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第3話 外縁部の空気は荒い

「レインに会えて本当に嬉しい。これは紛れもない事実よ」

「本当にそう思っているか?言葉に全然気持ちが入ってないけどな」


 レイン、ベネカ、ロイドは先程とは変わって、カウンターで落ち着いた様子で会話している。そもそもレインは、ベネカの家出に関しては全く怒っていない。レインから隠れるような真似をされたことに怒っているのだ。


「俺にバレないために偽名まで使っていたとはな……。まさか、見つかったら怒ると思ったのか?」

「そんなわけないでしょ。私は安定的な立ち位置に着けるまで、集中したかったの。

 ……外縁部は厳しい街よ。この街は王国の地方から、明日の生活も分からぬ農家の次男・三男、野心ある若者、集落から追い出されたろくでなしまで、王国の余り者が集まる弱肉強食の世界。そんな場所で生き残っていくには、過去を懐かしんでいる暇はなかった。

 もちろん、レインに会いたいって何回も思った。でも私は、少しでも余裕が持てるまで会わないって決めてたの」


 オルダー・ベネカは野心ある女性だった。生まれた頃から持った恵まれていた容姿は、年を経るごとに美しさと可憐さが増していき、その噂はローンチ村を訪れる商人の間にも広まっていった。

 そんな彼女は父オルダー・ケリッジの自慢の娘であったが、一貧村の花嫁として人生を終えることを良しとしなかった。


 2年前の口論はそれが原因だ。その時、「レインとベネカの結婚式をする」とケリッジは提案してきた。

 しかしこの提案はこの時が初めてではない。ローンチ村の成人は15歳からなので、結婚が既定路線だった彼らは、本来ならその時に結婚するはずだった。

 しかし二人とも、このタイミングでの結婚に反対した。この時は何とか先送りすることができた。それからというもの、結婚の話は1年おきに持ち出され、そのたびに先送りしてきたのだ。

 だが18になったときにケリッジから提案された結婚は、先送りが認められなかった。

 その為、レインは諦めて結婚を受け入れることにしたが、ベネカはそれでも受け入れなかった。ケリッジとベネカ、そのどちらも折れなかった為、この話は平行線で解決しなかった。やがてケリッジが発した「結婚を受け入れないなら出ていけ」の言葉にそのまま従い、ベネカは家出して、それ以来一切の連絡をよこさなかった。


「……なら安心したよ。それでフォンドレーザで働いているってことは、成功したってことか?」

「ま、あたりといえばあたりかな」


 そう言ってベネカは右腕の袖をまくり上げる。

 彼女の右腕もレインと同じくいくつかのシールが貼られている。


「このシールを手にするのにすごい苦労したんだから」


 そう言って一つのシールに指をさす。


『労働者(フォンドレーザ)シール:レアリティC:陣営シール

 人ならば誰にも貼ることができる、本人・官僚(フォンドレーザ)・管理職(フォンドレーザ)以外剥がすことができない。グループ(フォンドレーザ)に加わることができる。官僚(フォンドレーザ)・管理職(フォンドレーザ)の命令に従わなければいけない。ただし命令には強制力はない』


「外縁部のお嬢はみんなこのシールに憧れてるからな~。レインの旦那はこのシールのすごさが分からねーと思うけど、外縁部の酒場は地方の美女が集まる激戦区だ。そこの一番の店の店員になるって事は相当な名誉なんだぜ~」


 レインはベネカの右腕をじっと見つめていた。


「何もそんなじろじろ見なくても……。それとも私の腕に見惚れてるの?」

「……フィアンセシール、着けてくれてたんだな。それが分かっただけでも、会った甲斐があったよ」

「!!」


 その言葉を聞いた瞬間、ベネカは顔を真っ赤にした。


『フィアンセシール:レアリティN:属性シール

 人ならば誰にも貼ることができる、本人・家族・フィアンセ以外剥がすことができない。このシールは2枚組であり、それぞれを別の人に貼ることで効果を発揮する。属性フィアンセ(スティンガー・レインフォード)を追加する。フィアンセは新たに家族シールを貼られなくなる』


