第39話 甘飲錯選《かんいんさくせん》
儀庭の朝は、白石の上に柔らかい光が落ち、風が細く庭をすべっていった。
街の甘味処の話題は、庭っ娘たちの間でよく転がる。
今日も庭っ娘たちは白石の端に集まり、昨日みんなで行った新しい甘味処での、ちょっとした「甘い衝撃」について賑やかに語り合っていた。
芳華は前髪をぎゅっと押さえながら、昨日の出来事を思い出して悔しそうに顔をしかめた。
芳華:「聞いてよ! うち、昨日は絶対に『甘さ控えめ』を選んだつもりじゃったのに、出てきたやつを飲んだら脳に響くくらいぶち甘かったんじゃけど! あれは完全に裏切られたわぁ……」
瑠映は色壺を抱えたまま、光の反射を見て困ったように首をかしげた。
瑠映:「あそこのお品書き、似たような名前のメニューが多すぎるんよねぇ。『微甘』とか『清甘』とか、色で言ったら全部同じ薄桜色に見えて区別がつかんわ。」
夜凛は舞衣の袖を軽く払って、風の流れを確かめながら呆れたように言った。
夜凛:「うちもお品書きの説明を真面目に読んでみたんじゃけど、どれも『素材の甘みを最大限に活かした逸品』みたいな同じようなことしか書いてなくて、さっぱり違いが分からんかったよ。」
琴雪は深読み書を開き、余白の揺れを見つめながら静かに言った。
琴雪:「あまりに迷うけぇ、もう一回選び直そうとしたんじゃけどね。ふと後ろを見たら、もう次の人がお財布を出して注文を待ちよったけぇ、焦って適当に指差すしかなかったんよ」
黒耀は巻物を整え、光の角度を確かめながら苦笑して一言添えた。
黒耀:「芳華のやつを一口もらったけど、あの強烈な甘さで頭がぼーっとしてね。自分が一体何を頼んで、今何を飲んどるんか、一瞬すべてを忘れそうじゃったわ。」
紅牙は腕を組み、口の中に残るほのかな甘みを思い返すように、場を締めた。
紅牙:「……まぁ、確かに頭が痛くなるほど甘かったが。……でも、あの容赦ない甘さは、疲れた時にちょっと癖になるかもしれんね。」
儀庭の風はゆるりと弱まり、甘ったるい街の余韻を乗せた静けさが、柔らかく戻っていった。
【昭華の豆知識】
●『甘飲錯選』
昭華王朝において、街の茶房や甘味処において注文時の選択を誤り、意図したよりも遥かに濃厚な甘味を拝受してしまう現象を指す言葉。当時の宮廷文化では、五感における「味の整い(調和)」が内面の品格として重んじられていたため、甘さのわずかな狂いや選択の乱れであっても、それは「心の均衡の乱れ」として結びつけられていた。
●“甘は心の揺れ”
昭華の美意識では、甘さの濃淡は自らを甘やかす心の揺らぎと結びつけられとった。
今日の、お品書きに惑わされた選択ミスをめぐる大騒ぎも、庭っ娘たちの心がそれだけ世俗の甘美な誘惑に揺れ動いとる、微笑ましい日常の名残なんかもしれんね。
儀庭の朝は、今日もゆるりと始まる。
そして、ゆるりと騒がしくなる。
それが昭華王朝の、いつもの日常じゃった。




