第42話 甘珠迷路(かんじゅめいろ)
儀庭の朝は、白石の上に柔らかい光が流れ、風が細く庭をすべっていった。
街の甘味処の新作は、庭っ娘たちの興味をよく引く。
今日も庭っ娘たちは白石の端に集まり、昨日みんなで並んだお目当ての「新作甘味」をめぐる、奇妙で賑やかな大混乱について語り合っていた。
芳華は前髪をそっと押さえながら、昨日の行列での出来物を思い出して息をついた。
芳華:「聞いてよ! 店の前に『待望の新作!』って大きく書かれとったけぇ、ぶち楽しみに並んだんじゃけど……看板に書かれとる説明が雅すぎて、何が入っとるんか全然分からんかったんよね」
瑠映は色壺を抱えたまま、光の反射を見て困ったように首をかしげた。
瑠映:「そうそう、お品書きの名前が長すぎるんよねぇ。『朝霞に揺れる薄桜の……』とか何とか、美味しいそうな言葉が連なりすぎて、途中から何を注文すればええんか覚えられんかったよ。」
夜凛は舞衣の袖を軽く払って、当時の行列の様子を思い出しながら言った。
夜凛:「うち、前の人が受け取って持っとるやつを横からじっと盗み見てみたんじゃけどね。いつも売っとる定番の乳茶と見た目が全く同じで、一体どこが新作なんかさっぱり分からんかったんよ。」
琴雪は深読み書を開き、余白の揺れを見つめながら静かに言った。
琴雪:「並んどる列の後ろの方でね、待っとる人たちの間で勝手に情報が増えまくっていきよったんよ。『今回は秘境の木の実が入っとるらしい』とか『隠し味に宮廷の蜜が使われとる』とか、深読みの嵐じゃったね。」
黒耀は巻物を整え、光の角度を確かめながら当時のカオスな状況を楽しそうに振り返った。
黒耀:「列が長すぎて、みんなが噂を信じ込みよったけぇね。いざ注文の順番が来た時には、みんなそれぞれ全く違うものを『これぞ至高の新作じゃ!』って思い込んで頼んどったよ」
紅牙は腕を組み、手元に残った謎のお茶を思い浮かべるように思いを馳せながら場を締めた。
紅牙:「……結局、どれが本当の新作じゃったんか、最後まで誰も確信が持てんかったけぇね。まぁ、どれを飲んでもぶち美味しかったけぇ、結果的には大満足なんじゃが。」
儀庭の光はゆるりと安定し、みんなで迷い込んだ街の甘味の迷路だけが、温かい余韻として柔らかく残っていた。
【昭華の豆知識】
●『甘珠迷路』
昭華王朝において、街の茶房が打ち出す新作の甘味について、名称の雅さや情報の錯綜によって人々が混乱し、品定めの迷宮に迷い込んでしまう現象を指す言葉。当時の宮廷文化では、あらゆる表現における「名の整い(明瞭な美)」が重んじられていたため、名前が過剰に長くて本質が見えにくくなっている状態は、一種の「美の乱れ」として語られていた。
●“名は心の形”
昭華の美意識では、名前の整いはそのものの本質、ひいてはそれを受け取る人間の心の形と結びつけられとった。
今日の、長すぎる名前に翻弄されてみんなで違うものを頼んでしもうた「甘珠迷路」の騒ぎも、新作に心を躍らせる庭っ娘たちの、どこか愛らしい心の揺らぎの表れなんかもしれんね。
儀庭の朝は、今日もゆるりと始まる。
そして、ゆるりと騒がしくなる。
それが昭華王朝の、いつもの日常じゃった。




