『極秘VRテスト(報酬100万円)』に双子の弟の代わりに参加したら、実銃とゾンビ100体のデスゲームだった〜唯一の『警視庁SAT狙撃手』だった俺は、初期装備の6発とナイフで黒幕ごと処刑する〜
【第一幕:偽りのログインと六発の算術】
吸入麻酔薬の化学的な後味は、対尋問訓練で一度でも吸ったことがあれば決して忘れられない。
甘ったるく、揮発性があり、覚醒したあと気管の奥に張りつくような金属質の渇きは、世界中のどんな物理エンジンにも再現できないものだ。
目を開けたとき、俺は四時間前に横たわった横浜工業地帯の無機質な倉庫にはいなかった。
頭上には海霧を含んだ鉛色の空が垂れ込め、背中の下では火山島の湿った砂利が軋んでいた。空気は腐った海藻と、濡れた松脂、そして赤錆の匂いに満ちている。
俺は肩を動かさず、まぶただけを瞬かせた。
水平線に焦点を合わせた瞬間、視界の中央に青いホログラムウィンドウが浮かび上がった。
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【 『DEAD ZONE: ZERO』極秘ベータテストへようこそ 】
・プレイヤー:Kaito_99
・HP:100 / 100(痛覚フィルター:95% 有効)
・目標:島で生き残り、感染者を殲滅せよ(残存:100体)
・討伐ボーナス:感染者1体につき +100,000円
・初期装備:9mm拳銃(装弾数6発)/ タクティカルナイフ
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俺は冷気の中で白い息を吐かないよう横隔膜を制御しながら、砂利の上で五秒間、完全に静止した。
跳ね起きることも、写実的なグラフィックに感動する少年のように口を開けて空を見上げることもない。
左手のひとさし指をゆっくりと目尻へ運び、角膜の端にそっと触れた。
まぶたの下に、網膜投影型の超薄型コンタクトレンズの縁が触れる。そのまま指先を左耳の後ろから首筋の付け根へと滑らせると、浅頸動脈の真上に貼りつけられた皮下パッチと極小トランスミッターの感触があった。
「……軍用グレードのARレンズに、バイタル送信機か」
顎を動かさず、唇の隙間だけで低く呟く。
十六時間前、俺の双子の弟・海斗は急性虫垂炎から腹膜炎を併発し、都内の救命救急センターに運び込まれた。
二十六歳の海斗は、俺と同じ顔、同じ声、そして左眉の上にある同じ古傷を持っていたが、歩んできた人生は正反対だった。
俺は十九歳で警察官になり、三年前から警視庁特殊急襲部隊の狙撃手として勤務している。一方の海斗は、中野の六畳一間のアパートで借金に追われながら、一日十六時間をオンラインFPSに費やす日々を送っていた。
ストレッチャーで手術室へ運ばれる直前、激痛に身をよじる海斗は青白い指で俺の手首を掴んだのだ。
『遼……パーカーのポケットに……』
冷や汗に濡れた額で、弟は必死に喘いでいた。
『俺の免許証が入ってる。明日の朝、代わりに横浜の埠頭へ行ってくれ……。テストをすっぽかしたら報酬の百万円がパーになる……月曜日に部屋を追い出されるんだ。頼む、ただカプセルで寝てるだけでいいから……!』
待合室で海斗のパーカーから取り出したシワだらけのチラシと仮契約書には、奇妙な募集要項が並んでいた。
対象は二十歳から二十六歳までの単身居住者限定。入口でスマートフォンを預け、七十二時間の完全隔離テストを受ける代わりに、終了時に現金百万円が手渡されるという。
ちょうど俺には三日間の休暇があった。
官舎のロッカーに警察手帳と官給拳銃を置き、海斗のフード付きパーカーを羽織って奴の免許証を提示し、倉庫のゲートをくぐった。そこに集められていたのは、俺を含めて十人の青白く無口な若者たち――週末に丸三日連絡が途絶えても、捜索願を出す家族がいない人間ばかりが外科手術のような精度で選び抜かれていた。
スタッフは俺たちをカプセルに寝かせ、『嗅覚シミュレーション用』と称する呼吸マスクを装着させた。
そして蛇腹のホースから送り込まれてきたのが、高濃度の麻酔ガスだったというわけだ。
俺は重心を低く保ったまま砂利の上に片膝をつき、右手を腰のカイデックス製ホルスターへ伸ばした。船で運ばれる間にスニーカーから履き替えさせられたタクティカルブーツと同様、勝手に腰に巻かれていたガンベルトだ。
