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過剰健全男女交際  作者: gっy
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「あら?おうちが見えるわ」


ペルセフォネの鶴の一声で退いた植物たちのおかげで、この場所の主軸であろう屋敷の全貌が明らかになった。

そこはかなり立派な日本家屋であった。まだあちこち蔦が絡まり苔が生えている個所もあり、大分年季が入っているような印象を受けるが、屋根瓦は一つも欠けているところがなく、それを支える支柱は太く樹齢を感じさせる樹木がそのまま使われている。縦格子の引き戸が備わった玄関まで加工された石畳が一定の間隔で道を作っている。広々とした縁側からは真新しい襖や障子で仕切られた奥行きある畳の部屋が垣間見えていた。


「初めて見るお家だわ、まあ!この緑色の床、草を編み込んでいるのね!不思議な感触だわ!この仕切りは髪が貼ってある!どうやっているのかしら―――あら?」


危機感がまるでないペルセフォネは、ハデスが何か言う前に早々に得体のしれない家屋の中へ入り込んでいった。暫く珍しい構造をあちこち見回り触っていき、ハデスへ質問しようと振り返った。

ペルセフォネが無遠慮に住居侵入を果たしたのを止められなかったハデスは既に諦めその様子を静観していたが、ペルセフォネの背後の風景が少しずつ動いているのに気づき目を瞬いた。


「葉っぱがなくなっていくわ!」


ペルセフォネの声で端に寄ったものも含め、徐々に家屋に貼りつき、周りに鬱蒼と茂っていた雑草と言える植物たちはみな消えてなくなっていった。

雑草たちで埋もれていた庭の全貌が明らかになる。

ハデスの上背を優に超える塀は家屋がもう二つ三つほど収まるほどの面積を囲っており、手入れされた庭木や花々、不規則な形の庭石が美しく立ち並んでいる。小ぶりな色の違う石で仕切られた池すらあり、魚は泳いでいなかったが、水連などの水草が殺風景な水溜まりを彩っていた。

明らかに自然のままではこうはならないであろう人工的な敷地の中にふたりはいた。


「まあ!すごいわ!」


ペルセフォネは庭の景色に見とれ感嘆の声を上げた。


~なかなかセンスがよかろ?~


玄関へ辿る道を構成する石畳は間に細かな砂利が敷き詰められていた。それらがひとりでにハデスの足元へ移動すると、随分と軽快な口調の文字列を形どった。そしてまた元の砂利へと崩れ去ると、またもや新たな文字列を作り出していった。


~るうるぶっくはの、考えたけど面倒になってしもうたわ~


この独特の口調でもうお分かりだろうが、ガイアである。

精神を通じての対話は人間界とオリュンポス間でも問題なく交わされる。わざわざ万物を動かして文字にして伝えるなどと周りくどいことをするのは、それは彼女が暇だからだ。無限の時間を過ごしてきた彼女にとって、遊ぶのに手間は惜しまず、寧ろ楽しむ節すら見せている。ハデスの前に表される文字列も、心なしか楽しそうに小躍りしているように見えなくもない。


~だのでの、あとは思いつきで色々言うことにしとうのぞ~


これからどうしろ、こうなるとの具体的な支持の一切がないまま、砂利文字は消え石畳の淵に戻っていった。


「ハデス?どうしたの?」


ペスセフォネは自分だけはしゃいで周り、傍らにいたはずの男が俯いたまま微動だにしない様子に気づき再度訝しんだ。


「なにを見てるの?」


近寄り同じように下を見てみるが、砂利で綺麗に縁どられた石畳が並んでいるだけで、ペルセフォネはハデスの真意が分からずに顔を窺った。


「…なんでもない」

「そ、そう?」


立ち俯いていたハデスと、その様子を窺い若干背伸びしていたペルセフォネとの顔は触れそうなほどに近かった。恥ずかしそうにペルセフォネが顔を逸らしたことで接触は回避できたが、ハデスはなんでもないように無表情でありながら、あっさり禁を破ることになりかけた事態に無い親目を見張っていた。

人間界に落とされたその瞬間から、ガイア考案のゲームは始まっているというのに、こうも油断してしまうとは、普段の調子でない自身の状態が不思議であった。

ペルセフォネは赤くなった顔を手で蔽い隠しながらもそろりと指の隙間からハデスを窺い見ている。

どうにも、ペルセフォネの傍にいると緊張感がほぐれるというか、気が緩んでしまうというか、なんとなくハデスはそんな気がしていた。


「そういえば、勝手に入ってしまったけれど、ここのお家のひとはいないのかしら?」


今さらながらペルセフォネは自分のした行動に青ざめたが、ハデスは人家の可能性はないと答えた。宙に浮く葉によって導かれ、どうやっても人間の出来る所業とは思えない現象で整えられた舞台、そしてゲーム発案者のお言葉となればお膳立てされた場所とみていいだろう。


「多分、ここに私達が住むことになるんじゃないか」

「え!ここが私達のお家?」


わたしたちのおうち、とペルセフォネは自身の台詞を繰り返し顔を緩ませた。

ハデスがどこかおかしいのかと問う。


「何だ?」

「私たち、っていうのが、なんだかうれしくって」

「そうか?」

「だって、あの、一緒に、なってるみたいで嬉しいの」


ペルセフォネは本当は夫婦のようだと言いたかったのだが、ハデスを前にして口にするのは恥ずかしく、微妙に濁しながら曖昧に答えた。


「ところで、ここはどこなのかしら?」


本当に今さらであるが、途中で気を失ってしまったペルセフォネは自身がどのような状況に巻き込まれているかまだ知らなかった。



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