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第1話 シールは重い

 この世界はシールで支配されている。国も家族も地位も強さも、その全てにシールが関係している。


 そんな世界でスティンガー・レインフォードは、ディング王国の辺境ローンチ村に住む、ただの若者だ。着ている服も見た目も、世界中に溢れているただの農家の男性だ。


 彼の右腕には9個の模様が刻まれている。その模様を簡単に表すと、親指サイズの円形の陣だ。その中に、小さな文字で色々なことが書かれている。


 ――人々はそれをシールと呼んだ――




「俺に跡を継がせたい?」


 木で造られたオンボロな一軒家で、レインフォード、通称レインは二人の夫妻と食事をしていた。その最中に、いきなり飛び出してきた問題発言に、彼は驚いたのであった。


「ああ、そうだ。レイン、お前は本当に働き者だ。この頑張りに報いる形として、是非オルダー家を継いでほしい」


 先程のレインの声とは打って変わって、太く枯れた、年季の入った声が聞こえてくる。その声の主は、この家の亭主オルダー・ケリッジのものだ。見た目は、声に見合うほど老けていた。


「いや違うな……、お願いだから継いでくれ」


 そう言い直すと、オルダー・ケリッジは頭を下げた。それに呼応するかのように、天井の木の隙間から、パラパラと砂埃が落ちてきた。


 ローンチ村は気候が寒冷で、冬が長くて夏が短い。その為、農業に向いている土地とはお世辞にも言えず、ディング王国の税も重なり、長らく貧困にあえいでいた。

 しかし近年は、若干ではあるが、村の暮らし向きもよくなった。これは、今レインに頭を下げている現村長、オルダー・ケリッジの影響が大きい。


 その影響はレインの右腕にも表れている。


『種まきシール:レアリティN:強化シール

 人ならば誰にも貼ることができる、人ならば誰でも剥がすことができる。植物の種子を捲く速度が2倍になる。』


 レインの右腕にある9つの円形模様、いやシールの一つには、このような文字が記されているのであった。


 シール、この世界で最も重要なものと言って過言ではないそれは、貼った者に様々な効能をもたらす。先ほど紹介したシールは、種まきシールという名前で、シールを貼った者に種まきの速度を上げるという効果がある。


 それに関連するシールとして『刈り取りシール』、『耕作シール』という二つのシールも、彼の右腕にある。


『刈り取りシール:レアリティN:強化シール

 人ならば誰にも貼ることができる、人ならば誰でも剥がすことができる。植物の実、葉、茎、根を刈り取る速度が2倍になる』


『耕作シール:レアリティN:強化シール

 人ならば誰にも貼ることができる、人ならば誰でも剥がすことができる。農業に適した土地であれば、土地を耕す速度が2倍になる』


 種まき、刈り取り、耕作という名前から分かる通り、このシールは農業のためシールだ。このシールを貼ることで、レインはシールを貼っていない者よりも、遥かに早く農作業をすることが出来る。


 このシールは確かに便利だ。だがシールは、もちろんただでは手に入らない。種まき、刈り取り、耕作シールを仕入れるのに、それぞれ8万、14万、12万チケのお金がかかったのだ。


 この世界で、これはかなりの金額である。

 オルダー・ケリッジの家には、亭主とその妻のオルダー・ネルダリン、そしてスティンガー・レインフォードの三人が暮らしているが、その彼らが一年通して稼ぐ収入は100万チケである。

 そこから、日々の食費で2000チケほどかかり、そのほかの経費も引いていくと、彼らが最終的に余らせるお金はほとんどない。


 彼らが何故余裕がないのに、いい値段のシールを保有してあるかというと、それはひとえにオルダー・ケリッジのコネであった。

 彼は何とかして、ローンチ村の最寄りの都市である、ロイチェースの役人たちに気に入ってもらい、融通してもらったのだ。


 こう聞くと、ケリッジは狡賢い人物だと思うかもしれないが、そんなことはない。

 彼はそのコネをフル活用して、村の住民の大多数に、これらの高価なシールを配ったのだ。そのおかげか、以前は頻繁にあった飢饉が、彼が村長になってからは一度も起こってない。


