第1話 天界の番人は可愛くない
ーー死んだらどうなると思う?
一度は考えたことがある問だと思う。命を落とした後に何があるのか、それが分からないから、人は死を何よりも恐れる。
「〜するくらいなら死んだ方がマシ」なんてのは紛れもない嘘だ。
「ゴキブリを食べるくらいなら死んだ方がマシ」とか言ってる奴でも、殺人鬼に「ゴキブリを食べれば命は奪わない」とか言われたら、一切の躊躇もなくゴキブリを食べるだろう。まあ、この例えの場合は、ゴキブリを食べても食べなくても死ぬんだけどね。
この例えを用いて、「死ぬくらいならゴキブリ食べる!」って言うバカが何人いるか試したことがあったっけ。
実際に殺人鬼が迫ってこなくても、自らゴキブリを食べたアホもいたっけ。自称羊の胃袋を持つ男だったかな。胃袋が強いのは羊じゃなくてヤギなんだけど。
話を戻そう。人は、死んだ後のことが分からないから死を恐れる。ならば、そのことを知れば死は怖くもなんともないのか。それは、「そのこと」とやら次第だろう。「死んだら神様に会えるよ」と「死んだら髪さらに生えるよ」。同じような響きだが、全然違う。まあ、そんな感じ。
今日は君たちに、俺が死後のことを教えてやる。この話を聞いて、自殺願望者が溢れて電車の駅のホームがコミケ状態にならないといいけどね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おめでとうございます!!記念すべき八一七億人目のぽっくりさんです!」
そんなシャレにもならないことを耳元で叫ばれ、俺は目を覚ました。瞼を上げると、まぶしすぎる光が視界を塞いだ。
寝起きによくある一瞬の白い世界、その直後に目に映ったのは、銀髪で青い目をした女性だった。
「あんた誰?」
「おめでとうございます!!記念すべきーー」
「同じこと二回も言わなくていいから!それと、そんな耳元で叫ばないで!鼓膜が破れるわ!」
俺は、目を覚ましてもなおわざとらしく耳元で叫ぶ変な女から離れる。嫌悪感丸出しの俺を見ても、その女は笑顔を絶やさない。
「おめでとうございます!!記念すべき八一七億人目のーー」
「三回も言っちゃうんだ!?てか八一七とかびみょーすぎるだろ!!もっとこう、キリのいい数字選べなかったのかよ、一兆人目とかさぁ。」
「私の誕生日は八月十七日なんです!そして今日は八月十七日!あなたは八一七億人目のぽっくりさん」
「知るかそんなこと!ってか、ぽっくりさんってなんだよ、死人をなんだと思っていやがる!」
ぽっくりさんとか言われてるが、俺はついさっき命を落としたばかりの死人だ。察するに、ここは天国なのだろうか。
女の向こうに門が見えるが、あれを通ると肉体を失うのか、門の向こうには魂がふわふわと飛んでいる。
俺は、右手に握っている小さなベルを見て、死ぬ前のことを思い出す。
それは、幼馴染みの友達と二人で学校から帰っていた時のこと。
「死んだらどうなるのかな?」
「死後の世界があるかどうか、気になるよな。」
「だったらさ、もし死後の世界があったら、ベルを鳴らそうよ。」
「それいいな!よし、ベルを買いに行こうぜ!」
そんな何気ない話をしながら、俺達はベルを買いに行った。100円の安いものを買い、約束を交わして別れた直後ーー、
俺は、ブレーキが効かずに突っ込んできた大型車に轢き殺された。
昇天している時に見たのだが、その大型車はそのままコンビニへ突っ込み、驚いて出てきた店員さんへの一言目が、「タバコください」だった。
死ぬ前のことを思い出し、俺はベルを鳴らす。約束を交わした友達に届いてるかな。ベルの美しい音を聞き、心を落ち着かせるか。
「りんごーん、りんごーん。ですってー!くすくすくす、何してんのよー?」
「うっせぇな!俺は約束は守るんだよ」
ベルの音が台無しだ。この女ぶん殴ってやろうか。
「ねぇ、ベル振ってないで、私の誕生日を祝いなさいよ!ほら、誕生日プレゼントちょーだい!」
「死人がプレゼントとして渡せるような物持ってると思うか?まあいい、こいつをくれてやろう」
俺は、何故かポケットに入っていたイモムシを左手で摘んで見せつける。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!そんな汚いもの天界に持ち出さないで!!『デリート』!『デリート』!『デリート』!」
女の唱えた『デリート』とやらでイモムシが跡形もなく消える。あーあ、イモムシ可哀想。成長したら、綺麗なてふてふになるのに。
「あんた、罰として私の遊びに付き合いなさいな!私は死んだ人がやってくる天界で番人をやってるイリア。」
イリアと名乗ったその女は、イモムシを見たのがよほど嫌だったらしく、遊びに付き合えとか言ってきた。その遊びとやらは、大体予想がつく。どうせ、生きてる人間として人体実験でもされるんだろ。
「ほら、私が名乗ったんだから、あんたも名乗りなさいな。年齢とかも。」
「あぁ、そうだな。俺は鷹見迅沙。歳は十六だよ。」
「冴えない名前ねぇ」
「黙れ」
名乗った途端名前をバカにされた。てか、なんて名乗ってもそう言うつもりだったんだと思う。多分、南冲尋定と名乗っても同じだったろうな。
「まあいいわ。じゃあ、ハヤサさん、あなたが死ぬ直前に持っていたものはそのまま身につけているはずよ。確認してみて。」
イリアに言われ、リュックを背負っていることに気付く。何が入ってたっけ。
「確認したわね?では、今から私の創った世界に転生してもらいます。」
「は?」
「だから、私が創った世界の出来を確かめたいのよ。私はここから見守ってるから、十分に堪能してきて!」
「お前世界創ることなんてできんの?それと、本人の意思確認くらいしてくれないの?」
「あんたみたいなオタクは異世界っていうのに憧れてるんでしょ?意思確認なんて必要ないじゃない」
「お、オタクじゃねぇし!!俺は学年一位の成績優等生だ!」
「私の眼では、あなたがキモオタにしか見えないんですけどー」
「・・・とっとと異世界に転送してくれ。これ以上お前と話すのは疲れる」
俺はイリアとの会話に疲れ、これ以上こいつと話すくらいなら転生してしまいたいと思った。
「そう。なら、準備ができたら、私の方を向いてね?はい、向いたわね!」
「始めから向いてたんですけど!?」
その叫びはイリアの耳に届くことなく、俺は彼女の創った異世界へ転生した。