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辿り着いた例の場所は、なるほど見上げれば今にも崩れ落ちそうではないか。
パラパラと落ちる小粒な泥土が見上げるハデスの頬に時たまぶつかる。
こんな状態になっていたとは思いもせず、ハデスは僅かに瞳を大きくした。
ーーー以前見た時はもっと分厚かったと思うがーーー
無限に広がり続ける冥界事情。日々増加する死者を収めるためにその体積を増やしていく。暇を見つけては新たにできた空間を個人調査をしているハデスは、この場所も既に把握済みであったが、自らの背に届くほど何層もの土壁が覆っていた記憶との差異に違和感を禁じえなかった。
改めて周りをじっと観察してみる。するとどうだろう、不自然に踏み固められた土の残骸がデコボコした隆起を作っている。それらが削り取られたものであることは天井の土の減りから想像に至った。というよりも、よく見たら人口的に、しかも明らかな素人が行ったと思われる下手くそな削り跡と、それを実行した陳腐な道具が隅っこに追いやられているのを見たからだ。
ゼウスの雑な企みを何となく察して、ハデスは細く息をついた。
わざと危険な場所を作り出した責任の追及を後でじっくりしてやろうと思いながら。
「それ、うまくいくんすか?」
事情も知らぬまま手伝わされたのでは不満であろう、とゼウスはそんなことより早く帰りたいヘルメスを引っ捕え自慢げに作戦を語るのだ。
うんざりしながら聞き、結局最後まで手伝ってしまったヘルメスは自己嫌悪しながらゼウスを見遣る。
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってんのよ」
「いくらゼウス様だって、誰かを偶然のままに操るなんてできないと思いますけど…」
神は万能ではない。人間より遥かに優れた存在というだけで、人間と同じくらい欠点も存在するのだ。そもそも完全な存在ならばここまで細分化した神々は必要ない。
いくら大神ゼウスとて、同格の神も巻き込んで簡単に同行できるわけがないはずだ。
「そこは天才ゼウス様のナイスな采配によるものよ」
自分で天才言いますか…と呆れるヘルメスを無視し、ゼウスは聞いてもいない作戦の名をウキウキで発表した。
「名付けて"ドキッ!?アダムとイヴ育成計画〜オリュンポスの香り〜"!!」
略してドキオリュな、と一言添えるゼウス。長い上に意味のわからないタイトルだけでは先程ヘルメスに打ち明けた内容の一欠片も伝わらないだろう。
わざわざヘルメスまで巻き込み荒削りした危なげな空間。そこにハデスを誘い込み、上からゼウスがうまいことハデスをその場に留まらせ、誰かをこの不安定な足場まで誘い込みハデスの元へ落とし驚かせてやろう。
というのがゼウスの目論見である。
シチュエーション、決めゼリフ、その他どうでもいいゼウスの熱弁を、望まぬ肉体労働でくたくたなヘルメスは半分も聞いていなかったが、ここへ落とされる予定であるどこぞの誰かについては、頑なに口を閉ざしていた。
曰く、見てからのお楽しみとのこと。
ーーーごめん、誰かさん。俺も加担したけど許してね。
不本意とはいえ作戦に加担してしまったヘルメスは、未来の哀れな犠牲者へ対し、懺悔の意味も込め静かに合掌したのだった。