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「うう」
ペルセフォネは自分の欠けた貞操観念による先程の行動に未だ羞恥し両手で顔を覆っていた。ハデスは何となくその様子を黙って見ていたが、やがてペルセフォネはそろそろと指を広げ、その間からちらりとハデスを見つめながらぽそぽそ言った。
「あ、あの、ハデスーーー、そのお洋服、とっても似合っているわ」
「ーーーああ、ありがとう」
そう言われて、自身の身に纏った制服を摘みながら礼を述べた。
「ペルセも、よく似合っている」
「えっ!あ、ありがとう、嬉しいわ……」
ハデスに着せてもらったので良く分からないままであったが、ペルセフォネの制服姿は普段から着慣れたように馴染んで見えた。
ハデスのネクタイを締めたブレザー姿は学生というより社会人のスーツ姿とも見紛う。着ている本人が人間ならばとっくに成人している齢なのでそう見えるのも無理はない。
ペルセフォネはハデスよりも(だいぶ)年下であるものの、同じく成人越えしているのだが、そんな年齢になるまで赤子のような無垢さを保ち続けたせいで、実際の年齢よりもかなり幼く見え、結果セーラー服が実にしっくりくるわけだ。
ペルセフォネはよいものの、成人に見える自分が学生を演じるのでは無理があるのでは、とハデスは思ったが、それも読み取ったガイアが『ガイジンは大人ぽく見えるから問題なかろよ』と良く分からない理論をぶつけてきたので口に出すには至らなかった。
その間もペルセフォネはハデスに褒められたことに舞い上がっていて、顔の熱をどうにかしようとした両手は頬へ移行し、やだどうしましょう、と周囲に花びらを散らしながら喜びを全面に表していた。
とりあえずお互い制服に身を包んだわけだが、降臨後の行動内容にしてはあまりに小さい。用意された金で細々と充てがわれた家で過ごすなどどうせさせてはくれないだろう、とハデスは思う。それも読み取ったガイアは言う。
ーーーこれからもおと楽しいいべんとがあるでのお。前戯はちょおと早めに済ませておきたいぞや
その声は先の機嫌の良さがやや萎んでいるような、何だかやる気なさげである。
ーーー細かいところはもおとあるのだがの、遅々すぎて飽いてしもうのぞ。そんなわけで、便利屋を呼んでおいたわ
自分で始めておきながら、自分で仕掛けをするのが早々に飽きてしまったらしい。至極自分勝手な彼女は、その役目を誰かに肩代わりさせる気でいる。その便利屋とかいう誰かに。
「ぴんぽーーーん」
唐突に、よく通る低い声がハデスたちの耳に届いた。
「ぴんぽーーーん」
その声はもう一度、同じセリフを呟いた。
「な、何かしら?」
聞いたことのない言葉が聞こえ、ペルセフォネは頬を染めるのをやめ不安そうにハデスに寄り添った。
ハデスはそれが何を意味しているかはわかっていた。
ハデスたちの降り立った国には様々な擬音表現が存在する。家人に来訪者を伝える呼び鈴の音が、繰り返される低音で表現されている。この国には独特な創作物の文化があり、文字による擬音表現が実に豊富である。低音が発するのは呼び鈴の擬音表現である。それは文字に表した仮のものであり、実際の呼び鈴がぴんぽんというわけではない。
ましてや呼び鈴音を口に出すなどそうそうないわけである。
「ぴんぽーーーん、おかしいですね、誰も出てきません」
「そりゃあ君、口でチャイムを鳴らしては意味がないじゃあないか」
「ですが、このお宅には呼び鈴がないようですし、一応言った方がいいのかと」
「いいじゃあないか、もう勝手に入ってしまえばいいのさ」
低い声は丁寧な口調に切り替わり、何やらもう一人、女と思しき声と話し合っていた。
「ならそうしましょうか、お邪魔しますよ」
ハデスたちが黙って聞き耳を立てているのをいいことに、低い声は家人の了承を得ずに不法侵入をほのめかし、実際戸を開け足音が二つ近づいてくるのがわかった。
「は、ハデス、誰か来るみたいだわ」
ペルセフォネは怖くなり、触れられないため極力側に寄りつつハデスを見上げた。
「………便利屋か?」
「べんりやーーー?」
未だガイアの声はハデスにしか聞こえないので、ペルセフォネはわからず疑問符を増やし浮かべる。
「はい、そうですこんにちは。便利屋の者です」
「やっほお」
「きゃっ!?」
ハデスが自分を伺うペルセフォネに顔を向けた瞬間、近づいていた筈の声はいきなりすぐ隣で響いた。驚きの声を上げるペルセフォネのほぼ目と鼻の先に、謎の声の持ち主たちが音もなく立っていた。
「ガイア様より言付かっています。店長です。よろしくお願いします」
「その愛人のオーナーだよ。よろしくどーぞ」
ハデスたちが何か言う前に勝手に自己紹介を始めたのは、なんとも対照的な男女であった。
恭しく一礼して見せた男は、黒髪の中肉中背で、笑みを絶やさぬままこちらを伺っていた。ストライぺを基調とした半袖のポロシャツとエプロンといったいでだちで、どちらの左上にある共通のロゴのようなものから何処かの店の制服にも思える。両手を後ろで組み背筋よく立つ様は誠実そうで、仕事を忠実にこなすであろう期待が持てる。
しかし女の方はまるで反面教師のようにだらしのない印象を受ける。男の肩に腕を回し凭れ掛かった女は、あちらこちらに跳ね上がった短い猫っ毛は垂れた瞳と同じく薄く赤みがかった紫で、緩やかな笑みを湛えた唇はぽってりと分厚く、やや半開きな状態なそこからは血のように赤い舌が覗き妙に蠱惑的である。扇情を煽る要素はそれだけでなく、豊満な胸や臀部を惜しげもなく強調するように、ぴったりと身体に張り付いた服は布地が薄く、面積も小さい。肌の露出がかなり多く、いっそ裸の方が健全に見えるような、妙に男の情欲を誘う格好である。朴念仁なハデスはともかく、直に触れられている男は顔色一つ変えることなく、にこにこと笑みを湛えたままこちらを見たままである。そんな男の様子にも女は慣れた様子である。
真面目そうな男であったが、愛人と自称する女が侍っていることから裏の顔は果たしてそうなのかはわからない。女にしなだれ掛かられても無反応なところから自称なままなのか、いずれにせよ得体の知れない二人がハデスたちの前に現れたのだった。




