絶対に触れてはいけない24時、始まり。
「ねえハデス!あれは何かしら?人が乗っているわ!あら?不思議な形の建物!」
あちこち指差しながらめまぐるしく動く少女。見るもの全てが初めて見るものかのように興味がつきないようで、何か気に止める度に感嘆の声を上げている。紅潮した白い肌や目、髪の色などが外国人であると伺える。
「その乗り物は自動車と言って、この世界の人間の移動手段の一つだ。そこの建物はコンビニエンスストアと言う。入り用なものが安易に手に入る店だ」
「みせ?みせってなあに?」
「みせというのは貨幣を通じて物々交換が成り立つ場だ」
「かへい?」
「貨幣というのはーーー」
少女の数歩後を歩く青年は対照的に、この世の万物にまるで興味がないかのように一切表情に変化が見受けられない。ころころと感情豊かな少女に対して淡々と答える様はまるで人間辞書のようである。
しかし、少女の質問はどこかおかしい。コンビニエンスストアなどという日本特有のチェーン店についてならまだしも、車や店などのごく当たり前に存在するものまで知らないなんてことは普通ではない。
そもそも、二人は見るからに浮世離れしていた。
少女は猫のようなアーモンド型の茶色い瞳が愛らしく、ウェーブのかかった亜麻色のロングヘアはふわふわと軽やかに少女の周りを舞い踊っている。足首さえも隠れる、中世ヨーロッパにでも出てきそうなドレスを纏っている。
青年もまた異質である。陶器のような肌に銀色の瞳、そしてそれ以外の装いの全てが漆黒で統一されている。黒髪は烏の濡れ羽色のような艶めきがある。シャツとスラックスから覗く僅かな皮膚は、どろりとした妖しい色香を放っていた。道行く人はそんな二人に遠慮なしに視線を向けた。やがてそれに気付いた少女は、ぱっと両手を頬に当て縮こまり、恐る恐る青年へ問いかけた。
「なんだか見られている気がするわ…私、もしかして変かしら?」
どうしましょう、と不安そうに青年を見つめる。
「変というより…この場にはそぐわない格好ではあるな」
「ええ!?それじゃあ、どうすればいいかしら?」
ますます慌てふためく少女をまっすぐ見据える青年は落ち着き払った口調で冷静に意見を述べた。
「まずは服を手に入れることが先だな…それと」
「そうね、早速行きましょう!」
「その格好で急に走ると危なーー」
「え?ーーーきゃあ!!」
話半分で駆け出してしまった少女は、続いて聞こえた青年の言葉に振り返った途端、自らのスカートの裾を踏みつけてしまい、ぐらりと大きく体勢を崩してしまった。
と同時に青年が素早く動くが、少女に手を差し伸べると思いきや不自然な位置でぴたりと停止した。
「あ、ひゃ、はう………、ご、ごめんなさい、大丈夫…!」
少女は崩れた体勢を手押し相撲の要領でばたつかせ、四苦八苦しながらも何とか手助けなしにバランスを取り戻すことに成功した。やや乱れた髪を整えながら、上がった息を整える為大きく深呼吸した。停止していた青年はゆっくりと屈んでいた背を伸ばし、行き場をなくした中途半端に伸びた腕を自らのもとへと引き寄せた。
「前途多難だな」