銃を抜く。
ただのゲーマーなら、スライドの上に浮かぶ【Glock 19 ― ランクF ― 弾薬:6 / 6】という青い文字しか見ないだろう。
だが俺の親指のタコが感じ取ったのは、約七百グラムの炭素鋼と冷たいポリマーの質量――フル装填にしては軽すぎる重量だった。
排莢口からは、ガンオイル『ホップスNo.9』のツンと鼻をつく油臭が漂っている。
金属音を殺すためにマガジンキャッチを慎重に押し込み、十五連のダブルカラム・マガジンを手のひらに抜き出した。
背面の確認孔から覗くのは、真鍮の薬莢に銅の完全被甲弾が収まった本物の9×19mmパラベラム実包が六発だけ。親指でスライドを五ミリほど引いてチェンバーを確認する――薬室は空だ。
胸のシースに収まったナイフも確かめる。光の反射を抑えるチタンコーティングが施された、刃渡り十六センチのD2鋼フルタング・ブレード。剃刀のように研ぎ澄まされている。
俺は視線をわずかに上げ、浜辺を囲む松林の縁を見やった。
地上六メートルの樹木の股に、偽装網で隠されたスモークガラスのドームが埋め込まれている。
暗いガラスの奥で、指向性マイクを備えた高精細モータードライブカメラのレンズが、かすかな駆動音――ジジ、カチッ――を立てて俺の顔を探していた。
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【 戦況および戦術分析 】
① 標的選定:72時間外部と連絡が取れない孤立した若者10名。
② ARの欺瞞:偽の『痛覚フィルター』と『10万円の懸賞金』を表示し、訓練されていない民間人を隠伏させず正面から戦わせる誘導。
③ 6発の罠:聴覚保護具なしの実銃、かつ薬室は空。素人は初弾の装填に手間取り、トリガージャークで外し、160デシベルの銃声で島中の群れを呼び寄せる。
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マガジンをグリップに差し込み、音を立てずにスライドを引いて初弾を薬室へ送り込みながら、親指でスライド後端を押し込んで完全閉鎖を確認した、まさにその時だった。
島の濃霧を切り裂いて、嫌というほど聞き慣れた音が轟いた。
――パン! パン! パン! パン!
東へ三百メートル、玄武岩の岬の向こうから、照準を合わせる間すら置かないデタラメな四連射が響いた。
ゲーミングヘッドセットから流れる圧縮音源ではない。無煙火薬が湿った大気を叩き割り、断崖に反響する超音速の破裂音だ。
木々の間から、興奮した少年の声が跳ね返ってくる――横浜の倉庫で、俺の二つ隣のパイプ椅子に座っていた金髪の若者だった。
「ハハハッ! なんだよこのコントローラー、反動ヤバすぎだろ! 全然止まんねぇ! ほら来いよ、歩く十万円袋ども!」
――パン! パン! ……カチッ。
六発。五秒も経たずに弾倉を空にし、スライドがホールドオープンで止まる音。
波の音だけが響く、非現実的な三秒間の沈黙が落ちた。
直後、同じ岬から、喉が裂けんばかりの絶叫が上がった。
「ぎゃあああああっ!? 待て、熱い! 痛い、痛いって!! なんで痛覚フィルターが効かねぇんだよ!? 腕が、肉が千切れるっ! 切断! 管理者! ログアウトォォォ――ッ!」
粘り気のある湿った音が、その悲鳴を途中で断ち切った。
すぐさま北の方角からも銃声――パン! パン! パン!――が続けざまに上がり、木々の間から乱れ飛ぶ発砲音と、HPバーがただの網膜投影だと身をもって知った他の参加者たちの恐慌状態の悲鳴が重なった。
俺はピクリとも動かなかった。
左手の親指とひとさし指で、利き目である右目の下まぶたを引き下げ、ARコンタクトレンズをつまみ出してパーカーの内ポケットにしまう。
レンズは左目だけに残した。これでシステムのテレメトリー情報を読み取りつつ、右目の照準線からはホログラムを完全に排除してクリアな視界を確保できる。
薬室に一発、弾倉に五発入ったグロックをホルスターに戻す。右手にタクティカルナイフを逆手で握り、左手で足元の砂利からクルミ大の玄武岩の小石を拾い上げた。
「六発で標的百体か」
パーカーの襟元に低く呟く。
「今撃っている奴は、ディナーの鐘を鳴らしているだけだ」