 レインのものと少しだけ違うフィアンセシールは、2年前に家出した時から変わらず彼女の腕に貼り続けていた。


「俺が一番心配してたのは、別の誰かと結婚するんじゃないかってことだった。お前の村での行いを考えると、行き倒れるところなんて想像つかないからな」

「それは褒め言葉として捉えていいのかしら?」


 レインの余計な一言によって、ベネカは女々しい顔からムッとした表情になった。


「俺は旦那の昔話を聞いて、お嬢が成功すると見込んだんだぜ~。

 商人からパスポートシールを剥がしたり、火薬シールで自作の大砲を作ったり、それはそれは大変なお転婆娘と聞いていたからな~。そんなお嬢がへこたれて村に帰るわけがないと踏んで、俺は資金援助していたっていうわけさ」

「え……そんな理由で助けてたの……?」

「ていうかお前らは、お金のやり取りするほど深い関係になったのか」


 2年前からケリッジの跡取りとして期待されていたレインは、村の取引を任されることが多かった。そのため商人のロイドとは話す機会が自然と多く、時々一緒に外縁部で遊びに行くほどの仲になっていた。

 だがあの時のベネカとロイドの二人の関係は、顔見知り程度だった。話したことも一度か二度程度だ。

 今日レインが驚いたことの一つが、この二人の親密な関係性であった。


「もしかして、お前ら愛人関係になってないだろうな?」

「あんたはどういう風に私を思っているのよ!彼は私の知り合いで金づるよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

「それは逆にひでえな!」


 金づると言われたロイドは、ニヤニヤしながら二人の会話を眺めている。


「安心しろ、俺の知る限りじゃ、お嬢が別の男とそういう関係になったのはねーな。俺には二人は、両想いのカップルにしか見えねーよ。フィアンセシール、早く使い切っちゃった方がいいんじゃね~か~?」


「……おいおい、さっきから黙って聞いてりゃ、メディーのフィアンセとは、どういうことだ?」


 レイン、ベネカ、ロイドの三人のいづれとも違う野太い声が、脈絡なしに会話に入ってくる。気付けばあれだけ騒がしかった店内は、いつの間にか静まり返っている。

 カウンターにいる三人は、大きな黒い影にすっぽりと覆い隠されていた。その黒い影から一本の太い腕が伸びてきて、ロイドの胸ぐらをつかみ上げた。


「よお、見た目だけの詐欺商人!てめぇ、いつから俺のメディーに近づくことを許されたんだぁ?」


 ロイドより頭3つ分背の高い、分厚い筋肉で包まれた大男は、腕力だけで彼を宙に持ち上げている。その後ろには、これまたでかい男が4人ばかり並んでいる。


「一体いつから、あんたの女になったって言うの?私はあんたに抱かれるほど安い女になり下がった覚えはないから!」


 大男の鋭い眼差しに負けず、ベネカは挑発をした。


「あぁ?てめえ今なんて言ったぁ!俺がどれほどお前に貢いできたと思っている?それに酒場の女が、フィアンセシールを貼っているとはおかしいんじゃねえのぉ?

 そういえば、俺に右腕を見せたことがなかったなぁ!まさかそれを隠すためにやってたってわけか?」

「あったりー!意外と頭が回るじゃない!」

「てめぇ、どこまで俺を馬鹿にする気だぁ!」


 そう言って大男はロイドを放り投げ、ベネカに向かって襲い掛かる。


「フィアンセは俺だよ」

「あぁ?」


 一人の発言によって、大男の動きは止まる。


「お前が一番ぶちのめしたい相手って、本当はフィアンセの事だろ?」

「はっ、まさかそっちから挑発してくるとはぁ、いい度胸じゃねえか!お前はベネカの後に、じっくりぶちのめす予定だったんだがなぁ!」


 大男の威勢はより一層大きくなっている。


「ふーんそうか、俺がフィアンセだって気づいてたんだな。ていうか、大人しく俺たちの会話を盗み聞ぎするあたり、お前って後先考えず行動するタイプではないんだな」

「なんだぁ?てめぇもメディーに劣らず生意気な奴だな」

「あとお前が言っている『メディー』って名前は偽名だぜ。お前が好きな女の本当の名前は『ベネカ』だ。

 何で俺はそのことを知っていると思う?」


 威勢にも負けず、レインの挑発は切れ味をより増している。大男の方もそれに負けていない。


「ほう、まだ挑発するってわけか。いいぜ、答えてやる。お前もこの女に相当金をつぎ込んだな?」

「全然違う……正解は、俺とベネカは幼馴染で、10年も一緒に生活していたからだ!その間に俺はお前の知らないベネカのいやらしい部分から、猥らな行動まですべてを知っている!」

