ヒロイン会議と次の戦場
体育祭が終わって数日。
季節は夏から秋へ、制服も冬服へと移り変わっていく。
だが、俺の周囲には季節感なんてものは存在しない。
なぜなら――年中無休のラブコメ抗争が、相変わらず進行中だからだ。
「カナメくん、今日の放課後って空いてる?」
「カナメ、例の件、検討してくれたか?」
「カナメちゃん、今日のラブフラグはどこから建てる~?」
とにかく、俺の平穏はいつも誰かのヒロイン活動によって破壊される。
それが、もう日常になってるのが怖い。
「さて、では第13回非公式ヒロイン定例会議を始めます」
とある日の放課後、生徒会室(※無断使用)で、テーブルを囲む5人の少女がいた。
聖城ユリ、東雲アイリ、白玉モモ、千景ミサキ、そして――なぜか黒瀬レン。
「……なぜ私たちが会議を? 共闘の必要などないわ」
「違うわよ。これは今後の戦略方針を整理するための情報共有よ」
「つまり、次のフラグ競技の奪い合いを事前に潰し合う会ってことだね!」
「それを共闘と言うのだと思うのだが……」とレンがぽつり。
「レンはなんで来てるの?」とユリが眉をひそめると、
「我が宿敵・真中カナメの動向を知るのに、これほど効率的な会議はない!」
「……あんた、ヒロインなの?」
テーブルの上には、謎の資料が並んでいた。
カナメの最近の行動履歴(誰と下校したかなど)
体育祭での好感度推移グラフ(根拠は不明)
次に発生しそうなラブコメイベント候補一覧
「さて、次の議題は――秋の校外イベントにどう仕掛けるか」
ミサキがノートをパタンと閉じながら言う。
「フラグは場所と状況と選択肢の3条件で発生する。つまり、舞台が変わる=全員に新チャンスがある」
「要は、旅行か?」
ユリが腕を組む。
「はい。学校公認の校外学習があります」アイリが資料を示す。
【秋の学外イベント:山間部での職業体験合宿】
「――カナメくんとお泊まり!?」
「教育目的を私物化しないでください!」
「でもこれ、ワンチャンあるよね~?」
各ヒロインの目がギラリと光った。
一方そのころ、俺はというと――
「はあ……」
購買で買ったあんぱんを片手に、屋上でぼーっとしていた。
「なんか、また面倒なこと起きそうな気がするんだよな……」
ヒロインたちの動きが明らかにおかしい。
静かにしてるときほど危険という、最近学んだ教訓がある。
特に、ミサキとモモが静かだとフラグが立つ音がする。
そこへ、ダイチがパン片手にやってきた。
「よぉ、カナメ! 平和満喫中か?」
「今だけな。たぶんもうすぐまたバトルが始まる」
「お、察してるじゃん。さすがラブコメサバイバー!」
「どんな称号だよ……」
「で、次のターゲットってなんなんだ?」
「……多分、校外学習だな」
「おー! じゃあカナメ、ヒロインたちと山の中で職業体験しながらラブイベント地獄じゃん!」
「地獄言うな」
そのとき、ダイチがふと思い出したように言った。
「そういや、今回の合宿先、恋人の聖地とか言われてる場所らしいぜ?」
「……その情報、もっと早く言えよ……」
――嫌な予感が、確信に変わった。
場面は再びヒロイン会議に戻る。
「というわけで、我々はこの職業体験合宿を新たな恋愛戦場と位置づける」
「わー、いよいよ戦線拡大だね~!」
「不正は許さないからね。事前申請を通すこと」
「ならば私は、恋人役の体験シナリオを仕込むことにする。設定は完璧に作り込む」
「お前は現実にノベルゲームのパッチ当てるのやめろ」
次々に飛び交う不穏な作戦名。
作戦名①:「星空の告白大作戦」
作戦名②:「温泉混浴フラグ」
作戦名③:「遭難で二人きり♡」
作戦名④:「ツーショット職業体験」
「なあモモ、お前はどうするつもりなんだよ?」
「んー、私は全員が混ざった状態で同時攻略バグ起こしてみたいかな~」
「バグ起こすな。てか、恋愛ゲームじゃねえ!」
こうして、カナメの知らぬところで、
新たな恋愛合宿が静かに、でも着実に準備されていく――
次なる戦場は、山奥のログハウス!
