2話 「間違えたら即死!? 開け、試練の門!」
■前回までのあらすじ■
マジョリーシカの召喚魔法によって呼び出されたジェラール一行は、魔王討伐へと旅立ちました。
一行は食料等が満載された馬車に乗って移動しています。
超高級な馬車です。
ドワースレ王国が誇る世界的に有名なメーカーであるタユタ社の高級ブランドの中でも、特にグレードの高い奴です。
こんな高級馬車、異世界にきたばかりで一文無しの彼らが一体どうやって手に入れたのでしょうか。
マジョリーシカの貯蓄を使ったのでしょうか。
いいえ、違います。
モッチカーネ王国一の資産家コガネモチ・ゴンゾウ氏が、国にクレームをつけたからです。
王宮で「さぁこれで旅の準備を整え、旅立ってくれ」とお金と棒を渡された際、ゴンゾウがその金を持ってきたドワースレ王国の事務員をゴミのように睨みつけ、居丈高に叫んだのです。
「100Gにひのきの棒じゃと!? こんなもので儂らに旅をさせるつもりか!?」
「いえ、しかし。古来より『国は勇者に100Gとひのきの棒を与えて旅立たせよ』と決まっておりまして」
「仮にきまっているとして、貴様はその理由を考えたのか? 今すぐに考えた内容を言ってみろ、ん?」
その姿は、長年こういうことを生業にしてきた者の凄みがありました。
そう、ゴンゾウはこういうのが得意なのです。
「いえ、それはその、異世界の勇者には、まずこの世界をよく知ってもらう必要があり、そのためには少ない活動資金で活動してもらうのがベターだという説がありまして。まずは冒険者ギルドに登録し仲間を募り、この世界での貨幣価値を肌で感じつつ情報収集をするのが良いとされていまして……」
「時は金なりという言葉を知らんのか! 自社の危機だというのに、呑気に貨幣価値を肌で感じるだと……? そんなものは不要だ!」
思いのほかしっかりとした理由でしたが、ゴンゾウは納得しません。
なぜなら彼は理由を知りたいわけではなく、お金がほしいからです。
ちなみにゴンゾウが必死なのは、どうやら魔王を倒さないと元の世界に戻れないと知ったからです。
彼が長年を掛けて手に入れた豪邸も、蓄えてきたコレクションも、国家予算に匹敵するお金の山も、全ては異世界なのです。
なので、彼はしぶしぶと同行を承諾しましたが、ロクな活動資金も持たせてもらえないとあらば、黙っちゃいません。
あるいは手元に金があれば、これだけゴネたりはしなかったかもしれませんが、彼は身に着けているものぐらいしか金目のものはありません。
でも彼が身に着けているのはこの世に二つとない逸品ばかり、おいそれを手放すわけにはいかないのです。
「し、しかし」
「儂を誰だと思っておる! 世界中の貨幣を取り扱ってきたモッチカーネ王国のゴンゾウ様だぞ! 少しは考えて常に行動しろ!」
ゴンゾウは召喚される前の世界でも、こうして部下をいっぱいイビってきました。
そのくせ、自分は贅沢のために無駄なことをたくさんしてきました。
とても嫌な上司です。
そのせいで家に火をつけられてしまったこともあります。
「貴様では話にならん! 上の者を呼んでこい!」
出ました、ゴンゾウの得意技です。
ゴンゾウはこうやって、何人もの相手に上司を呼ばせてきました。
そこからのゴンゾウの手管は見事なもので。あまりに見事すぎるせいで、後に後ろから刺されて病院に担ぎ込まれたこともあります。
一度だけではありません。脱げばゴンゾウの腰と尻のあたりには幾つもの傷跡が残っていることでしょう。
無数の火傷に、刺し傷の跡……。
彼もまた、修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の戦士なのです。
ゴンゾウはその後、やってきた彼の上司をなだめ、すかし、恫喝し、説得し、恫喝し、泣き落とし、恫喝して、500万Gの活動資金を手に入れました。
