第1話 ユキとの出会い
「……いったいなんだってんだよ!?」
意識が覚醒し目を覚ます。
自転車に跨がった状態で俺は居たらしい。
「ったく……、変な夢見てたわ……。帰ろ帰ろ、明日業者の相手しなくちゃだし……」
体勢と顔を上げて自宅に帰ろうとペダルに足を掛ける。
「…………どこだここ?」
見覚えのない広場に俺が立たされていた。
…………ん?
『シェシェシェ、なんだその冴えない面の男は?』
「あん?」
声のした方向に振り向くと筋肉がムキムキのスキンヘッドで目の辺りにタトゥーを入れているいかにもな悪者って感じの男が立っていた。
冴えない男?
どいつの事なのかと辺りを見渡す。
『せ、成功よ!勇者よ!勇者を呼び出したわ!』
スキンヘッドの男と対峙する形でヘンテコな女の声がしてそちらに振り向く。
左目のしたに黒子のあるフリフリのメイド服のコスプレをした茶髪の短い髪型の女(スキンヘッドの示す冴えない男だとしたら性別が間違っているけど)がガッツポーズをしていた。
「形勢逆転よ!さぁ、勇者!やっつけちゃって!」
なんか俺に指さして訳のわからん事を呟いていた。
「あんたさ、冴えない男とか言われちゃってるぜ。その見掛けで男とはビックリしたぜ。じゃあ俺家に帰るからじゃーな」
男でメイド服を着ている奴なんか今までの人生で見掛けた時が無かったので引き気味であったが、それを隠しながら自転車を動かそうとする。
「待って待って!ちょっと、どこ行こうとしてる!?戦って!?戦ってよ勇者!」
「……え?勇者って何?」
意味がわからなく自転車のペダルから足を離す。
手元を確認、先程の紋章の描かれた絵馬がある。
一旦頭を整理する。
「冴えない男っててめえに決まってんだろーが!潰すぜぇぇぇ!」
「え?えぇ!?」
筋肉の塊みたいな奴から突進されている。
や、ヤバい……、逃げないと……。
「う、うわぁ……」
自転車から転び地面に転がる俺と自転車。
スキンヘッドの男の前に自転車が邪魔をして突進の足を止めた。
「ちっ……、邪魔だ」
ジャンプして自転車を飛び越え俺に駆け寄る。
よ、良かった……、自転車が壊されるかと思ったぜ。
「シェシェシェ、そいつが勇者だぁ?シェシェ、どう見てもただのガキじゃねぇか」
「ガキとは失礼な。俺は二十歳だぞ」
「はた……?なんだって?潰すぜガキが!」
地面に倒れた俺を踏み潰そうと足を向けてくる。
よく見ればスパイクみたいなトゲトゲした靴底の靴を履いていて踏まれただけで大怪我しそうで転がって避けた。
「はぁはぁ……、はぁ……。なんだよお前……?」
「シェシェ!勇者とかびびらせやがって!どう見ても度胸もないヘボ男じゃねーかよ!」
「そ、そんな……。……わたくし達の希望の勇者様が……」
失望の目を俺に向けて涙を流す。
……あれ?
俺がなんか女泣かせたみたいじゃね?
「シェシェシェ、がっかりだなぁ?せっかく守り抜いた契約神具がガラクタなんて笑ってしまうなぁ?シェシェシェー」
シェシェシェ、シェシェシェと気持ち悪い笑い方のするハゲだなオイ。
『ーー万物を潰す圧倒的な力よ、我の望みに応えて』
ハゲの手にどこから現れたのか鎖付きの鉄球が現れる。
やベーよ、なんか世界観間違ってるよ……。
「お……、終わり……。わたくし……、何も成し遂げられないまま終わりなの……?」
メイドのコスプレ女が絶望に染まる。
俺はそんな彼女の顔に居たたまれなくなり立ち上がる。
「オイ、ハゲ」
「ハゲてねーよ!丸めてんだよクソガキ!」
「それがハゲなんだよ」
なんか命のヤバい地雷を踏んだ気がする。
でも、いいや。
どうせ死にはしないだろう。
「これでも学生時代はプロレスやってたんだ!3年近くやってないがなんとかなるだろ」
「シェシェシェ、ごちゃごちゃごちゃごちゃ消えろぉぉぉ!」
鉄球を飛ばしてくる。
「しかも風の加護付きだぁぁぁ!」
「くっ……」
風圧がヤバい。
目が開けていられない。
プロレスとか関係ねーよ、なんかでガードしないと!
手に持っていたなんかでガードした。
バギッと鈍い音がしたが、それが盾になったのか俺は風圧に飛ばされただけで済んだ。
壊れた物の破片を見る。
変な絵馬だった……。
「……ふぅ、そこそこ耐久ある絵馬で助かったー」
「シェ……?」
「って、はぁぁぁぁ!?貴方壊してしまったの!?」
きっ、と睨んでくるメイド女。
なんか俺に殺意が向けられている気がする。
ハゲとメイド、どちらも敵になった……?
「シェシェ……、契約神具を壊してしまったか……。クソっ、お宝がっ!」
「え?宝だったのかこれ……」
そう言われると変な紋章も美しい形をしていた気がする。
売れば100万くらいしたかも……。
流石に夢見すぎか、10万くらいか。
「シェシェシェ、まぁいい。死ね」
遂にハゲに死ねとか言われた。
鎖を収納し、鉄球を右手に嵌め込んだ。
グローブ型に変形したし……。
「うらぁっ!」
「うわ……」
右に避ける。
流石にブランクはあるが、プロレスの経験があるので見切るのには成功した。
風を切る隙が出来て俺は右手の鉄球を振り落とそうとその手首目掛けて力いっぱい蹴り込んだ。
「ぎ、ぎぃやあああぁぁぁぁぁ」
「…………」
悲鳴を上げながら左手で蹴られたところを抑えるハゲ。
「…………」
「嘘……、やっぱり本物の……勇者……なの……?」
勝てるんじゃね?
「オイ、さっきまではよくもやってくれたなハゲ!潰すぞハゲ」
「ま、待て待て!しぇ、シェーー!」
固そうな頭で頭突きを繰り出してきたがその中心目掛けて拳を入れた。
「ぐぁ……」
そのままスキンヘッドの巨体が俺の目の前に倒れた。
…………家に帰りてー。
「あ、……貴方やっぱり勇者なのね!」
メイド服の女が驚いた表情をしながら希望に満ちた目をしていた。
「うん、明日有給だけど仕事なんだ。ごめん、帰るわ」
「いやいや、待って!待ってください!有給じゃなくて勇者ですー!」
「勇者?…………俺が?」
「はい!わたくしは貴方を待っていました勇者様」
俺の前に頭を下げるメイド女。
これが御剣碧とユキとのファーストコンタクトであった。
鈍感で理解力の鈍い勇者の危機感の足りない旅の始まりであった……。