果たして彼は、生き延びられるのか!?
朝。
秋晴れの空の下、バス二台が学校前に停車していた。
今日は「職業体験合宿」の出発日――だが、その実態は新たなラブコメ抗争の火蓋が切って落とされる日である。
……たぶん俺以外の誰かの脳内では。
「カナメくーん、こっちのバスに乗ろっか~☆」
白玉モモがやけにフレンドリーに俺の腕を引っ張る。
「って、ちょっと待て。俺は誰と乗るとか、まだ――」
「カナメ、こちらが空いている」
聖城ユリが横から差し出すのは、なぜか2人用の特別シート。
「お前ら、もう完全にグルだろ……!」
その横では、東雲アイリが腕組みしながら、
バス内ヒロインポイント獲得マップなるものを眺めていた。
「……ふむ。座席は早い者勝ちとはいえ、モモが先制したのは想定外ね。ならば私は、車内イベントで巻き返すわ」
「……お前らの頭の中、全部イベントで構成されてんの?」
結局、俺はモモに押し切られてバス一号車の中列へ。
「はい、チーズ☆」
突然モモがスマホを構えてシャッターを切る。
「なんだよ、勝手に撮るなって」
「記録は重要だよ、フラグの軌跡になるから!」
「お前だけ別ジャンルの住人すぎるんだよ……」
ちらりと前を見ると、すでにユリが運転席後ろを陣取っていた。
一方、アイリは通路側の席に座り、なぜか手帳にメモを取っている。
千景ミサキは、最後尾で窓の外を眺めながらこう呟いた。
「さあ、物語は山編に突入ですね……」
出発から1時間――
「次のイベントは休憩所イベントの可能性が高いわ」
アイリがごそごそと資料をめくりながら言う。
「そこで誰がカナメと買い食いするかが、今回の重要ポイントよ」
「買い食いでポイント稼ぐなよ……」
休憩所に到着すると、案の定、みんなが動き始めた。
ユリ:「カナメ、温かい飲み物を持ってこよう。冷えると良くない」
モモ:「じゃあ私は~、ソフトクリーム勝負しかないね☆」
アイリ:「ここで好感度を稼げば、夜のフラグイベントで有利になる……」
「いや、そもそもフラグイベントって何だよ!?」
完全に普通の合宿ではなくなってきてる感が強い。
俺は静かに、ベンチに腰かけ、パンをかじる。
ダイチが隣に座って、ジュースを飲みながら言った。
「相変わらず騒がしいな~。で、どの子と同じ部屋になりたい?」
「男子部屋固定だろ普通……」
「でもよ、ミサキが部屋割りにイベント性を加えたとか言ってたぞ?」
「やめてくれ、そのフレーズ聞いただけで眠れない気がする……」
バスは再び走り出し、やがて目的地に到着。
そこは、山間の静かな施設――
『自然とふれあいながら学ぶ、創作体験&職業体験の森』
ログハウスが点在し、清流の音が心地よく響く。
……とても教育的な場所に、まったく教育的でない目的の人物たちが降り立った。
「やっぱりここ、恋人の聖地って観光マップに書いてある!」
「うわぁ、本当に書いてるし……」
「それなら、恋人体験職業ってのを勝手に作ってみようか?」
「アウトだよそれ!」
チェックインを済ませたあと、夕方にオリエンテーションがあり、その後、各体験の志望希望調査が行われた。
そこで問題が起きる。
「カナメくん、どの職業体験希望した?」
「お前が最初に書いたら偏るだろ!?」
「私はカフェ体験にしたわ。制服フラグを活かすにはそこが最適」
「……フラグの理由が雑すぎるだろ」
「カナメちゃんが木工体験選んだら、二人でベンチ作って告白展開に持ってけるよ~?」
「ねえ、純粋に体験しに来てる人とかいないの?」
そして夜――ログハウスでの部屋割り抽選会が始まる。
司会はなぜかモモ。
「え~、ランダムで部屋を決めまーす♪」
「それ、絶対仕組まれてるだろ……」
引いた札を確認すると、
『真中カナメ/黒瀬レン』
「は?」
「うむ、カナメ。我らが相部屋となったな!」
「運営、やり直せ……!」
そんな感じで、初日からラブコメの嵐が吹き荒れる。