【第二幕:無音の狩りと死者の戦利品】
海岸沿いの小道を二十メートルも進まないうちに、前方のネズの茂みが枯れ枝を踏み折る音とともに割れた。
飛び出してきたのは二体。
胸元が裂け、黒ずんだ胆汁がこびりついたオレンジ色の実験体用ジャンプスーツを着ている。
皮膚は極度の血管収縮で大理石のような灰色に変色していたが、太腿と首筋の筋繊維は異常な痙攣を繰り返していた。虹彩はすでに消失し、毛細血管が破裂した白目と限界まで開いた瞳孔、そして粘ついた涎を垂らす食いしばった顎だけがある。
左目のレンズに赤い警告が点滅した。
【 敵性個体検知:感染者 N-12株(Lv.1)×2 ― 拳銃を使用して頭部を撃て! 】
ウイルス感染者が銃撃に対してどう反応するか、弾道データを収集するつもりか。
俺は足元の草の揺れを見た。風は海から内陸へ向かって吹いているが、一番近い監視カメラは後方三十メートルにあり、岩の突起で視界が半分遮られている。
二体の感染者が不規則で猛烈なストライドで突進してきた瞬間、俺は後ろへ下がらなかった。
突進軸から一歩だけ横へ踏み出し、左手の小石を奴らの右側にある松の幹へ弾き飛ばす。
――コツン。
前頭前野の抑制を完全に失った二体の捕食者は、純粋な聴覚反射だけで松の木へと上体をひねり、無防備な側面をさらけ出した。
俺は衣擦れの音すら立てずにその死角へ滑り込んだ。
D2鋼の刃が、一体目の右膝裏――膝窩――に短く深い一閃を描き、ハムストリングスの腱を完全に断ち切る。
どれほど病原体で肉体のリミッターが外れていようと、生体力学の法則からは逃れられない。
腱の張力を失った関節は疾走の勢いに耐えきれず崩壊し、一体目は顔面から石畳へ激突した。
二体目が上体をひねり切る前に、その軸足の外果を蹴り抜いてバランスを崩させる。前のめりに膝をついた首の付け根――後頭下窩へ、下から上へ四十五度の角度でナイフを突き立て、大後頭孔を通して延髄を一撃で切断した。
――ザシュッ。
糸が切れた人形のように二体目が崩れ落ちる。そのコンマ五秒後、俺のブーツが地面に這いつくばる一体目の後頭部を踏みつけ、右眼窩の隙間から脳幹まで切っ先を貫通させた。
経過時間、六秒。
発砲数、ゼロ。
左目のレンズに【標的HP:0 ― 残存感染者:98 / 100】という表示が出たのは、ほぼ三秒遅れてからだった。
ゲームのアルゴリズムではない。システムはオレンジ色のジャンプスーツを着た実験体の首筋にある皮下トランスミッターから心停止を読み取っており、監視室のオペレーターが岩陰で何が起きたのか理解できずにキル判定の承認をためらったのだ。
俺は死体のジャンプスーツで刃の血を拭うと、金髪の少年の死体に十数体の感染者が群がっている岬を大きく迂回し、監視カメラのポールの死角を縫うようにして北の銃声の現場へと斜面を登った。
五分後、俺は放棄されたリゾート施設の端にある、塗装の剥げた空のプールの低いブロック塀の後ろに身を潜めていた。
腐りかけた木造バンガロー十数棟が、雑草に覆われたアスファルトの広場を囲んでいる。空気には動脈血の鉄錆びた臭いと、焼けたニトロセルロースの刺激臭が立ち込めていた。
広場は虐殺現場だった。
横浜で俺と同じバンに乗せられた残り八人の若者たちが、全員そこにいた。
五人は頸動脈と前腕を食いちぎられ、黒い血だまりの中に倒れていた。協力プレイのロビーのように広場の中央で背中を合わせて守ろうとしたらしいが、パニックと実銃の反動のせいで、全員合わせてもわずか十発しか撃てないまま蹂躙されたのだ。
その亡骸の上には、オレンジの実験体三体がまだ馬乗りになって肉を食いちぎっている。
そして俺たちのグループの残り三人――最初の数秒で太い血管を外して首筋を噛まれた者たち――が、黒く膨れ上がった頸静脈と血走った目で、腰にガンベルトを巻いたまま不規則な痙攣とともに立ち上がりつつあった。
脳に近い頸動脈系へ直接撃ち込まれたウイルスは、四分足らずで中枢神経系を乗っ取るらしい。
広場の錆びた街灯に設置された二台のドームカメラの位置を確認する。
俺は地面から鉄のナットとボルトを拾い上げた。カメラの死角になる手前のバンガローの屋根付きポーチの下へ滑り込み、広場の反対側にあるトタン張りの物置小屋へ向かってボルトを全力で投げつけた。
――ガァンッ!
