすぎて、投資用か、変わった金持ちが玩具として買うくらいしか需要がなかった。
レインはそんなシールを万年糸に貼って、ひっそりと戦闘中に床を這わせていた。10本の糸は、シールを隠す用につけられた右手のバンドにある、この為につけられた革の輪っかに通されている。そこである程度操作しつつ、移動させていた。
糸は這いながら徐々に進んでいき、壁の備え付けのランプなどに巻き付けられる。両端共に巻き付けられると、その糸の準備は完了だ。
これを10本巻き付けたら、スモールシールとスイッチシールの出番である。
10本、いや、ガルファンスにつけられた糸も合わせると、11本の糸に全てにスモールシールが貼られてある。その全てが、レインの手の甲にある、一つのスイッチシールで反応する。
床を張ってゆるゆるだった糸は、縮むことで一気にピンと張られる。これが空洞中に仕込まれた糸の正体だった。
「ただーし、この万年糸がレインの旦那には見えなきゃ意味がなーい。これを解決するのが反射視認シールだ~。このシールは、光の反射をより精密に見ることができる。
こいつも、ハリガネムシシールと同じくらい地味なシールだ~。認知能力をあげるシールは、有能なものが多いが~、こいつはせいぜい色彩感覚が豊かになるくらいしかない。普通なら芸術でしか役に立たないと思うだろうよ~。
だがレインはこいつの隠れた効果に気づいた~。糸などの細くて見えにくいものを、よりはっきりと見えることにな~!このお陰で今も見えない、細い万年糸がどこにあるか把握しているんだ~」
『反射視認シール:レアリティN:強化シール
人ならば誰でも貼ることができる、人ならば誰でも剥がすことができる。光の反射をより鮮明に視認することができる』
ただでさえ見えにくい万年糸が、スモールシールでさらに細くなってしまったら、普通の人間なら遠目で目視することは不可能である。だがシールの効果で、レインにはくっきりと糸の軌跡が見えている。
「いいかガルファンス、お前は2つの過ちを侵した!
まず1つは最初の様子見だ。お前は見た目に似合わず慎重な性格をしている。だから一番最初に、悠長に糸を張る時間をあげてしまったのさ。
もしハナから本気を出しておけば、俺は糸を張るなんて芸当できなかっただろうな。
多分、長年のバトル経験で、色んな相手を見てきたんだろう?その経験が、お前を慎重にさせたんだ。そういう奴ほど、俺の糸戦術にはバッチリ当てはまるのさ」
糸を千切ろうと四苦八苦もがくガルファンスに向かって、長々と説明を聞かせる。そんな事をするのは、レインがこの勝負はすでについたと思っているからだろう。
「なるほどね。でも、あんな素早い攻撃をかわしながら、よくそんな余裕があったわね。10本の動く糸をコントロールするって、簡単な事には思えないんだけど」
「そりゃあそうさ~。ある程度自動で進むから、数本ならそんなに難しくはないが、10本となるとこれまた大変だ~。しかも戦いながらだからな~」
「そんな大変なことしながら、ようやく完成したのが10本のワイヤートラップって、正直あんまり割りに合わないような気がするけど……」
「お嬢!そいつは言ってはいけないことだ~!旦那はあれを完成するのに、どれ程練習を重ねたか分かってるのか~?」
「それにこの糸って一本一本にシールが貼られているわけでしょ?つまりそれって……」
ベネカがある事に気づいたとき、レインはガルファンスが犯した2つ目の失敗を語ろうとしていた。
「そしてお前の2つ目のミスは、俺の戦闘スタイルを大きく見誤ったことだ!
おそらく俺のことを、こう推測したんじゃないか?すごい隠し玉を秘めた、一芸型のタイプ。それか安いシールを使っているせいで、あまり名前は知られていないが、秘めた実力を隠し持つタイプか。
だがそんなんじゃねえ!俺の戦法は、金をふんだんに使ったゴリ押し戦術だ!10本の糸それぞれに、15万のスモールシール、8万のハリガネムシシールが貼られてある。これだけでものすごいお金がかかっている!
それに加えて、スイッチシールや反射視認シール、跳躍シール、パンチシールなどを合わせると、俺の強化シールは総計300万チケものお金が使われているんだ!
