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「私はコレーのことを好いているかどうか、まだわからない。ただ、今まで一人の女に対してここまで時間を割いたのも、思考を乱したのも、言葉を交わしたのも、側にいたのもーーー触れたのも、初めてだ。そしてそれを、嫌だと思ったことはなかった。もしかしたら、これが好きだという感情なのかもしれない。もっと側にいたら、答えが見つかるかもしれない。そう思ったから、コレーの求婚を受け入れた」
ふう、とここでハデスは一息ついた。ここまで長い独白も初めてだな、とも思った。
「ーーーいや、側にいたら、ではなくいて欲しい、と思ったのかもしれない。ということは私はコレーのことを好いていることになるのか?」
どう思う?と首をかしげコレーを見やるハデスに、その場にいた者全員が口を噤んだ。俯瞰的な自己分析をしておきながら、こちらが恥ずかしくなるような台詞を惜しげもなく、無表情で言ってのける男に対し、なんと言って良いか分からなかったからだ。
ただひとり、ハデスの視線を一身に受ける少女を除いて。
「わ、私ーーー」
コレーもまた好いている男からの妙な告白に戸惑ったが、自分の気持ちを拙いながらも、一生懸命、正直に打ち明けた。
「ハデスが私のことを好きになってくれたなら、とっても嬉しいわ。私も、ハデスのことが好きだもの。私、ハデスの側にいたいわーーー側に、居させてください」
「ーーー不束者だが、私で良ければ」
「本当!?」
「ああーーー」
「って何良い感じに進もうとしてるのよ!」
「デメテルさあ、空気読めやい」
一転してなんだかんだ良い雰囲気になったふたりの間をデメテルはひな壇芸人のように割って入った。ゼウスはやれやれと溜息をつき、空回るデメテルをどうどうと宥めにかかった。
「おかあさま、私、ハデスのお嫁さんになるわ!」
「そ、んなの許すわけないでしょう!」
「認知してくれ」
「にいちゃんそれちょっと違う」
世を統べる主力級の神々がか弱き少女の周りであれやこれや。全く収拾がつかない。収めようにも格下の者どもでは太刀打ちできぬ。なんとも、どうしたものかーーー
『ーーー話はぜえんぶ聞いとおたぞえーーー』
ご、ごご、ご。
地割れる。ハデスたちの立つ足元は蜘蛛の巣のようにびしびしとひび割れていく。割れ目の中心部からぬらりと滑り出たそれは、高らかな宣言と共にその身を現した。
「ガイアちゃん!?」
『ちゃん付けは照れてしもうからやめいと言うに、ゼウスめがーーー』
上半身だけの巨大な女性が、ゼウスの呼びかけにやや恥ずかしそうに俯いた。
大いなる大地の母、ガイアである。偉大な原初の女神。ゼウスなど赤子扱いできる。とりあえずすごい神なのである。
『何やら揉めているのを聞いてみれば、なんと面倒なことよ』
ガイアは頬杖をつきながらあくびを垂らす。頰づく肘は大木のように太く、みしりと地中にめり込んでいく。デメテルの園で咲き乱れた花々は見るも無残、彼女の下敷きでぺしゃんこになっていた。
ハデスはひしゃげた花の残骸を拾い上げ、ガイアにもの言いたげな視線を向けた。
『なによの、ハデスや。珍しい、怒っているのかや?』
ずい、と差し出されたガイアの小指が、つつう、とハデスの唇をなぜた。
『案ずるでない、我が引っ込めば元に戻るぞな。さての、隣のむすめごも案ずるでないぞや」
「え、あ、はい?」
ハデスの唇をなぞった指でちょいちょいとコレーの頭を撫でる。当然ガイアの存在を知る由もなかったコレーは驚くやら怖いやら、なんだかわからないやらでちょっと泣きそうだった。
「ガイア、そんでどうしたわけよ?」
ゼウスがちゃん付け改めガイアへ問うた。
『ふふふふ。面白そうな匂いがしたわけよ』
「ほお?」
ガイアとゼウス、ふたりして胡散臭い笑みを浮かべた。気質の似通ったふたりである。最早恒例といえちょっかいを、おそらく迷惑さが割り増しの悪戯を仕掛ける気でいるのだ。
『ちょおと、げえむを思いついたのよな』