オレンジの感染者三体と、元プレイヤーの感染者三体が、同時に音の方へ跳ねた。
俺はポーチの柱を利用して奴らの列を分断し、最後尾を走っていた個体のフードを掴んで暗がりへ引きずり込むと、前の五体が気づく前にその延髄を断ち切った。
そのまま木の壁を拳で叩いて一体ずつおびき寄せ、四十秒足らずで六体すべてをポーチの死角で葬り去った。
左目のカウンターが98から【残存感染者:95 / 100 ― 生存プレイヤー:1 / 10】へと減る。
百体のカウントに含まれるのは最初から島にいたオレンジ色の実験体だけであり、現地で感染した三人の若者はようやく心停止として処理され、部隊アイコンが消滅したのだ。
俺は敵火の下での身体検査と同じ手際の良さで、倒れた八人のガンベルトを点検した。
初期配布された計四十八発のうち、撃ち出されたのは十発だけ。
三人は空の薬室のまま動かないトリガーを引き続け、グロックには存在しない手動セフティを親指で探している間に食い殺されていた。別の二人はスライドを引いて初弾を撃ったものの、手首の固定が甘い典型的な『リンプ・リスティング』で排莢不良を起こし、空薬莢をスライドに噛み込ませていたが、マガジン内の残弾は無傷だった。
マガジンをすべて抜き、無傷の三十八発を回収して自分の六発と合わせる。泥や凝血塊で汚れた五丁のグロックはスライドを外して雑草の奥へ投げ捨て、状態の良い四丁(自分の銃+回収した三丁)を選び出し、十五連マガジンに弾を再配分した。
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【 回収・再編した実戦装備 】
・銃器:Glock 19 × 4丁(使用可能4丁/残り5丁はスライドを分解し無力化)
・9×19mm実包:計44発(即応銃2丁に薬室1+弾倉14の計15発ずつ装填 + 予備弾倉に14発)
・白兵武器:D2鋼タクティカルナイフ × 6本
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予備マガジンをパーカーのフロントポケットに収めたとき、初期感染者の一体のベルトループに硬質カードケースがぶら下がっているのに気づいた。実験体にされる前は、保安規定違反か何かで上層部に処罰された下級技術者だったのだろう。
凝血のこびりついたIDカードを裏返す。
『 ヴァルキリー生物製薬シンジケート ― 黒島実験場/Bセクター 』
裏面には島の避難経路図が印刷されていた。
黒島は全長わずか一・五キロの火山島だ。南に浜辺とバンガロー群。東の狭い玄武岩の渓谷の奥には、古い桟橋と発電機用の燃料貯蔵庫。そして中央の丘の頂上には、外周フェンスに守られた本館ヴィラがあり、司令室と研究施設、ヘリポート、高利得衛星アンテナが備えられている。
作戦の全体像は完全に読めた。
ヴァルキリー・シンジケートはゲームの開発などしていない。N-12株を海外のバイヤーや武装組織に売りつけるため、ダークウェブで実戦デモンストレーションを生中継しているのだ。身寄りのない十人の若者を拉致して本物の9mm拳銃を握らせ、武装した小隊ですら数分で虐殺できる生物兵器だと証明するための見世物。
「残り九十五体に、弾は四十四発か」
1丁目のグロックのエキストラクターがわずかに浮き、薬室に弾があることを指先の感触で確かめながら呟く。
「森の中でまともにやり合えば途中で弾が尽きる。だが、桟橋まで連れて行けば……着火剤ひとつで片がつく」
【第三幕:劫火の渓谷と盲目の狩人たち】
狙撃手は地形に支配されない。地形を創り出すのだ。
東の尾根を足音も立てずに疾走し、俺は群れより先に古い補給桟橋へと到達した。
図面通り、陸路から桟橋へ続く唯一の進入路は、黒い玄武岩の絶壁に挟まれた幅わずか四メートル、長さ五十メートルの天然の渓谷――完璧なキルゾーンだった。
谷底の奥には旧発電機用の二千リットル液体プロパンガスタンクが二基と、ガソリンのドラム缶が積まれている。そして渓谷の入り口、風上側の岩棚の上には、鉄筋コンクリート造りのウインチ制御用バンカーがせり出していた。
俺はバンカーの扉を肩でこじ開けた。内部で全長四十センチの鋳鉄製パイプレンチ、海洋双眼鏡、そしてマグネシウムと過塩素酸ストロンチウムを用いた船舶用救難信号炎筒(発炎筒)が三本入ったオレンジ色のケースを発見する。
すでに村の道路と岬の方角から、アスファルトを踏み鳴らす数十人分の裸足の足音が地鳴りのように迫っていた。
猶予は九十秒以下。
俺は谷底へ駆け下り、二基のプロパンタンクの下部ドレンバルブにパイプレンチを噛ませ、全体重をかけて限界までこじ開けた。さらにレンチの顎でガソリンのドラム缶の栓を叩き割り、渓谷の中央へ向かって傾斜した石畳の上に次々と蹴り倒す。
――シュゴォォォォォォ……ッ!