果たしてこの恋愛戦場の森で、
俺は平穏に職業体験できるのだろうか――いや、できるわけがない。
朝。
ログハウスの天井を見つめながら、俺はため息をついた。
「なんで……なんで俺は黒瀬レンと同室なんだ……」
「ふむ、よく眠れたぞカナメ。我が魔王としての気配遮断スキルが効果を発揮したな」
「お前のいびき、最終決戦だったからな……」
着替えを終え、朝食へと向かう途中。
ふと外を見ると、モモが焚き火の周りでストレッチしていた。
「おはよ、カナメちゃん。今日の予定、知りたい?」
「言いたいだけだろ……聞こうか」
モモは指を一本立てる。
「今日はね~、午前が職業体験前半戦、午後が自由時間だってさ☆」
「自由時間……嫌な予感しかしない」
職業体験は、いくつかのコースに分かれていた。
カフェ体験(東雲アイリが全力投球)
木工体験(聖城ユリが寡黙に刃物を研いでいる)
写真体験(白玉モモが被写体として暴走中)
物語創作体験(千景ミサキが講師役に立候補)
そして俺は――なぜか全ヒロインが密集していない農作業体験を選んだ。
「土を耕してる時くらい、誰も来ないだろ……」
甘かった。
「カナメくーん、鍬の持ち方間違ってるよぉ♪」
モモが満面の笑顔で横からアドバイス(?)を入れてくる。
「気づいたら隣にいたけど、お前はどの体験コースだよ」
「写真体験のはずだったけど、自然光を求めてロケハンに来たの!」
「いやいや、体験というよりやりたい放題じゃん……」
そこへさらに――
「カナメ、その作物はまだ収穫の時期ではない」
ユリが真顔で畑を見つめている。
「お前、木工体験は?」
「終えた。手早く済ませて、こちらに来た」
「ストーカーかよ……!」
午後、自由時間。
俺は清流のほとりで、ようやく一人の時間を得た。
川の音だけが静かに流れて――いたはずなのに。
「はいっ、カナメくん! 今日のベストショットいっきまーす☆」
「待てモモ、カメラ構えるな!」
「自然の中の少年って最高に映えるんだよね~、はいもう1枚☆」
「やめろォ!」
「カナメ、今からボート体験に参加しないか?」
後ろからユリの声。
「その体験は自由参加だって聞いたけど、なんでお前が漕ぐ気満々なんだよ」
「私が漕ぎ、お前が乗る。これが勇者と支え手の在るべき姿だろう?」
「そんな設定はねえよ……!」
そこへ、なぜか川の上流から声がした。
「なぁーっはっはっは! 我が愛と知略で、このイベントの主導権は頂いたァ!」
アイリが川を背景にボートで突撃してきた。
「アイリィ! お前、何してんだよ!!」
「遭難と救出イベントを演出するために、私が遭難するの!」
「いや、演出で遭難するなよ!」
そして夜。
ログハウスに戻ると、皆が食堂に集まり始める。
その中で、ミサキが焚き火を囲んで語る会を提案していた。
「これは、夜のフラグチャンスですね……!」
「お前が言うと怖いな……」
火が灯ると、自然と人は集まる。
ユリは静かにマシュマロを焼き、モモは花火を持ち込んでいる。
アイリは焚き火を背景に、恋愛台詞ワードランキングを発表し始めた。
そしてミサキは、物語調で話し始める。
「――あるところに、一人の少年がいました。彼は多くの少女たちに囲まれ、でも誰の手も取ろうとはしませんでした。なぜなら彼は、自分が物語の結末を選ぶことに、怯えていたのです」
静かに、だが確かに、全員の視線が俺に集まる。
「やめろその視線! なんでオチ担当みたいな空気になってんだよ!」
「ううん、カナメちゃん。これがラブコメの中盤最大の山場ってやつだよ?」
その夜、俺は布団に入っても眠れなかった。
――いや、レンの寝言(内容:『真中カナメ……敗北は認めんぞ……』)のせいでもある。
だけどそれ以上に、
あの焚き火の前で感じた、ヒロインたちの視線の重さが、
俺の心に何かを残していた。
もしかして、俺は……このままじゃ済まないのかもしれない。