学園ラブコメ反攻作戦
合宿が終わって――月曜日。
俺、真中カナメは、通学路で軽く混乱していた。
「カナメくん! おはよう!」
道の角から飛び出してきたのは、白玉モモ。
制服にジャージを羽織り、やたらと元気。
「……おはよう、モモ。今日、月曜だけど。なんで君、体操着?」
「えー? 今日って文化祭アフターイベントでしょ?」
「そんなもんあったか!? 文化祭、終わっただろ!? 公式に!」
「非公式が本番なのが、うちの学校の伝統だよっ?」
いや、知らん。
モモが言うには――
文化祭後、生徒有志による非公式文化祭が、学内で勝手に展開されるらしい。
通称、裏文化祭。
教師側も黙認、いや、むしろ疲れているので静観らしい。
なにそのカオスの肯定。
そして。
その裏文化祭の今年のメインイベントは――
《恋人候補総選挙 in 学園裏文化祭》
「……は?」
「エントリーは任意! でも誰かに推薦されたら、参加決定! つまり!」
モモが指差した先には――
でかでかと掲示された立て看板。
《推薦枠:真中カナメの恋人候補》
・東雲アイリ
・聖城ユリ
・白玉モモ
・千景ミサキ(推薦済)
・黒瀬レン(なぜか推薦あり)
・???
「ちょっと待てぇぇぇえええ!!」
廊下中に響き渡る俺の叫び。
昼休み。
俺は弁当も食べず、生徒会室へ突撃していた。
「頼む、取り下げてくれ……! この選挙、俺にとって地獄だ!」
「いいや、これは生徒会としても面白……じゃなくて、有意義な企画です」
そこにいたのは風間ダイチだった。
俺の親友であり、地味にこの事態の仕掛け人。
「どうせ、お前が推薦書書いただろ!? なんでレンまでいるんだよ!!」
「いや、レンは普通に女子からの推薦が来た。なぜかは知らん」
「知らんのかよ!!」
「で、なんでこんなイベント……?」
「文化祭って、恋愛イベント多かっただろ? でも、選ばなかった。お前が。それって、誰かにとっては未練なんだよ」
「……」
「でもな、カナメ。ここでハッキリさせることで、前に進めるやつもいるんだ」
「……全部俺に背負わせんなよ」
「背負えるんだろ? ラブコメ主人公」
ダイチの笑顔は、なんかムカついた。
そして午後のHR。
担任が言った。
「今週は文化的自由週間として、特別日課です」
モモがニヤリと笑い、ヒロインたちが一斉に動き出す。
「カナメくん、今日の放課後は予定空いてる? お弁当デートリベンジしよう?」
アイリがスケジュール帳片手に話しかけてくる。
「……いやいや、そもそもリベンジってなに……」
「私の作戦、まだ実地検証が終わってないのよ」
「そのあと、私が夕練を頼む」
ユリが横から割り込んでくる。
「ラブコメ体力を鍛えるための修行、必要だろう」
「そんな概念あるか!? てかなんで俺が修行受けるんだよ!」
「そのあと、二人で図書館行こっか?」
ミサキがさりげなく眼鏡を押さえてくる。
「この物語の分岐点を再確認する必要があるの。フラグログ取り出しておいたから」
「怖えよ! 物語をログ管理すんな!」
「じゃあそのあと、非公式カップル撮影会だよ☆」
モモがフリップを取り出して笑う。
「制服×放課後光線×ピース! つまり告白スチルごっこ!」
「ごっこじゃ済まない気しかしねええ!!」
気がつけば、
――俺の周囲はすでに選挙戦の只中にあった。
でも、これは誰もが勝ちたいわけじゃない。
勝ち負けの先に、何を伝えたいか。
それだけが、彼女たちを突き動かしていた。
放課後。
予定表は埋まり、俺は逃げられずに立っていた。
「……じゃあ、順番にいこう。最初は……アイリ、だな?」
「ええ、よろしく。恋人契約編、後日談ルート開始よ」
====
《文化祭アフターイベントウィーク》2日目。
非公式で開催された「恋人候補総選挙」は、学園内の裏公式イベントとして確固たる地位を得てしまっていた。