白く凍てついた液体プロパンがバルブから猛烈な勢いで噴き出し、空気に触れた瞬間に気化・膨張していく。
空気の一・五倍の比重を持つプロパンガスは海風に散ることなく、気化したガソリンと混ざり合いながら石畳の上を這い、閉鎖された渓谷の両壁の間に高さ二メートル近い『目に見えない爆発性のプール』を形成した。
炭化水素を吸い込まないよう息を止め、俺は外付けの鉄梯子を登って八メートル上方のバンカーの屋上――高濃度ガス雲の中心から十五メートル離れた風上へと退避した。
左手にまだ点火していない一本目の信号炎筒を握り、右手で抜いたグロックから渓谷の奥の岩壁へ向かって二発撃ち込む。160デシベルの銃声が、弔いの鐘のように谷間に反響した。
効果は劇的だった。
舗装道路のカーブから、聴覚だけを頼りに疾走するオレンジ色の群れが灰色の濁流となって雪崩れ込んできた。
奴らは渓谷の入り口で減速すらしない。ガソリンを踏みしだき、完全な化学量論比で空気と混ざり合ったプロパンガスの見えない溜まり場へ胸まで浸かりながら、反響音の発生源を求めて二基のタンクの間へと折り重なるように密集していく。
渓谷内に四十体。六十体。七十五体。七十八体。
左目のレンズ越しに、桟橋のポールに設置されたカメラが開放されたタンクのバルブへと狂ったように旋回するのが見えた。司令室の連中が罠に気づいたのだ。
だが、もう遅い。
俺は信号炎筒の摩擦点火コードを引き抜き――摂氏二千度を超えるマグネシウムの白光を噴き出させ――十五メートル下の飽和したプロパンガス雲のど真ん中へ放り投げた。同時にバンカーのコンクリート胸壁の後ろへうつ伏せに飛び込み、両手で耳を塞ぎ、鼓膜の圧力を逃がすために口を大きく開ける。
――ドゴォォォォォォォォォンッ!!
ただの火災ではない。岩壁に密閉された空間での燃料気化爆轟(FAE)だ。
全長五十メートルの渓谷全体が青白い炎の壁となって一瞬で酸素を喰らい尽くし、凄まじい過剰圧力波を発生させ、その三秒後には炎に包まれたプロパンタンクが構造崩壊を起こして二次爆発を巻き起こした。
衝撃波が俺の胸の下でバンカーの屋根を激しく揺らし、黒煙と炎の柱が渓谷の壁に誘導されて海側へと五十メートルも噴き上がる。
眼下の火葬炉と化した渓谷では、七十八体の感染者が熱波で肺を焼き潰され、瞬時に炭化していた。
左目のARインターフェースが異常をきたし、赤く明滅する。
【 残存感染者:95 ➔ 54 ➔ 29 ➔ 17体! 異常値を検知! 】
焦げた眉と口の中の煤の味をそのままに、俺は黒煙に包まれた屋上から立ち上がり、桟橋の監視カメラのドームを一発で撃ち抜いてから、中央のヴィラへと続く森の斜面へ飛び込んだ。
残弾は四十一発。左手に持ち替えた1丁目のグロックに十二発、右手に抜いた2丁目に十五発、ポケットの予備弾倉に十四発。
だが、この島の支配者たちも、俺が仕事を完遂するのを指をくわえて見ているつもりはないらしかった。
霧と爆発の黒煙が立ち込める登り坂を二百メートルも進まないうちに、乾いた機械音――チャキ、チャキッ!――に続く三発のくぐもった発射音が響き、俺は樹齢数百年の杉の張り出した根の後ろへ咄嗟に身を投げた。
三発の銃弾がちょうど俺の顔があった高さの樹皮を吹き飛ばし、鋭い木片が左頬に突き刺さる。
生温かい血が首筋を伝った。
根の縁からコンマ数秒だけ視線を走らせる。
百メートル上方のヴィラの装甲ゲートから、完全武装した六人の傭兵部隊が無音で降りてきていた。
防破襟付きのレベルIIIA防弾ベスト、アラミド繊維ヘルメット、難燃性バラクラバ、双眼式サーマルビジョン(熱線暗視装置)。そして手には、通常弾の初速を音速以下に減速させるバレルポートと一体型サプレッサーを備えた短機関銃『H&K MP5SD6』が握られている。
奴らは声ひとつ立てずハンドサインだけで連携し、中央の二人が俺の遮蔽物を制圧射撃で釘付けにする間に、左右のペアが挟撃のために回り込み始めていた。
さらに斜面の下からは、桟橋の大爆発に引き寄せられた島最後の生き残り――十七体の感染者が、まさに俺たちの方へと森を駆け上がってきていた。
前には霧越しに体温を捉えるサーマルビジョンと、グロックの9mm弾では貫通できない胸部防弾プレートを備えた六人のプロ。俺は冷たい泥に手のひらを押し当てながら瞬時に計算した。そして後ろには、六十メートル先まで迫った音だけで狩りをする十七体の生物兵器。
ポケットには、まだマグネシウム信号炎筒が二本残っている。
俺は二本目の信号炎筒の点火コードを引き抜くと、陽動のために遠くへ投げるのではなく、わずか八メートル先の傭兵部隊の陣形のど真ん中へ直接投げ込んだ。
摂氏二千度のマグネシウムの閃光が、奴らのゲルマニウムレンズの目の前で炸裂する。
冷え込んだ森の中で摂氏三十六度の人肌を検知するため高感度に設定された熱線センサーにとって、至近距離での二千度の熱源は完全な『ブルーミング(飽和現象)』を引き起こす。六人のサーマルビジョンの内部ディスプレイは一瞬で真っ白に焼き切れ、自動保護回路が作動してシャットダウンし、全員の視界を同時に奪い去った。
「クソッ! 熱源飽和だ! ゴーグルを上げろ、ゴーグルを――!」
ヘルメットに触れる時間すら与えない。
俺は両手にグロック19を握りしめて杉の根から飛び出すと、まだ傭兵は撃たず、奴らの左側面を斜めに駆け抜けながら、左手のグロックで突撃部隊の真後ろにある木々の幹へ五発の銃弾を叩き込み、そのまま冷たい泥水が溜まった排水溝へ身を投げた。
――パン! パン! パン! パン! パン!
