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店内で流されている有線放送から今年一番の神アニメと言われた『マジック・スター・オンライン』の主題歌が聞こえてくる。
職場でも有線放送流してるから結構な頻度で耳にするんだけど、好きな歌がさ不意に流れてくるとちょっとテンション上がるよね。
略して『マスオ』、あれホントに面白かったなぁ。いつもは録り溜めしてからまとめて観るのに、マスオだけは毎週楽しみで楽しみでリアルタイムで視聴してたんだよねぇ。
この主題歌も世界観とマッチしてるし、アップテンポで聴いてて爽快。もう、ちょーテンアゲー!
「…………はぁ…………」
────とでも思った?
全然。まったく。そんなことないよ。私のテンション絶賛急下降中だよ、ちょーテンサゲだよ。
でもマスオが好きなのはホント。いつもの私だったらついついふんふーんと口ずさんでたはず。
なのにそうならないということは、私のテンションが上がらない理由があるワケで。
さてそれは何なのか。
そもそも、ここはどこだって?
────大手カラオケチェーン店、そのトイレの中です。
「はぁ…………」
溜息が落ちる個室内。
耳を澄ませば有線放送に混じって、盛り上がる人たちの歌声が聞こえてくる。
この中にはきっと私の連れのも混ざってることでしょう。超がつくノリの良さで。
(……ついていけない……)
私とマルスは声を掛けてきた男性二人組と共にカラオケにやって来たワケなのだけども。
……皆のテンションについていけず、トイレに避難してきたところでございまして。
いやぁ何なのでしょう、あのパリピ感。……パリピって言うのか? まあなんでもいいや。
別にカラオケは嫌いじゃないしむしろ大好きな方なんだけど、男の人と一緒に来たことも無ければ男子受けするような曲も知らないし。ほら、私ってばアニソンキャラソンばっかりだから。
テーブルを仕切りにしてうまい具合に男女ペアな感じ席が決まっちゃって、そうなったらもうそもそも何話せばいいかも分からなくて。ほら、私の話題といえば推しの事しか無いし。
来てまだ一時間と少しというところですが、モトコ……お家に帰りたいです。
(推しが恋しい……)
しかし彼はまだオネエサンの手の中。
私はまた深く溜息を吐いて個室を出た。用足すわけでもないのにずっと入ってたら迷惑だからね……。
できることならこのままこっそり帰りたいけど、荷物はカラオケルーム内に置いてあるんだな。こっそり帰るにしても荷物が多いんだよ……!
トイレを出てとぼとぼと歩く。その足取りは重い。ホントに重い。
近づくにつれて、部屋から漏れる歌声が耳に入るようになる。
擦りガラスの窓が嵌められたドアの前に立つ。
ガチャっと開けた瞬間、隔てるものがなくなった音がぶわりと大きくなった。
「キミと目が合った瞬間ー恋の風が吹いたんだぁー」
「フォーリンラブ!」
「キミの可愛い笑顔がー僕の心を攫ったんだぁー」
「ビーインラブ!」
「もうキミの事しか考えられないよぉー」
「どうしようー!」
真っ暗な部屋で回るミラーボール。
盛り上げる男性二人。
「巻き起こそうーキミと愛の嵐ぃー」
「ひゅー! ひゅー!」
「アリスちゃん最高ー!」
煌めくライトに照らされ踊るマルスオンザステージ。
さすがストハリの追っかけしてただけあって、振りは完璧でした。
「モトコちゃん、おかえりなさい」
「あ、……はい……」
マルスの歌声が響く中私に声をかけてくれたのは、ニット帽を被った爽やかスマイルがよく似合う男性。名前は確か────
「ただいま、……チアキくん」
そしてキャップ帽子を被りマルスに合いの手を送っている方がマフユくんだ。