ゴンゾウ的にはこれでもまだ少ないぐらいでしたが、後は自分で増やした方がマシと考えて引き下がりました。
彼は金のことならなんでも知っている男なので、元手さえあればいくらでも増やすことが出来るのです。
そう、彼は錬金術士なのです。
ゴンゾウは500万Gの内400万Gをマージンとして己の懐にいれ、残り100万をパーティの活動資金としました。
もちろん、他のメンバーにはナイショです。
財務担当の事務員の上司さんはそれを面白く思わず、マジョリーシカにチクりました。
でも、そこはお金の流れに詳しいゴンゾウのこと、予めマジョリーシカに10万Gと、魔王討伐後に余ったお金は全てあげるという確約をしていたので、事無きを得ました。
マジョリーシカも、金に対してはかなり汚めなのです。
でも、もちろんそこは金に対して絶対的に汚いゴンゾウです、お金を上げるという約束は口約束に留めました。
これで、後でどれだけ追求されても知らぬ存ぜぬを通せます。
マジョリーシカはまだ少女なので、お金の駆け引きではゴンゾウにとてもかなわないのでした。
こうして、100万の資金でジェラール一行は装備を整え、魔王討伐へと旅立ちました。
旅はとても快適でした。
超高級馬車のシートは本皮な上にフカフカ、独自サスペンションのお陰で悪路でも振動は感じず、さながら安楽椅子のような最高の乗り心地です。
原動力は八頭の馬ですが、発進や坂道では魔力モーターを駆動させるハイブリッド式なので、馬を休ませる必要もあまりありません。
これに活動資金のほとんどをつぎ込みましたが、このパーティは装備にお金を使わない感じなので問題ありません。
また、周囲には、馬を駆る鎧姿の男たちが隊列をなしています。
ゴンゾウが金で雇った傭兵です。
これだけの人数がいれば、どんな相手でもひとたまりもない……とゴンゾウは思っていますが、きっとイザという時には役に立たないでしょう。
「……ウンババ モッサリ ウンババ モッサリ!」
馬車の中はとても賑やかです。
ジェラールがバナナを食い、マジョリーシカが魔王討伐で得た金と地位と名誉を使った人生設計を思い描き、、ゴンゾウが金貨の枚数を数え、アマゾンはボボンゴル族の喜びの舞いを踊り、謎の老師は彼らを見て満足気に頷いています。
超高級馬車の車内は広々としているので、踊りも踊れちゃうのです。
アマゾンの激しい舞いのお陰で、馬車の中はとても賑やかで楽しい雰囲気です。
なにせ喜びの舞いですからね。
騒いでいるのは彼一人ですが、馬車の中は歓喜に満ちあふれています。
シャーマンの本領発揮です。
「ウホ」
「お褒め頂きありがとうございます」
踊りが終わったと同時に、ジェラールが踊りをほめたようです。
彼はゴリラとはいえ高貴な生まれ、芸術への理解が深いのです。
「今の踊り、凄いものなんですか……?」
「我らボボンゴル族に伝わる伝統的な踊りです。止めどなく湧き上がる嬉しさゆえ、最後まで踊れるのは、私を含めそう多くはないでしょう」
「はあ……」
マジョリーシカにはよくわかりませんが、謎の老師も満足気にうなずいていますので、きっと素晴らしいものなのでしょう。
ちなみにゴンゾウはもっと美女が腰を振るタイプの踊りが好きなようです。
「……おっと、皆さん、そろそろ到着です。気を引き締めてください」
マジョリーシカの声に、全員が顔を上げ、馬車の窓から進行方向を見ました。
するとそこには、大きな大きな門が見えます。
ここは試練の門。
異世界から召喚された勇者が最初に訪れ、その知恵と勇気を試される場所です。
遥か昔に魔王が現れた時、当代の勇者が知恵と勇気を見せて扉を開き、その奥の聖剣を手にしたといいます。
現在はもう聖剣が置いていないので、知恵と勇気が認められるだけの場所です。
一番奥には特に何かあるわけでもないですし、別に行かなくても問題はありません。