そしてこの日から一週間――
各ヒロインが一日ずつ仮想デート形式で、俺との仲を猛アピールするという、とんでもないラブコメ再戦週間が始まってしまった。
初日は――東雲アイリのターン。
昼休み、俺は半ば強制的に図書室の隅に呼び出されていた。
「というわけで、仮想デート・再演編、開始よ」とアイリがメガネを押し上げながら宣言する。
「……お弁当って、また手作り?」
「当然よ。今回は選挙対策仕様にしてあるわ」
彼女が取り出したのは、完璧に整った三段重の弁当。
「どういう……仕様?」
「栄養バランス、視覚効果、好み調査の反映、あとおかず別好感度変化率を加味したラインナップよ」
「もはや科学じゃねえか……!」
とはいえ、その完成度は異常だった。
うまい。
文句なく、うまい。しかも妙に俺好みの味付けが続く。
「カナメ、気づいてると思うけど……これは私の再挑戦よ」
「……」
「合宿では、自分でもびっくりするくらい……気持ちが入ってた。だから、怖くなった。負けるのが、怖くなったのよ」
アイリはそっと目を伏せる。
「でも、もう逃げない。私は、勝つためにここにいるの」
そう言って差し出された唐揚げを、俺は――結局食べてしまった。
「……勝手に進むなよ」
「だったら、引き止めて」
放課後。
俺は屋上に呼び出される。今度は――聖城ユリ。
「風が強いな。戦場にふさわしい」
「ここ戦場じゃないし、デートもどきの日って聞いたぞ」
「私にとって、愛は戦争と同義だ」
「……だと思った」
ユリはいつも通り、背筋を伸ばして俺を見つめていた。
「私は今まで、忠義という名のもとにカナメに仕えてきた。でもそれは、言い訳だったのだと……合宿でわかった」
「言い訳か?」
「騎士としてではなく、一人の女として、私はお前を――」
言いかけて、言葉が止まる。
「言わなくていいのか?」
「……今言ったら、剣を抜くことになりそうだ。だから、今はやめておく」
「そうしてくれ……」
その後、ユリはおもむろに弁当箱を取り出す。
「アイリと被るが、私も戦術食を用意してきた。勝負は同条件であるべきだろう」
「競技じゃねえよ、これ……」
蓋を開けると、そこには肉×肉×肉の三色丼。
「ラブコメの体力は、肉によって得られる!」
「……もうツッコまないからな……」
その翌日――白玉モモ。
今度は学校の中庭に即席撮影ブースが設置されていた。
「はーい、じゃあカナメちゃん、そのままそっと笑って☆」
「カシャッ」
「ちょ、勝手にシャッター切るな!!」
「これはね、思い出ログ! つまり、あとで、このときの気持ちを参照できるの。ラブコメってそういうもんでしょ?」
「違う……とは言い切れないのが悔しい……!」
撮影会という名の擬似デートは続き、モモは次々にポーズを指定し、周囲には観客までついていた。
「ねえ、カナメちゃん。私、本気で好きとか、言わないよ」
「……言わないのか?」
「うん。だって、言ったら終わっちゃうかもしれないじゃん」
「それって……」
「でも、本気っぽく見えるように演じるのは、本気じゃないとは言い切れないでしょ?」
言葉のトリックのようで、核心でもあるような。
相変わらず、この精霊(?)はややこしい。
数日間続いたヒロイン全員アピール週間のクライマックス。
――その日。
何者かが、放送室から恋人総選挙・中間発表を強行放送した。
『現在、最多推薦票を獲得しているのは……!』
「……あれ、俺じゃね?」
『推薦数トップ:真中カナメ(42票)――って、ちょっと待て!?』
「なんで俺が選ばれてるんだよ!!」
騒然とする教室。
混乱する放送室。
笑い転げるモモと、どこか満足そうなユリ。
こうして、
この文化祭後ラブコメ選挙戦は、さらに混沌へと突入する――!
