ありがちな話。ー彼の場合ー
ここは俺の住んでるマンションのエントランス。浮気相手と腕を組んで帰ると、そこには遠恋中の彼女の姿が・・・これは広い世の中、ありがちな話。・・なのか。
まさか自分がその場面の登場人物になるなんて思ってなかった。そんなありがちな話の、彼の場合。
以前投稿した、ありがちな話-彼女の場合-の"彼の場合"です。彼女を先にお読みいただいた方がわかりやすいかもしれません。
そんなことってないと思ってた。
ドラマの中だけでの話だと。
むしろ俺は、バカにしてた方だと思う。なんでそんなことすんの?しかもやるなら上手くやれよ。って
でもこれはきっと、世間様からすれば、ありがちな話…なんだろうか
今の状況。
同じ会社の由美と腕を組んでる俺。会社の奴らにはあんま知られたくねぇから俺のマンションの1ブロック前でさっき合流したばかり。そしてここはどこ、俺の住んでるマンションのエントランス。そう、ここまでは別にいつも通りだ。
でも今日は、俺の目の前に…みなこがいた…
(え、なんで?なんでだ?そのスカート似合ってる、かわいい、え、いや、久しぶり、嬉しい、、、そう、嬉しい!)
「み…みなこ…?どうして、ここに…?」
頭が混乱しすぎて、まとまらない。
が、なんか違和感。
(なんか、忘れてねぇ?俺。なんだ…?なに…っっ)
その時、くんっと腕が引かれた。由美が誰?って顔して俺を見上げてる。
由美が、腕を引いて、見上げてる…?
急速に、頭が冷えていくのが分かった。俺の顔が今どうなってんのかわかんねぇ。
そう、俺の今の状況。浮気相手の由美と腕を組んでる。俺のマンションのエントランスで。そしてそこには遠恋中のはずの6年付き合ってる彼女の、みなこがいた。
(ま、ちょ、待て、ま、まずい、や、やべぇ!なんでここに?なんで?どうしたら?いや、それよりも何か!な、何か言わねぇと!で、でも、何を⁉︎と、とにかく何か!)
「いや、たまたま近くに来たから。元気にしてるかな?って思って。タイミング悪かったね、ごめん。」
……え?確かにタイミングは…って違う!俺もなんか言わないと!
「え、いや、これは、その、違…「秋人さんのお友達ですか?」」
は?俺がなんか言う前に由美が割り込んできた。いや、何を言うかなんて決めれてなかったけど、なんでお前が割り込んで来るんだ・・
「秋人の彼女さんですか?」
「そうです!…っ秋人さんとはもう半年程のお付き合いになります。」
・・・え?何言ってんだよ・・・
「まぁ、そうなんですか?秋人ったら教えてくれてもいいのに照れちゃって…まぁこんな綺麗な人だったら独り占めしたくなる気持ちも分かるけど。(笑)
あ、すみません申し遅れて。私、秋人の友人で春日井みなこと申します。仕事でこちらの方に来たので久々にこっちにいる同郷の子達と集まって飲もうかと…1人者を集めようと思って来たんですけど、見当違いでしたね。本当に、お邪魔してしまってすみませんでした。」
「い、いいえ、全然大丈夫ですよ。いつまでこちらに滞在されるんですか?」
由美が少し腕を緩めて見上げてくる。
俺は・・・俺は頭が真っ白だ。俺の目の前で、俺も話の登場人物のはずなのに、なのにどうして何も言葉にできない。
今、みなこが言ったんだよな?彼女さんですか?って
俺の彼女はお前じゃねえか、何今更そんなこと・・でも由美と腕組んでるのは俺で
俺はたぶん今そんなこと思える立場じゃなくて、ああ、何か言わないと・・・!!
「あ、明日朝一で帰らなきゃいけないんです。出張の後の休日出勤なんて、ひどいと思いません?(笑) じゃあ、これで。失礼しますね。」
「え?でも…」
待って、待ってくれ・・・!
「実はタクシーを待たせてて、友人をこの先で拾うことになってるんです。そのままお店になだれ込もうかと思って。もう、少し待たせてしまっているので…私から言い出したのに、怒られちゃう。」
みなこが肩をすくめてにやっと笑うと由美もクスクス笑ってそれなら、と呟いた。
呆然とした。ようやく少しだけ空いた口からかすれた音しか出なかった。
待って、待ってくれ。
俺は知ってる、みなこがあの笑い方をするのは無理してる時だ。誰にも心配かけないように
にやっと笑う。少しだけ右側の口端を上げる、笑いかた。
だから、ほら、言い終わった後のお前の顔は・・・
ああ、本当に俺、何てことしてたんだろう。
仕事で地元を離れて、照れ屋で口下手だった俺の社交性があがった。それなりに、モテた。
それで俺は調子に乗ってしまったんだと思う。
いや、どこかでモテる彼女を見返したかった気持ちもあったのかもしれない。
どこに行っても誰かしらから好意を寄せられる彼女を持つ自分は不安だったのかもしれない。
でも、それでも俺はやってはいけないことをした。
ああ、口の中が乾いて空気が喉にはりつく。
みなこの仕事ではここに来る用事なんて有り得ない。
6年にもなる付き合いだ、お互いの友人関係はほぼ分かると言って過言ではない。
みなこにこちらの友人はいないだろう?ましてこの金曜の夜に会いにくるような。
いつも整理していて、女性にしては荷物が少ない目の彼女。
今日は少し大き目のかばんだった。・・・俺のところに泊まりに来てくれたんじゃないのか?
なんで俺の彼女だって宣言しないんだよ。わかってるよお前が俺のこと考えて言わなかったって。
何も言えなかった俺がくそ野郎のばか野郎だなんてわかってんだよ。
それでも、それでも・・・
「 ・・・なこ、みなこ・・・みな 」
俺の頬に流れている涙は何の涙なんだろう
せっかく彼女は頑張って知らないふりを通してくれたのに
彼女が涙をこらえてんのに俺が泣く権利なんてないのに
せめてこれで由美との関係は続けれる!位考えを突き通せるゲス野郎だったらよかったのに
いや、浮気した時点でゲスやろーか、、、
今タクシーで追えば彼女に追いつくだろうか
間に合うだろうか
なのに俺の足は動いてくれない、まだどうしたらいいのか
どうなるのかも考えられない
ただ、彼女が、彼女の心が・・・もう戻ってきてくれないんじゃないかって
さっき一瞬見えてしまった彼女の涙をこらえたくしゃっとした顔が
いまこの瞬間。彼女と距離が離れるたびに彼女が離れて行ってしまう気がして
怖くて怖くて動けない
距離があろうが、すぐに会えなかろうが、彼女がモテようが俺がモテようが、
俺のとっておきは変わっていなかったのに。
ずっとずっと変わらずに大切なのは彼女なのに。
その晩かけた彼女への電話は、繋がることは無かった。
これが、ありがちな話での、俺の場合。今もまだ、心の整理は出来ていない。
かなりの時間が空きましたが、ありがちな話-彼女の場合―の彼のお話しです。
お読みいただきありがとうございます。