 そんな村長であり、救世主でもあるケリッジから、跡を継いでほしいと頼まれることは、レインにとっては栄誉であると同時に、プレッシャーでもあった。


「親父さん……、俺にはそれをすることはできない」


 レインフォードは、ケリッジのお願いをきっぱりと断った。


「やっぱり、この村の面倒を見るのは荷が重いか?」


「……いや違う。おれと親父さんとでは、血もシールも違うからだ」


 レインはケリッジの実の息子ではなく、さらには家族でもない。その証拠は、彼の言うとおり血以外にもシールとして表れている。それも彼の右腕を見ればわかる。


『家族(スティンガー家)シール:レアリティC:陣営シール

 家族シールを既に貼ってある者・物には貼ることができない、本人・家族(スティンガー家)以外剥がすことができない。家族(スティンガー家)に加わることができる』


 レインに貼られた家族シールというものは、ケリッジも含めて世界中のほとんどの人が貼っている。


 この家族シールは、先ほど紹介した種まきシールとは、一段階上の種類が違う。先ほどの種まきシールや刈り取りシールは、強化シールという括りのシールだ。この強化シールは、貼ったものの特定の能力を強化したり、新しい能力を身に着けさせる。


 対して家族シールは陣営シールという括りだ。陣営シールは能力を強化することはない。その代わり、貼った者に陣営やグループ、家族といった集団分けの役割を与えるのだ。


 レインフォードに貼られた家族(スティンガー家)シールは、彼にスティンガー家の家族の一員としての役割を与える。対してケリッジに貼られた家族シールは、家族(オルダー家)シールだ。

 まさしく彼の言う通り、レインフォードは血だけでなく、シールでも家族ではないのだ。


 レインの本名はスティンガー・レインフォード。彼は養子として、8歳の頃オルダー家に迎えられた。それから現在までの12年間その家で育ててもらった。


 この経緯が、彼が跡継ぎを断る理由であった。


「そんなことは百も承知している!それを踏まえたうえで、お願いしているのだ。お前は村を任せるのに十分な男だ」


「まあまあお父さん、そんな焦らなくてもいいじゃないの。まだレインは二十歳なんだし、跡取りを考える年齢じゃないわ」


 ケリッジの横から、弱々しい女性の声が割って入ってくる。妻のオルダー・ネルダリンだ。彼女は跡継ぎの会話をケリッジの隣に座って黙って聞いていたが、とうとう堪えきれずに発言してしまった。


「それにベネカも帰ってくるかもしれないですし……」


「ふん、仮に帰ってきたところで、あの親不孝娘に継がせるものか!」


 ベネカの名前を聞いた瞬間、ケリッジの顔つきが明らかに険しくなった。


「大体あいつはどこで何をやっているのやら……」


「ロイチェースの酒場で働いている、という情報を聞いたことがあるぜ」


 割って入るかのように、ケリッジの疑問にレインは答えた。


「まあ!どこでそんな情報を聞いたの?」


「ロイチェースから来た商人からさ。ベネカは目立つ女だからな……ローンチ村にいたべっぴんさんが、行方不明になったという噂が、この村を知っている商人の間で流行ったもんで、捜索してくれたらしい」


 先程の跡継ぎ話での歯切れの悪さから一転して、ベネカの話は饒舌に話すあたり、レインは話題を変えたがっていたのだろう。


 ロイチェースは、彼らのいるローンチ村から最も近い都市である。また村の徴税も、この都市が管轄している。そのためロイチェースの人間が、ローンチ村に訪問することも珍しくなかった。


「それで今度、ロイチェースの商人と取引するときに、一緒に連れてってもらおうと思ってるだ。ベネカと直接会って話がしたいし」


 そう言うレインの右腕には、あるシールが貼られていた。


『フィアンセシール:レアリティN:属性シール

 人ならば誰にも貼ることができる、本人・家族・フィアンセ以外剥がすことができない。このシールは2枚組であり、それぞれを別の人に貼ることで効果を発揮する。属性フィアンセ(オルガー・ベネカ)を追加する。フィアンセは新たに家族シールを貼られなくなる』

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