暗がりの中で瞳孔が慣れる前にゴーグルをかなぐり捨てた傭兵たちは、混乱したまま背後で反響した銃声の方へと銃口を向け、盲目的に引き金を引いた。
だが奴らのMP5SD6が発するのは、ローラー遅延式ボルトの静かな作動音だけ。一方、俺のグロックが放ったのは160デシベルの轟音五発だ。
煙に巻かれた茂みから、五発の音響波に導かれた残り十七体の感染者すべてが全速力で飛び出し、傭兵部隊の背中へ雪崩のように激突した。
「うわあああっ、感染者だ! 後ろから来やがった! 撃て、フルオートで撃てぇっ!」
森の下生えが地獄と化した。
ゼロ距離で背後から奇襲された二人の傭兵は、マガジンを交換する間もなく押し倒されて大腿動脈と顔面を食いちぎられ、残る四人は折り重なる肉の塊へ向かってMP5を乱射し、十四体の感染者を蜂の巣にしたものの、戦術陣形を完全に崩壊させた。
その瞬間、俺は奴らの背後四メートルの泥の中から立ち上がった。
心拍数は115まで上がっていたが、両手は鋼の万力のようにブレない。
胸の防弾プレートも、ヘルメットも狙わない。
狙うのは、防弾ベストの襟とヘルメットの縁の間にある、わずか四センチの無防備な隙間だけだ。
――パン、パン! ――パン、パン!
右手のグロックによる、二秒間で四発のダブルタップ。まだ感染者を撃っていた二人の傭兵が、第一頸椎と第二頸椎を砕かれて崩れ落ちる。
三人目がMP5を向けようと肘を上げながら振り返ったが、四メートル先から俺が左手で投擲したD2鋼ナイフがその防弾ベストの脇の下の隙間へ突き刺さり、腕神経叢を断ち切って銃を取り落とさせた直後、五発目の9mm弾が顎の下から脳幹を撃ち抜いた。
立っているのは、返り血にまみれた最後の感染者三体と、恐怖に顔を歪ませて太腿のホルスターからサイドアームを抜こうと後ずさる傭兵隊長だけ。
俺は両手のグロックを水平に持ち上げ、高速の六連射――左右三発ずつ、それぞれの眼窩へ二発ずつ――を叩き込み、動いていた最後の怪物三体を沈めた。
左目のレンズに、ヴァルキリー・シンジケートの誰一人として想定していなかったシステムメッセージがついに表示される。
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【 システム通知:島内の残存感染者:0 / 100 】
【 すべてのテスト用生物個体が排除されました 】
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隊長がホルスターのロックを外す前に、俺はすでに懐へ飛び込んでいた。
外側から腕を払いのけ、内股への足払いで軸足を刈り、背中から木の根に叩きつけられた男のMP5SD6の3ポイントスリングを引きちぎると、金属製の伸縮式ストックの角を喉仏へ垂直に叩き込み、甲状軟骨を粉砕して永遠に沈黙させた。
血と火薬の煤にまみれた二本の指で、俺は左目に残っていた最後のARコンタクトレンズをつまみ出し、泥の中に落としてブーツの踵で踏み潰した。
「チュートリアル終了だ」
裂けた頬から血混じりの唾を吐き捨て、俺は低く呟いた。
隊長から難燃性バラクラバ、アクティブノイズキャンセリング機能付き通信ヘッドセット内蔵ヘルメット、30連湾曲マガジン四本が収まった防弾ベスト、M84スタングレネード(閃光発音筒)二個、そして収容違反の緊急用として背面のポーチに入っていた電子起爆装置付きのC4リニアブリーチングチャージ(線状破壊薬)二本を回収する。
暗号化無線のレシーバーを入れた瞬間、ヴィラから男の甲高いヒステリックな声が飛び込んできた。
『アルファ班、応答しろ! 黒沼だ! お前らの部隊が虐殺される映像をクライアントに見られる前に、外部カメラのフィードを遮断する羽目になったぞ! 今すぐ十番の被験者の死体を見せなければ、Tor回線のバイヤーどもがマルチシグ保証から八千万ドルの手付金を引き揚げると脅してきている! 応答しろ!』
俺は無線を無視した。
顔を隠すために隊長のバラクラバとヘルメットを被り、MP5SD6の薬室を確認してから、ヴィラへと続く坂を登り始めた。
【第四幕:司令室強襲と生中継の審判】
ヴィラの裏口を警備していた二人の衛兵は、砂利を踏む俺のブーツの音を聞くことすらできなかった。
距離二十メートル。MP5SD6のピープサイトを重ね、セミオートで二回トリガーを引く。
――シュッ! シュッ!