でもまず最初に行くべき場所、とガイドブックにも書いてあったため、向かっています。
「初めてみましたが、なんて巨大な門なのでしょうか。そしてこの先には、一体なにが……」
マジョリーシカは、その門の大きさにビビっちまいました。
もう何も無いのはわかっているはずなのに、思わず「一体なにが……」とか言ってしまう程のビビリようです。
それほどでかい門だったのです。
高さにして50メートル、厚さは1メートル以上あるはずです。
これは、観光に来たかいがあったというものです。
「ウホ」
しかしジェラールは余裕の表情です。
彼は大きな男なので、試練の門程度の大きさではビクともしないのです。
「ふん、悪い建築ではないが、掃除が行き届いておらん。儂なら従業員の給料を90%カットするわい」
「なるほど……恐れるものはありませんね」
ジェラールの余裕とゴンゾウの発言。
それらにマジョリーシカは勇気をもらいました。
こうなれば、もうマジョリーシカに怖いものなどありません。
彼女は相手が弱いと知れば調子に乗るタイプなのです。
「おや、誰かいるようですね」
そんなマジョリーシカは、門の前に数名の男たちがいるのを発見しました。
「恐らく、他の国で呼び出された勇者の内の一人でしょう」
マジョリーシカは華麗に予想をつけました。
この戦時中に試練の門のような観光スポットに行く者は少ないため、かなり的を得た予想です。
勇者の内の一人が、この試練の門にいても、おかしくないのです。
「彼らは目的を共にする仲間、挨拶ぐらいはしておきましょう」
マジョリーシカはそう言いました。
なぜなら、彼女は王様からくれぐれも「他の勇者を見かけたら」それとなく足を引っ張ってくれと頼まれているからです。
この魔王討伐において、どの国の勇者が魔王にトドメを刺したかで、その後の世界を引っ張っていく国が決まりますからね。
何事も最初が肝心。
最初の挨拶でどれだけイニシアチブを取れるか、それが重要です。
「やぁ、やぁ! どうもこんにちは! 私はドワースレ王国の宮廷魔術師マジョリーシカ。そして彼がドワースレ王国の森の勇者ジェラールです! どうです! すごい筋肉、すごい凛々しい顔、そして知性を湛えた深い瞳。彼こそが勇者に相応しい! 皆さんもそう思うでしょう! 思いますよね? さぁ思って、これから三つ数えたら段々そう思う……一つ、二つ……あれ?」
馬車を降りてそう言うと、その場にいた男たちが振り返りました。
全部で四人。
一人は眼光の鋭い老人です。かなり防御で、恐らくカウンターで何人もの武術家を地に沈めてきたと予想できます。
一人は壮年の男です。なんか凄い感じで、ちょっと説明しにくいです。まるで魔法のような凄さ、とでも言っておきましょうか。
一人は青年。光り輝く剣を持っています。その光のせいで青年の顔はちょっと判別できません。
一人はゴリラでした。いえ、ゴリラのように見えますが、どうやら人間のようです。むさ苦しい男です。
人数的には悪くありませんが、かなりバランスの悪いパーティと言えるでしょう。
なにしろ魔術師がいません。
それとも、この中に魔術師がいるとでもいうのでしょうか。
壮年の男はいかにも魔術を使いそうですが……。
「儂の名はアカンテ。トンデモ王国の勇者」
「私の名はモウメーダメ。ホアノコ王国の勇者」
「ボクの名はホリーシト。ボーケナス王国の勇者」
「俺の名はガッデム。ポンコッツ王国の勇者」
なんということでしょう。
彼らは全員が勇者でした。
他の国の勇者でした。
二人ほど足りませんが、勇者でした。
おかしな話です。勇者には魔術師がついていかなければいけないという話なのに……。
もしかしてマジョリーシカは王様に騙されたのでしょうか。
いいえ、そんなはずがありません。
王様が忠実なる臣下を騙すなんて!
