第66話 色氾濫庭《しきはんらんてい》
王城の中で、若い娘たちが自由に使える庭はただ一つ——儀庭。
儀庭の朝は、白石の上に淡い光が流れ、東屋の影がゆるやかに庭へ伸びていた。朝露を含んだ清々しい空気が庭全体を包み込み、石畳の上に柔らかな陽光がキラキラと揺らめいている。
静けさの中で、庭っ娘たちは街で聞いた色の騒ぎを持ち寄っていた。
庭っ娘たちは白石の端に集まり、昨日朝霞街の角で巻き起こった、光の気まぐれが引き起こした鮮やかな大騒動について口々に語り始めた。
朝の清々しい光の中で、芳華は前髪を整えながら、朝霞街で見た光景を思い出して目を丸くした。
芳華:「朝霞街の角で、色の気配が一気に濃うなったんよ」
瑠映は色壺を抱えた腕を揺らし、光の反射を見ながら苦笑した。
瑠映:「光が跳ねた瞬間、全部別の色に見えたねぇ」
夜凛は舞衣の袖を軽く払って、通りの揺れを思い出しながら言った。
夜凛:「通りの人が指さす色が、みんな違っとったよ」
琴雪は深読み書を胸の高さで開き、余白の揺れを見つめながら静かに言った。
琴雪:「比喩まで色に引っ張られて、話がズレ始めたんよ」
黒耀は巻物を整え、光の角度を確かめながら言った。
黒耀:「静けさが色に負けて、空気がちょっと揺れとったね」
紅牙はいつものように場を締めた。
紅牙:「……色が暴走したら、なんか全部楽しくなるんよねぇ」
儀庭の光はゆるりと安定し、色の余韻だけが柔らかく残っていた。
光と色彩が街中で巻き起こした一瞬の宴と、鮮やかな記憶の余韻が、朝のぽかぽかとした陽だまりの中に柔らかく溶けていく。
【昭華の豆知識】
●『色氾濫庭』
昭華王朝の色彩美学および気象観照において、特定の気象条件や建築物の屈折による強烈な陽光の反射によって、空間の色彩が一時的に飽和・乱反射し、街並みや景色の輪郭がまるで踊るように揺れ動いて見える稀有な現象を指す言葉。当時の宮廷文化では、場に応じた「色の整い(洗練された調和)」が美徳とされていたため、日常の色彩が一変して人々を眩惑させるような光景は、自然がもたらす一期一会の「美の氾濫(風雅な混沌)」として、驚きとともに大いに称えられていた。
●“色は心の跳ね”
昭華の美意識においては、「目に映る様々な色彩の重なりや波紋のような揺らぎは、人間の感情が高揚して躍動する『心の跳ね』そのものである」と考えられていた。
作中において、街中の人々が指さす色を巡って言葉や比喩までズレてしまい、その混沌すらも「全部楽しくなる」と笑顔を交わし合うひとときも、自然が生み出す色の悪戯に素直に心を躍らせ、仲間と共に慈しんでいた庭っ娘たちの雅で生き生きとした日常の名残なのである。
儀庭の朝は、今日もゆるりと始まる。
手酌のお茶を一口すすり、白石の上で気まぐれに跳ねる朝光の色を愛おしみながら——。
そして、ゆるりと騒がしくなる。
それが昭華王朝の、いつもの日常じゃった。