お前のシールは高いものばかりだが、それでも少数精鋭だった!せいぜい100万~150万ぐらいだろうよ!この資金力の差が、俺とお前の決定的な差だ!」
レインは堂々と、非常にかっこよくないことを言ってのけたのだった。
「えぇ……、折角ここまで格好よく決まってたのに、勝因を金のせいだと、あんなに誇らしく言うの……?」
呆れ顔でベネカはため息を漏らした。
「シールバトルに資金力の差がでるのは当然のことだぜ~。
金の力でゴリ押しするなんて、なんにも恥じることじゃねえ~。ま、旦那の場合は決してゴリ押しなんかではないと思うけどな~」
強化シールはお金がかかる。当然、資金力の差が勝ち負けを決着付けることもある。だがそれを卑怯だと言うのは、この世界で通用する言い分ではない。
「いやいや、あれでガルファンスの負けというのは、まだ早すぎると思うよ。だってアイツ、ギブとか参ったとかまだ何も言ってないじゃない」
ずっと黙っていたミーナが喋り始めた。
「そう?私にはもう負けを認めているようにしか見えないけど。だって彼、レインの言葉に対して何も言い返さないじゃない」
余裕かましてベラベラと話すレインに対して、ガルファンスは疲れて諦めたかのように、ただじっと彼を睨むだけだった。拘束する糸が千切れないと分かったので、抵抗するのは諦めたのだろうか?
「いってええええええ!!」
いきなり誰かの悲鳴が聞こえてくる。声は観衆の中からだ。
その声の主は、先程まで熱狂しながら観戦していた観客の1人だ。どうやら彼は、足首を痛そうに押さえている。周囲にいる人達が、心配してその男の様子を見る。
「おいおい、どうしたんだ?ってこいつはもしかして、ガルファンスにつけられたのと同じ糸か!?」
その男の足首は、ガルファンスの左腕・右足のように、糸のようなもので絞められている。いや、彼のよりも酷い。男の足首は、それが何重に、しかも遥かにきつく絞められているのだ。
「まさか、これがガルファンスの奥の手なの!?」
「さあ?こんなのアタシは知らないよ。もしかしたら、アタシの知らない間に、新たな奥義を用意したのかもしれないけど」
「いーや、こいつはレインの旦那のミスだな~。
張り巡らされた糸ってのは、全部物に巻きつく予定だったんだ。何故なら、糸を縮めたときに、ああいうことが起こらないようにするためにね~」
ハリガネムシシールは巻きやすいものであったら、生き物だろうが物だろうが関係ない。しかし普通であれば、その巻きつく力は非常に弱い。直接触らなければ気づかないほどで、長袖なんかで皮膚を隠してたら、巻かれている感覚は全く来ないほどだ。
しかしスモールシールで縮めた結果、観客の脚は、非常にきつく巻き付かれることになってしまった。
さらに、ガルファンスの糸よりもきつく絞める理由は、もとのサイズであった緩みだ。彼の腕と脚に通した糸は、動いている状態でも通せるように、非常に余裕を持たせた輪っかになっている。
対してこちらの糸は、弱い力とはいえ巻き付いてある。つまり、脚と糸との隙間は殆どない。
結果として切断するかの力で、足首を何重に締め上げる結果となってしまった。
「あーあー、これはすいません。ちょっと待ってください。今すぐに緩めるんで」
異変に気づいたレインは、すぐさま左手の甲に触る。
その瞬間、足首にぐるぐる巻きにされた糸は、一気に緩んだ。男の悲鳴もそこで止まる。
しかし、緩んだ糸はそこだけではない。空洞に張り巡らされた糸、そしてガルファンスを拘束している糸も同じく緩む。
それを分かっていたレインは、すぐさま客に巻かれた糸を引っ張って外し、スイッチをオンにする。
この動作を一瞬でやることにより、ガルファンスが動ける隙はないはずだ。彼はそう思い、ガルファンスの方を見た。
だが彼の目の前には、糸で悪戦苦闘するガルファンスの姿ではなく、猛スピードで目の前に迫ってくる巨体であった。