「待ってください、お供の魔術師はどうしたのですか!?」
マジョリーシカがそう聞くと、彼らは肩をすくめて門の脇の方をみやりました。
そこには、8つのお墓がありました。
作られたばかりという感じです。
「皆、死んでしまった……」
ガッデムの説明によると、勇者たちはここで足止めをくらっていたそうです。
そこに続々と勇者が到着、そして「互いの足をひっぱれ」と命令されていた魔術師たちが争い、同士討ちになったのです。
「俺たちはどうしようもなくなり、ここで何日も足止めをくらってんだ」
魔術師は水先案内人。
土地勘のない彼らは、ここから行くことも帰ることもできなくなってしまったのです。
せめて他の仲間を連れてくれば、酒場で仲間を集めておけばこんな事にはならなかったでしょう。
しかし、他国の魔術師たちはそんな時間が惜しいとばかりに先を急いだのです。
なにせ、一番最初に魔王を倒した勇者の国が主導権を握れますからね。
イニシアチブを取ることが重要だったのです。
「でも、せめてこの門の先に進んでは?」
「そうはいかん、見ろ」
ガッデムの指差す先。
そこには、大きな天秤と7枚の金貨と、そしてコインの投入口がありました。
さらに壁には、こんな張り紙がしてありました。
『8枚の金貨の中に一枚だけ軽い金貨がある。
その金貨を投入口に入れよ。
さすれば扉は開かれるだろう。
※なお、天秤は2回まで使って良い物とする』
そういうことのようです。
初歩的な問題と言えるでしょう。
「これが?」
「難問だ……」
ガッデムがそう言うと、勇者たちは一様に暗い顔をしました。
どうやら、誰も解けなかったようです。
かくいうマジョリーシカも、ちょっとわかりません。
彼女はお金には興味はありますが、クイズには興味がないのです。
「この問題のせいで、勇者エロガッパと勇者オーマイガも死んだ……」
お墓が8つありますが、魔術師は6人。
お墓の内2つは、この場にいない勇者の物のようです。
「エロガッパは『俺ってば運がいいから、こういうの得意なんすよ。余裕余裕』と適当にコインを入れた途端に雷にうたれ……死んだ」
「えぇ……」
「オーマイガは天秤を2回使って順当にクリアしようとしたが、実は誰かが前に1回使っていた状態だったのか、2回目に天秤を使った瞬間、雷にうたれ……死んだ」
「それは……難問ですね」
果たして次に天秤を使ったら雷が落ちるのか。
それとも、コインを入れた時点で雷が落ちるのか。
そもそも、コインも長い年月放置されていたのか錆だらけで、秤に乗せて本当にちゃんと測れる保証はありません……。
エロガッパが入れたコインも戻ってきていませんしね。
システムがガバガバすぎて、門に近づきたくないというのが勇者たちの本音です。
何をやっても高確率で雷が落ちるでしょう。
まさに難問です。
難問すぎて、もし学校のテストに出てきたら、間違っていてもマルを貰えるぐらいです。
「せめて錆がなければ、儂がクリアするのだが」
金貨の重さをマイクログラム単位で言い当てるほど金好きなゴンゾウでも、金貨に触りたくないようです。
「一体どうすればいいんだ……」
「誰かが天秤を使えるかどうか、試すしかあるまい」
ゴンゾウがそう言って、金で雇った傭兵たちを見ました。
傭兵たちは揃って目をそむけます。
命知らずの荒くれ者でも、命は惜しいのです。
賃金もそれほどもらっていませんしね。
「ええい、誰かおらんのか! 金はいくらでも出すぞ!」
ゴンゾウは唾を撒き散らしながら周囲を見ました。
しかし、誰もその声に応えはしません。
傭兵たちはゴンゾウがケチなのを知っています、いくらでも出すと言いながらあんまり出さないのを。
それ以外の者たちは、あまり金に興味がありません。
マジョリーシカは後でお金をもらえますしね。
彼らの冒険はここで終わってしまうのでしょうか。
こんな、行く必要すらない、壊れかけた門の前で……。
「ウホ」
そこに、一人の男が出てきました。
力と知性を兼ね備えた瞳を持つ、逞しい黒い体毛のゴリラ。
そう、ジェラールです。
彼はゴンゾウを押しのけ、先頭に立ちました。
「おお? お前がいくのか? 大丈夫なのか? そもそも問題の答えはわかるのか? 最初は3個ずつ天秤に掛けるのだぞ?」
ゴンゾウは心配性です。
彼は金が大好きですが、適材適所という言葉ぐらいは知っています。
ゴリラにこの難問を解けるはずが無いと思っています。
しかしジェラールは言いました。
「ウホホ」
すかさずアマゾンが通訳します。
「こんな所で足止めをくらっているわけにはいかない。
我らは魔王を倒すのだ。