バレルポートとサプレッサーのバッフルが、銃声を二つの金属的な吐息へと変える。亜音速に減速された124グレインの弾頭が二人の眉間から鼻梁のTゾーンを正確に貫き、その体が大理石の床に倒れる前に絶命させた。
隊長の磁気カードキーを光学リーダーに通し、銃を構えて脇を締めたタクティカルペースで内階段を駆け上がり、二階の『中央制御室&BSL-4ラボ接続区画』と書かれた装甲両開き扉の前で足を止める。
内側のリーダーにカードを通せば、コンソールに警告が出て手動かんぬきを掛けられる隙を与えてしまう。俺は扉の電磁ロックの真上にC4ブリーチングチャージの磁気ストリップを二本貼りつけ、廊下の鉄筋コンクリートの柱の後ろに身を隠して起爆スイッチを押した。
――ズガァァァァァァンッ!!
線状成形炸薬が鋼鉄のロックピンを一刀両断し、分厚い装甲扉を内側へへし折りながら吹き飛ばして、扉の近くにいたボディガードごと通信テーブルを押し潰した。
気化したRDX爆薬の刺激臭が立ち込める中、俺は柱の角から腕だけを出して二個のM84スタングレネードのピンを抜き、制御室の床へ転がし入れた。
――バァン! バァン!
ヘルメットの電子防音ヘッドセットが170デシベルの爆音を瞬時にカットし、八百万カンデラのマグネシウム閃光が室内を焼き尽くす。
二発目の閃光からコンマ一秒後、俺は突入した。
室内は非合法な放送指令室だった。左の壁に並ぶ三十台のモニターには外部カメラの『SIGNAL LOST』が表示され、中央の広帯域ターミナルでは今もダークウェブのオークション会場へ4Kカメラの生中継が送信され続けている。
そして制御室の反対側、気密ハッチを備えた分厚い多層防弾ポリカーボネートの隔壁の向こうには、本物の『BSL-4(バイオセーフティレベル4)封じ込めラボ』が広がっていた。
その内部では、外部テストから除外されていた四体の巨大な『アルファ個体』――元重量級格闘家たちをベースに何日も絶食させたN-12株のオリジナル実験体――が、廊下の爆発による電圧低下で火花を散らす檻の電磁ロックに凄まじい狂乱状態で体当たりを繰り返していた。
部屋の中央で目を眩ませてよろめいていた二人の民間警備員に対し、俺は右肩と太腿内側への外科手術のようなダブルタップを撃ち込み、大腿動脈を正確に断ち切って銃を蹴り飛ばした。
だが空薬莢が床に転がり落ちるより早く、デスクの後ろにいた白髪交じりの高級グレースーツの男――黒沼がサブコンソールに飛びつき、隅で震える白衣の研究員四人に向かって怒鳴り声を上げた。
「ヘリポートへの脱出トンネルを開けろ! それとラボの隔壁ロックを解除して、制御室にアルファを解き放て、今すぐだ!」
研究員の一人が、制御室とラボを隔てる気密ハッチの解放レバーへと震える手を伸ばした。
俺はMP5SD6の照準を合わせ、単発の一撃でそいつの手根骨と手動セレクターを同時に粉砕すると、黒沼の襟首を掴んでガラスデスクに顔面を叩きつけた。4Kカメラの画角から俺自身の姿が完全に外れる位置を保ちながら、黒沼の顔だけをこちらへ向けさせる。
左手で一瞬だけバラクラバのフェイスマスク部分を顎の下まで引き下げ、左眉の上の傷跡と俺の素顔を、血走った黒沼の目にだけ晒した。
「き、貴様……被験者十番……!?」
黒沼は恐怖で青ざめ、唇を震わせた。
「カイトだな!? 拉致する前に貴様の銀行口座も医療記録もすべて調べ上げた! 本物の銃など一度も触ったことがない、借金まみれの民間人のはずだ! どうして百体の感染者と俺の元軍人部隊を全滅させられた!? 貴様、一体何者だ!?」
「海斗なら、昨日の夜から腹膜炎で東京の救急病院に入院してるさ」
ターミナルの指向性マイクにすら拾われないほどの低い声で囁き、俺は再び目元までフェイスマスクを引き上げた。
「拉致する双子を間違えたな」
手袋をはめた手で、黒沼の開いたアタッシェケースの中から『ヴァルキリー・シンジケート機密ファイル』――海外の隠し口座、ダミー会社、接続中のバイヤーの識別コードが平文で記された書類――を掴み出し、オートフォーカスが作動している4Kカメラのレンズの真ん前に広げて突きつけた。
同時にメインコンソールのハードウェア・ファイアウォールを強制解除して衛星サーバーの実際のIPアドレスを政府の監視ノードに露出させ、隊長から奪った軍用無線の緊急ビーコンを起動すると、俺の個人識別コードで警視庁SAT司令部の優先周波数に割り込んだ。
