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過剰健全男女交際  作者: gっy
18/38

16

事件以来、コレーはますますデメテルに束縛されていった。


まずデメテルはニンフたちにコレーの監視を言いつけた。以前も目を離さぬよう命を受けていたが、コレーが常に何をしたか、どこへ行ったかなどの報告を義務付けられた。そのため入れ替わりコレーの側には誰かが付いており、コレーが一人になれる時間は全くなかった。その上デメテルはコレーの何もかもを否定するようになった。

コレーがあれがしたい、あれがほしいと求めるも、デメテルは理由も聞かずにノーと答えた。例えそれがどんなに些細なことであっても。

デメテルは外界の一切を遮断すべく、より強力な結界を何重にも張り巡らせ、デメテルの許可なしでは誰しも行き来することが困難な程であった。それでも懲りずにモーションをかけた大神であったが、日に日に食らうしっぺ返しの酷さが増していき、ついには尻尾を巻いて諦めざるを得ないまでに至った。

そうしてますます檻の中に閉じ込められたコレーが、徐々に疲弊していくのをニンフたちは止められる筈もなかった。


「もういや…ひどいわ、お母様…」


さめざめと涙を流すコレー。側に控えるニンフたちは、まるで自分のことのように締め付けられる胸に表情を歪ませた。


「コレー様……」


おずおずと柔布をコレーにさしだす。


「…ぐす…、ありがとう、エアル…」


ニンフは女性の形をした精霊の総称である。個々での名は存在しない。しかしコレーは、自らが関わる全ての精霊たちに名をつけていた。


ーーーだって、それぞれ違うじゃない。名前がないと変よ。


神は偉大である。強大な力を持ち、絶大な影響力を誇る。

その反面、やや気が大きいというか、細かな配慮が苦手という欠点があった。一部の例外を除き、デメテルやゼウスのように、欲のまま、感情のまま言動に現れることが多い。それが周りにどれほどの影響を及ぼすか。その辺の気が回らないところも頂けない。そして神であるプライドも相当なものである。ニンフのような従属から抜けきれない存在など、便利な使用人だとしか思っていないのだ。

しかしコレーは名付ける。それがニンフたちにとってどれだけ特別なことか計り知れない。

そこだけが理由ではない。コレーのあらゆるところが特別だ。


とどのつまり、ニンフたちはコレーが大好きなのだ。


ーーーいくらなんでも、酷すぎるわ


柔布を当てたニンフ、エアルと名付けられるーーーの隣でコレーの背をさすっていたニンフ、テロスは、娘を追いやる母の仕打ちに憤りを覚えていた。


コレーにはデメテルにより見えない拘束具がつけられていた。コレーが外に出ようとするたび、それはきつく彼女の身体を締め付け身動きできなくなってしまうのだ。自らの手で娘を傷つけている矛盾を抱えているというのに、それにデメテルは気付きもしない。過剰な束縛は彼女の目を濁らせていた。


こんなのおかしい。エアルとテロスは顔を見合わせ頷く。


「コレー様。もう直談判しないと駄目ですわ!」

「そうよ!こんなのあまりにも横暴よ!」

「ど、どうしたのふたりとも、」


唐突に叫び詰め寄ってくるニンフたちに、コレーは戸惑いぎょっとする。


「このままでいたら一生デメテル様の傀儡ですわよ!」

「そんな、傀儡なんて」

「ーーーこのまま、ずうっと、ハデス様に会えなくってもいいんですか?」


その一単語がコレーを目覚めさせるのには十分だった。


ハデス。忘れられる筈もない。コレーにとって、初めて恋した相手なのだから。

あれ以来全く音沙汰がない。内外に手堅い包囲網を敷いているデメテルの手により、お互いが通ずる手段を失っていたのだった。


「もちろん、会いたいわ。ーーーでも、どうしたらいいかわからないわ」


コレー自身にかけられた拘束がある以上、デメテルの目から逃れることは叶わない。


「いいえ、いいえコレー様。一つだけ手がありますわ!」


何重もの防壁、コレーへの拘束、そして自身の役割。これらを持続させるには相当な力を要する。デメテルは永遠の力を持っているわけでもないので、定期的にその手を緩める瞬間があるのだ。その隙を見てデメテルに会いに行けばいいだろうと。

デメテルはほとんど彼女の園に寄り付かなくなっていた。直談判しようにも、彼女に会うことすらできないのならばどうしようもない。


「私たち、実は知っているんですの、デメテル様の力が弱まるタイミングを!」

「そうですの!その隙にここを抜け出してデメテル様に会えばいいわ!」

「でも、そんなことをしたらあなたたちが!」

「確かに私どもはデメテル様に属していますわ」

「でもそれ以上に、私たちはコレー様が大好きなのです」


もう悲しいお顔をされるのを見て入られませんの。

ニンフたちはコレーの手をそっと掴むと、真摯なまなざしでじっと見つめた。


「エアル…テロス…」

「お好きなんでしょう、ハデス様のこと」

「えっ、あの、その…」


ぱっと真っ赤になるコレー。その様はまさに恋する乙女そのものである。微笑ましそうにその様子を見るニンフたちがなぜハデスのことを知っているかというと。

簡潔にいってオリュンポス全域に知れ渡っていた。何を隠そう元凶大神があちこちで触れ回っていたからである。

ハデスの人となりはニンフたちもよく知っていた。仲間内で熱を上げているものも数多い。

ハデス様なら、コレー様をお任せしても安心だわ。

幼少から身の回りの世話を仰せつかっていたニンフたちは、デメテルよりもよほど母親らしかった。


「わたし、頑張るわ」


コレーは決意した。

恋する乙女は決起するのである。


ニンフは覚悟した。

例えどんな処罰があろうとも甘んじて受けましょう。全てはコレー様のためにと。


ニンフは見誤った。

恋する乙女の行動力を。


「ーーー今です!ここから外へ繋がりますわ!」

「私たちがデメテル様の元へ案内致しまーーーえ?」




コレーは走った。

まっすぐにハデスぼいる冥界へと。


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