====
文化祭アフターイベントウィーク、最終日。
そして――恋人候補総選挙、決選投票当日。
校内は妙な熱気に包まれていた。
「おい、そこの一年! 推しヒロインに清き一票を頼む!」
「レン様に入れたら、文化部があなたの名前で詩を詠むわよ♡」
「それはちょっと重くないですか!? でもかっこいい!!」
……と、意味のわからない光景を横目に、俺、真中カナメは、いつものように溜息をついていた。
「なんで、こうなるんだよ……」
そして昼休み、突如――
「注目!!!」
――という叫びとともに、校庭に設けられた簡易ステージに、ある男が登壇した。
「ついにこの時が来た……! 真中カナメ、そして全ヒロインたちよ!」
颯爽と髪をかきあげ、手を広げるその男の名は――
「黒瀬レン、参戦ッ!!」
ざわつく空気。
あちこちからカメラのシャッター音。
女子たちの黄色い声、男子のブーイング、拍手、そして――カナメの頭痛。
「なんでお前が来るんだよ!?」
「ははっ、当然だろう? 恋人候補という名誉ある戦に、私が名を連ねないなど、ラブコメ界に対する冒涜だ!」
「お前のその感性が冒涜だわ!」
だが意外にも、レンの登壇に一定の支持が集まっている。
「顔はいい」
「文芸部長」
「ポエムがエモい」
……モテ要素がゼロではないことに、なぜか俺の胃が痛くなってきた。
だが、そのレンがステージ上で急に真顔になる。
「この選挙。私が参加するのは――ある人間に、ケリをつけるためだ」
観客たちが息をのむ。
そしてレンは、真っ直ぐに――俺を見た。
「真中カナメ。お前は、誰にも答えを出していない。愛されることを受け入れていながら、応えない。それでいいのか?」
「……っ」
「だから私は、選ばれることで示す。本気で向き合う覚悟のないやつは、ラブコメの舞台に立つ資格がないと!」
……その言葉には、正直グサッと来た。
確かに俺は、逃げてばかりだった。
でも、それは選べないからじゃない。
誰も傷つけたくないと、ただ――自分を守っていただけかもしれない。
放課後、選挙の集計が始まる。
俺は体育館裏に呼び出されていた。
「……やっぱり、来たね」
待っていたのは、千景ミサキだった。
「選挙。最後の推薦者、私なんだよ」
「……知ってる」
「でもね、私は別に勝つつもりはなかった。カナメくんが、この構造から逃げないように、物語の縛りを与えたかっただけ」
「そんなこと……できるのか?」
「できるよ。ラブコメって、そういうものだから」
ミサキは言う。
「カナメくんは、全員に向き合おうとして、誰にも向き合っていなかった。それって、誰よりも選ばれてるくせに、誰よりも無責任な状態なんだよ」
……その通りだった。
「私は、そういう主人公が――物語の構造を超えて、ちゃんと自分の言葉で応える瞬間が、見たかった」
「……」
「だから、ステージに立って。選ばなくていい。でも、選ばない理由を、ちゃんと話してあげて」
夕方。体育館。
壇上に並ぶヒロインたちと、黒瀬レン。
そして、全校生徒の視線が――俺、真中カナメに集まっていた。
俺は、マイクの前に立ち、深呼吸する。
「えーと……」
喉が渇く。
でも、言わなきゃいけない言葉がある。
「この恋人候補総選挙、俺は――辞退します」
会場がざわつく。
「俺は、誰か一人を選べるほど、強くも、勇気があるわけでもありません。それでも、皆が俺に向けてくれた気持ちは、全部、ちゃんと受け取ってます」
「……」
「そのうえで、今の俺が出せる答えは――誰の恋人にもならないってことです」
「なんだと……!」
レンが悔しそうに唸る。
「でも、これだけは約束する。逃げない。ふざけない。これからの時間を、ちゃんと皆と過ごして、その中で、いつか答えを見つける。だから――それまで待っててほしい」
長い沈黙。
でも次の瞬間――拍手が、ゆっくりと沸き起こった。
誰ともくっつかない。
でも、それを真っ直ぐな言葉で伝えるという選択。
それが、俺にできる精一杯のラブコメだった。
夜。昇降口前。
ふと気がつけば、全員がそこに集まっていた。
アイリ、ユリ、モモ、ミサキ、そしてレンまで。
「……ほんっと、罪作りだよね、キミは」
モモが笑う。
「でも、誤魔化さなかったから、合格」
アイリも少しだけ微笑んだ。
「まだ勝負は続く」
ユリは剣を抜きかけて、またしまった。
「いい物語だった。次のルートにも期待してる」
ミサキは静かに言う。
「……私もまだ、負けた気がしない」
レンは肩をすくめる。
その時、俺は少しだけ――
このラブコメの中心にいることを、誇らしく思った。