そのために誰かが犠牲にならねばならぬというのなら、私がなろう。
なぁに、雷ごときでは、このジェラールの毛を焦がすこともできんよ。
と、おっしゃっております」
ジェラールの言葉は、まさに勇気にあふれていました。
金にしか興味のなく、愛や勇気など幻想にすぎないと思っているはずのゴンゾウは震えました。
失ってしまった少年の心を取り戻したような気分です。
そこでふとゴンゾウは「ウホホという短い言葉の中に、本当にこれだけの意味が込められているのか」とちょっとだけ疑問に思いました。
でもボボンゴル族はウソを付きません。
本当のことなのです。
「ならば任せよう」
「ウホ」
ゴンゾウはハラハラしながら見守ります。
おかしな話です、お金にしか興味が無かったゴンゾウがこんな気持ちになるなど。
あるいはそれは、この世界に召喚された時に食べたバナナのお陰かもしれません。
落ち着けと言わんばかりに差し出されたバナナは、ジェラールのぬくもりが残っていました。
ちょっと生暖かいそれはなんとも甘く、素朴な味がしました。
高級食品に慣らされたゴンゾウにとって、久しく食べていない健康的な味でした。
子供の頃、貧乏で貧乏で仕方がなかった頃に食べていた味で、思わずゴンゾウは涙を流しそうになったのを憶えています。
と、そんなことを思っていた所で、ジェラールが門に手をかけました。
天秤は無視です。
そして、ジェラールは唸り声を上げながら、門を押し始めました。
ジェラールの体が膨張し、すさまじい力が門に掛かっているのがわかります。
「な、なにぃ!?」
巨大な石造りの門。
本来なら何らかの仕掛けがなければ、開かない門。
人間の手に余る代物……。
「馬鹿な……人間技ではない……」
そう、ジェラールはゴリラです。
ゴリラのパワーがあれば、試練の門など赤子同然。
「ウホォ!」
ジェラールが吠えました。
すると次の瞬間、粉砕音と共に、門が破れました。
門の中央にゴリラ大の穴が開いたのだ。
開かないのなら、穴を開けてしまえばいいのです。
人間では到底及びつかない、ゴリラの知恵です。
「ウホ」
ジェラールの顔は凛々しく理知的でした。
(彼には、金を絡めて考えるのはやめよう)
ゴンゾウはそう思いました。
彼が金を絡めずに物事を考えるのは珍しいことです。
何しろ、彼は世の中は全て金でできていると思っているからです。
金で手に入らないものがあると頭でわかっていても、そんなものに興味はないのです。
しかし、仕方がないのです。
ゴンゾウは貧乏な家に生まれ、金こそが全てだと思い知らされつつ育ったのです。
学生時代には、好きだった子を金持ちのお坊ちゃんに取られたこともあります。
社会人になった後も、周囲には数字ばかりを追い求めるインテリばかり……。
彼は大きく包み込む王者の愛を知らなかったのです。
そして召喚される前の最後の記憶……。
何やら熱血気味の少年に追い詰められ、金なら払うと命乞いをした時も、その少年の言い分がわかりませんでした。
愛とか勇気とか恥ずかしげもなく声高に叫ぶ少年の言い分に、ゴンゾウは何いってんだこいつは……と本気で思ったものです。
でも今なら、ジェラールの王の器を見た今なら、ゴンゾウはその言葉を少しは理解できる気もします。
少しだけですが。
「よし、行くぞ貴様ら! さっさと魔王を倒し、儂の富を取り戻すのだ!」
ゴンゾウは意気揚々と門をくぐり抜けます。
マジョリーシカも、アマゾンも、謎の老師も、そして勇者たちも通り抜けます。
そして門を抜けた先。
そこで彼らを待っていたものは……。
『ここに10L、7L、3Lの桶がある。
今10Lの桶にのみ水が満たされている。
3つの桶を使って、5Lの水をとりわけ、秤に載せよ。
さすれば扉は開かれん』
先ほどよりも大きな門と、張り紙、そして三つの桶でした。
ちなみに10Lと思わしき一番大きな桶の中身は空でした。
桶に大きなヒビが入っているところを見るに、経年劣化で壊れてしまったのでしょう。
ちなみに3Lの桶も下の方に穴が空いています。
また、水を補充できると思わしき穴は、とっくの昔に枯れています。
それらを見たマジョリーシカは、勢いよく後ろを振り返りました。
「さぁ、これで試練は終わり、我々は勇者として認められました! 魔王軍の所へと向かいましょう!」
こうして試練の門は、開かれました。
勇者たちは知恵と勇気を示し、本当の勇者であると認められたのです。
しかし、この先には魔王軍が待ち構えています。
魔王軍四天王と、彼らの率いる大軍勢。
そしてその最奥で待ち受ける魔王……。
勇者の旅は、まだ始まったばかりです。