第72話 光乱色迷《こうらんしきめい》
儀庭の朝は、白石の上に強い光が跳ね、東屋の影が細く庭へ伸びていた。
光が濃い日は、色の稽古が少し難しくなる。
庭っ娘たちは白石の端に集まり、昨日朝霞街で直面した、あまりにも強烈な陽光が引き起こした眩い色彩の変幻について口々に語り始めた。
芳華は前髪を整えながら、朝霞街で見た光景を思い出して息をついた。
芳華:「朝霞街の光が急に強うなって、色の見え方が全部変わったんよ」
瑠映は色壺を抱えた腕を揺らし、光の反射を見ながら目を丸くした。
瑠映:「光が跳ねたら、同じ紙でも別物に見えるんよねぇ」
夜凛は舞衣の袖を軽く払って、通りの揺れを思い出しながら言った。
夜凛:「通りの人が指さす色が、また全員違っとったよ」
琴雪は深読み書を胸の高さで開き、余白の揺れを見つめながら静かに言った。
琴雪:「意味が光に押されて、深読みが止まらんかったんよ」
黒耀は巻物を整え、光の角度を確かめながら言った。
黒耀:「静けさが光に負けて、場がちょっとざわついとったね」
紅牙はいつものように場を締めた。
紅牙:「……光が強い日は、色も心も迷うんよねぇ」
儀庭の光はゆるりと安定し、色の余韻だけが柔らかく残っていた。
【昭華の豆知識】
●『光乱色迷』
昭華王朝の色彩文化において、真夏の陽光や突発的な強光が空間に満ちることで、物質が本来持つ色彩の境界が曖昧になり、人々の視覚や認識を激しく惑わせてしまう現象を指す言葉。当時の宮廷文化では、光の乱反射(跳ね)は人々の感情を揺さぶる「心の揺れ」の現れと結びつけられており、自然の圧倒的な輝きに人間が心地よく翻弄される姿は、絶対的な美の前での純粋な迷い(不完全の美)の象徴として語られていた。
●“光は心の案内役”
昭華の美意識では、刻一刻と変化する光の強弱や明暗は、人間の感情や世界の印象を導く「心の案内役(精神の指標)」そのものと結びつけられとった。
今日の、眩しすぎる光に当てられて「見え方が全部変わった」「みんなの指さす色がズレた」と微笑み合う大騒ぎも、光の悪戯に自らの感覚をたおやかに委ねて楽しんでしまう、庭っ娘たちの瑞々しくも雅な日常の名残なんかもしれんね。
儀庭の朝は、今日もゆるりと始まる。
手酌のお茶を一口すすり、白石に落ちる自らの影を愛おしみながら——。
そして、ゆるりと騒がしくなる。
それが昭華王朝の、いつもの日常じゃった。




