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とても爽やかな人だな、というのが最初の印象だった。
「古之屋さん、おはよう!」
彼は、性格は明るい方とはいえ地味である私にも、口数の少ない大人しい子にも、ちょっと怖いやんちゃな人にもリーダー気質の派手な子にも、頑固で厳しい先生にも毎日誰にでも挨拶をする。
最初は挨拶を返していなかった人も気づけば自然と挨拶をするようになっていく。それは分け隔てない彼の優しさが伝染しているからだと私は思っていた。
まるで心地よさを運ぶ風のような人。
彼に挨拶されると、どんなに憂鬱な気分も爽やかな風に流されて元気になる。
小さく『おはよう』と返すと嬉しそうに目尻が垂れる。その顔を見ると心が温かくなる。
そんな彼だから、彼の周りには常に人がいた。
みんなきっと私と同じように彼がもたらす心地よさに魅かれているのだろう。彼の周りはいつも賑やかで、まるで教室を明るくしてくれる太陽みたいだった。
爽やかな風と、あたたかな太陽という両属性を持った人。
私は気づけば毎日彼の事を目で追うようになっていた。
彼が笑っているのを見るだけで心はぽかぽかだったし、同じ空間にいられるだけでよかった、私の淡い恋心だ。
彼とどうにかなりたいなんて全く思っていなかった。
だって、彼は風と太陽の人。風は掴めないし、太陽は雲の上の存在だ。地味で陰に隠れた存在の私なんかとは違うから。
だから、あの日一緒になって笑う声を聞いたとき、やっぱりなって思ったんだ。彼と私は住む世界が違うのだと。
それでもちょっぴり信じていたんだ。分け隔てなく誰にでも笑いかけてくれる人だから、私の世界を嘲笑わずに一緒になって笑ってくれるんじゃないかって。
なんだかんだ言いながら、いつか彼と──なんて儚い夢を見ていたんだよね。
だけど私だって年頃の女の子だから、恋に夢だって見るよ。
そうじゃなかったら、住む世界が違う人だからってことを言い訳にすっぱり諦めてまた別の誰かに恋をすることができた筈だ。
それが、あの日のことが今でも抜けない棘となって残っているのは、苦い形で終止符を打たれた恋のカケラがきっと残っているからかもしれない。
あの日あの瞬間バリーンと弾けた恋心は本物で、淡くだなんてかわいいものなんかじゃなくて私は本当に恋をしていたのだから。
────していたからこそ、あの日見た彼の表情が今でも忘れられないんだ。