第34話:【幕間】100万ゴールドの使い道。「エリクサーは最高のカーシャンプーだ」
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
自由交易国ゼピュロス、商業都市メルカディアの郊外。
村人たちのための新天地となった開拓地に、鼓膜をつんざくような私の絶叫が響き渡っていた。
「ミ、ミオちゃん!? どうしたんじゃ、また何かヤバい魔獣でも出たのか!?」
「誰か轢かれたの!? それともまた神様が降ってきたの!?」
遠巻きに見ていた村人たちが、慌てて農具を放り出して駆け寄ってくる。
しかし、私の目の前にあるのは魔獣でも神様でもない。
ただの、純白の2トントラックだ。
そのトラックのバンパーにすがりつき、私は頭を抱えて地面をのたうち回っていた。
「か、駆さん……! 駆さぁぁぁん!!」
ガチャリ。
私の泣き声に反応し、運転席のドアが開いた。
そこからひょこっと顔を出したのは、相変わらずの死んだ魚の目をした、青い作業着の男――轟駆だ。
「……騒ぐな、ミオ。近所迷惑だろう。出発前の点検の邪魔だ」
「点検の邪魔!? そんなこと言ってる場合ですか!!」
私は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、手の中に握りしめていた『空っぽの宝箱』と『領収書の束』を、バサァッ! と駆さんに突きつけた。
「駆さん! これ! なんですかこれ! 女神様からふんだくった金貨100万枚! 国が丸ごと買えるくらいあった神様のヘソクリが、なんで『残り500枚』になってるんですかぁぁぁッ!?」
そう、たった数時間前まで、トラックの荷台には眩いばかりの金塊と宝石が山積みになっていたはずなのだ。
一生遊んで暮らせる。いや、運送会社を大陸中に設立して大金持ちになれるほどの、莫大な財力。
それが、見事にすっからかんになっている。
駆さんは、私が突きつけた領収書をチラリと見ると、バインダーをカチカチと鳴らしながら、さも当然のような顔で言い放った。
「……洗車代だ」
「はぁぁぁぁぁぁぁッ!? 洗車にいくら使ったんですか!?」
「……邪竜の吐いた火山灰と、クソ女神の鼻血。これらは非常に酸性が強く、塗装に深刻なダメージを与える。放置すればサビの原因になるからな」
駆さんは、無駄にキラキラと神々しい輝きを放っているトラックのボディを愛おしそうに撫でた。
「だから、メルカディアの魔道具屋にあった最高級の回復薬『エリクサー』をすべて買い占め、車体を念入りに洗い流した。……やはり、神話級の霊薬は泡立ちと水弾きが違うな」
「エ、エリクサーで洗車!? 死者すら蘇るっていう伝説の霊薬を、窓拭きとワックスがけに使ったんですかぁぁぁ!?」
私は白目を剥いた。
エリクサーといえば、王族ですら一生に一度お目にかかれるかどうかの超絶レアアイテムだ。一本で金貨数千枚は下らない。
「当然、今後の汚れに備えて、予備のエリクサーも大量に積んでおいた。これでいつ鳥のフンを落とされても安心だ」
「鳥のフンをエリクサーで拭き取るなぁぁぁっ! 雑巾で十分でしょぉぉぉっ!!」
私の悲痛なツッコミに対し、駆さんは「チッ」と舌打ちをして不快げに眉をひそめた。
「……素人が。ボディの輝きを維持する経費をケチる運送屋に、未来はない。……それに、金貨が消えた理由は洗車代だけではないぞ」
「ま、まだあるんですか……?」
「お前が次の目的地に『天空の浮遊都市』を指定しただろう。俺のトラックが空を飛ぶフライト・ユニットの燃費は、リッター100メートルだ。あそこへ向かうための『超高濃度魔力燃料』をメルカディア中のギルドから買い漁ったら、金貨なんてあっという間に消えたぞ」
「う、嘘でしょ……」
「おまけに、ただでさえ過酷な長距離フライトだ。ナビを務めるお前の疲れを癒すため、荷台の奥に『総檜造り・露天風呂』まで設置してやったんだぞ」
「ろ、露天風呂……?」
駆さんがトラックの荷台の観音扉を開ける。
すると、空間拡張された体育館のようなスペースの奥に、なぜか本格的な和風の岩風呂と、真新しい檜の湯船が鎮座していた。
「……熱源には、邪竜からドロップした『ドラゴンコア』を使用している。24時間、常に適温の源泉掛け流し(追い炊き機能付き)だ。……感謝しろ」
「いらないわよぉぉぉぉぉぉぉッ!! トラックに露天風呂作る前に、なんで普通の貯金をしてくれないんですかぁぁぁッ!! ていうか、せめて私に普通のベッドを頂戴よぉぉぉぉぉッ!!」
「……俺は社畜だから湯船に浸かっている時間はない。お前専用だ、有効活用しろ」
私の抗議を完全に無視し、駆さんはバタンと荷台のドアを閉めた。
「……金貨100万枚あったのに……。私の歩合給、また金貨数枚からのスタート……」
私は完全に膝から崩れ落ち、真っ白な灰のように燃え尽きた。
豪華な屋敷を買い、美味しいものを毎日食べ、ふかふかのベッドで寝るという私のささやかな夢は、すべてトラックの『維持費』と『謎カスタム』の前に散ったのだ。
「何を絶望している。手元にはまだ『金貨500枚』もあるじゃないか」
駆さんは運転席に乗り込みながら、死んだ魚の目でこちらを見下ろした。
「オルテシア伯爵から、最初の依頼で前借りした運賃と同じ額だ。……変に大金を持っているより、初心に帰れて丁度いいだろう」
「丁度よくないですぅぅぅ! 100万枚が500枚に減って喜ぶバカがどこにいるんですかぁぁぁっ!」
ヴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
私の抗議をかき消すように、エリクサーでピカピカに磨き上げられ、無駄に神々しいオーラを放つ純白の2トントラックが、力強く唸りを上げた。
「……文句があるなら歩いてこい。轟運輸、出発だ。……次の目的地は『天空の浮遊都市』。しっかりナビしろよ、ミオ」
「鬼! 悪魔! 社畜ゥゥゥゥゥッ!!」
一生遊んで暮らせるはずだった大金を、文字通り「湯水」のように使い切り、結局また日銭を稼ぐカツカツの運送業へと戻っていく私たち。
「もうヤダァァァァァァァァァァァッ!!」
私の泣き叫ぶ声を乗せて。
純白の2トントラック(露天風呂付き・車検非対応カスタム)は、次なる配達先である『大空』へと向かって、土煙を上げながら爆走していくのだった。