「はい殺す!」


 大男は一目散にレインのもとに飛び込んでいった。


「待ってガルファンス!それにお兄さんも!」


 二人の喧嘩に待ったをかけたのは、ミーナだ。いつの間に彼女は店内に戻っていた。


「ガルファンスは1年前に外縁部にやってきた荒くれ者よ!

 この男はわずか1年の間に、外縁部のいくつものマフィアを壊滅させてきた!こいつは少数精鋭のグループで、他の組織とはあまり協力せずに独自に行動する奔放な男よ!そのごつい見た目とは裏腹に、冷静な判断力と狡猾さを備え、つけられた渾名はハイエナ・ガルファンス!ただの筋肉馬鹿ではないこいつと戦うのは大変危険よ!」


 ご丁寧に大男ガルファンスの解説をしてまで、二人の喧嘩を止めに来たのだろう。このままではレインやベネカ、ロイドが大変なことになってしまう。ほぼ初対面にもかかわらず、こうして守ってくれるあたり、ミーナは実はいい子なのだろう。


「対して意気揚々と挑発してきたのは、メディーのフィアンセと名乗る謎の男レインフォード!この男は普段は村長の息子として堅実に生活している一方、時々この外縁部を訪れているそうよ!その実力は未知数だけど、あのガルファンスにビビらず挑発することから、もしかしたら相当な実力者かもしれない!

 そんな二人のタイマン勝負は、メディーもといベネカをかけたものよ!男のプライドをかけた勝負が、今始まる!

 さあどちらが勝つか賭けた賭けた!」


「こんなのガルファンスに決まってるだろ!1000チケだ!」

「俺は2000!」

「おいらは穴狙いでレインフォードに500!」


 ご丁寧にレインの解説をしてまで、賭けを盛り上げたいのだろう。このままでは店はただ喧嘩の場となり、大変なことになってしまう。ほぼ初対面にもかかわらず、こうしてレインの情報を仕入れているあたり、ミーナは実に商売上手な子なのだろう。


「なんだなんだ、俺を止めてくれるんじゃなかったんかよ。ていうかこの場慣れした感じ、ここでは喧嘩が日常茶飯事なのか?」

「私はレインに5000チケ!」

「俺はレインの旦那に10000チケだな~!」

「いやお前らも賭けるのかよ!ていうかロイド、お前投げ飛ばされてボロボロだけどよくそんな元気あるな!ベネカ、お前はいつの間にか喧嘩の戦利品になってるんだぞ!そんな状況に抗議はないのか!」


 先程の険悪な雰囲気はどこへやら、二人はまるで他人事のように、ギャンブルの狂乱に交じっている。喧嘩を邪魔されたガルフォンスはどう思っているんだ?と思いレインは彼らの方も見たが、


「俺は自分に10000賭けるぞ。確かに俺に挑発するあたり、恐らく何かあるに違いないが、それでも俺が勝つ可能性の方が高そうだしなぁ。お前らはどう思う?」

「さすがに親方でしょ!」

「俺も親方だ!」

「あいつが勝つビジョンが見えねえなあ」

「俺も親方だと思うが、もし負けたら俺たち全員損になっちまうから、リスクヘッジのために敵にかけときますよ」


 彼らも酒場の空気と同じように賭けをしている。しかもごつい見た目に似合わず、すごい繊細なこともやっている。


「お前ら、さっきの怒りはどうした!さっきまでベネカの事で血が上っていたのに、賭けになったら急に冷静になりやがって!」


「ところでお兄さんはいくら賭けるの?」


 ミーナがレインのもとに掛け金を徴収しにやってきた。


「……レインフォードに5000チケだ」

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