「現在ダークウェブのオークションに接続している紳士諸君」
声を判別不能な金属音に圧縮する咽頭マイクを通して、俺は冷徹に告げた。
「警視庁SAT作戦司令部および海上保安庁が、諸君の取引ログとこの中継ノードの物理座標を完全に掌握した。十二分後に突入部隊がこの島を制圧する」
モニター上で、パニックに陥ったバイヤーたちのアイコンが雪崩を打って切断され始め、十秒も経たないうちに入札額はゼロへと暴落した。
黒沼の顔から完全に血の気が引き、やがてヒステリックな痙攣がその唇を揺らした。
「S、SATだと……け、警察官か!」
黒沼は掠れた声で、唯一残された『法』という命綱に必死でしがみついた。
「警察官なら、非武装の俺たちを冷血に殺すことはできないはずだ! 床の警備員たちも足を撃って生かしている、目撃者だぞ! 交戦規定に従って俺たちを逮捕し、検察に引き渡す義務がある! 俺の弁護士が――」
俺はBSL-4ラボの透明な防弾隔壁へと視線を向けた。
向こう側では、四体の巨大なアルファ個体が黒い血の涎を垂らしながら、損傷した檻の蝶番を体当たりでねじ曲げつつあった。そして俺たちの足元では、大腿動脈を撃ち抜かれた二人の警備員がすでに意識を失い、九十秒足らずで音もなく失血死していた。
それから俺は、医療廃棄物用の熱焼却炉の隣のテーブルに置かれた、黒沼の医師たちがすでに署名と捺印を済ませていた十枚の『急性心不全による死亡診断書』に目を落とした。
十枚目の書類――海斗の名前が書かれた一枚――をつまみ上げ、焼却炉に放り込んで、テーブルの上には九枚だけを残す。
「お前の言う通りだ、黒沼。現役勤務中の警察官は、捕虜を処刑しない」
司法解剖の調書を読み上げるような平坦な声で、俺は答えた。
「だが公式記録上、俺は月曜日まで休暇中で、十人目の人質は最初からバンに乗っていない……。そして十分後に俺が隊長へ提出する報告書にはこう書かれる。『独自の捜査線から島へ単身潜入したが、突入直前に犯人グループが証拠隠滅を図ってラボの檻を自爆解放したため、救出は間に合わなかった』とな」
俺は黒沼のベルトを掴んで片手で持ち上げ、BSL-4ラボへ通じる気密ハッチを開け放つと、奴と四人の白衣の研究員を封じ込め区画のタイル床へと突き飛ばした。そして連中が立ち上がる前に、ラボの奥にあるアルファ個体の檻の電磁ロック制御盤へ三点バーストを撃ち込んだ。
四つの檻のロックピストンが、金属的な排気音とともに一斉に外れる。
俺は制御室とラボを隔てる厚さ五センチの防弾ポリカーボネート製気密ハッチを外側から閉め、密閉ハンドルを限界まで回し切ると、壊れたライフルの鋼鉄バレルを安全レバーの間に挟み込んで完全に固定した。
防音ガラスの向こう側で、黒沼とウイルス開発者たちが音のない絶叫を上げながら透明な隔壁を拳で叩き、その一秒後、四つの巨大な影が奴らの背中へと襲いかかった。
俺は振り返りもしなかった。
突入部隊に引き渡すため、九人の若者の拉致映像が記録されたSSDをメインコンソールから抜き取る。
さらに黒沼の金属ケースから二つのハードウェアウォレットと、秘密鍵の二十四個のリカバリーフレーズが刻印されたチタンプレートを回収してパーカーの内ポケットに滑り込ませると、ヘルメットとバラクラバを脱ぎながらヴィラの展望テラスへと歩み出た。ちょうど午後の海風が、島を覆っていた霧を吹き払っていくところだった。
北の水平線の彼方、低く垂れ込めた雲を割って三つの黒い点が現れ、俺の部隊のヘリコプターが奏でる重厚で規則正しいローター音が響き渡る。
俺は手の甲で頬の傷口の血を拭い、潮の香りに満ちた空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
東京へ戻り、あのバカ弟が抜糸を済ませて退院したら――なぜか綺麗さっぱり完済されている借金の代わりに、一生分の最高級焼肉を奢らせることにしよう。
【 完 】
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます!
双子の弟の代わりに偽VRデスゲームへ参加したSAT狙撃手・遼による、実銃と物理法則を駆使した孤島制圧劇、いかがでしたでしょうか?
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また次回の作品でお会いしましょう!グラッツェ!!




