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4/12

打ち上げ会場は恋の乱戦

文化祭が終わったその日の夕方――

余韻冷めやらぬまま、俺たちは打ち上げ会場に集合していた。


 


場所は、商店街にあるちょっとおしゃれなレンタルスペース。

クラス有志で用意した軽食とソファのある、まるでカフェのような空間。


 


「文化祭、大成功だったねー!」


「うむ、主演としての責任は果たしたつもりだ」


 


ユリとモモがハイタッチし、奥ではアイリとミサキがフルーツパンチの配分について冷静に議論中。


……レンは隅の鏡で自分のポーズを確認していた。謎だ。


 


「いやー、カナメくんの演技、めっちゃよかった! 感情移入しちゃったよ」


「俺、半分パニックだったぞ……」


 


「それがリアルさだよ! ラブコメに必要なのは、困惑した表情!」


 


なぜかカメラを構えていたダイチが割り込んでくる。

こいつ、写真をラブコメアルバムとか言ってまとめてるらしい。

誰が見るんだよ、それ。


 


そんな中――事件は静かに始まった。


 


「カナメくん、こっちの席空いてるよ?」


「いや、私が先に声かけたはずだが?」


 


食事を手に戻ってきた俺の前に、すでにヒロイン席争奪戦が勃発していた。


 


左:白玉モモ(ロングソファ、クッション完備)


右:聖城ユリ(高級チョコ付きの座布団セット)


さらに背後:アイリ(飲み物とおしぼりを用意済)


加えて隅っこにはミサキが無言でメモを取りながら、なぜか隣のスペースを空けていた。


 


「おいおい、何だこの椅子取りゲーム」


「これは椅子取りラブコメ。新ジャンルね」


「発明するな」


 


レンが真顔で言う。


 


「公平に、じゃんけんで決めようじゃないか」


「お前はどの立場なんだよ!」


 


結局、俺は四方からの圧に負けて――立ち食いを選択した。


 


 


「はいはい、注目〜。飲み物とった人、回して回して〜」


 


進行役として活躍していたのは、意外にもアイリだった。


 


「ここは空気を読んで、皆の関係性が悪化しないように中和剤ポジションに回る。それが恋愛戦略の基本よ」


 


と、口では言いながら、カナメとの距離を一定に保ちつつ、写真のフレームに必ず入るという謎テクを披露していた。


 


「にしてもさー、みんなさー、演技力すごかったよねー」


「特にユリ先輩、真に迫ってたというか……ガチ?」


「いや、あれは任務であって……感情では……いや感情でもあるが……!」


 


動揺するユリを囲む女子たち。


「え〜じゃあ、やっぱ好きなんですか〜?」の大合唱に、剣を構えそうになるのを必死で止める俺。


 


「落ち着け、これ武装解除の場だぞ!」


 



 


少し落ち着いた頃、ミサキが近づいてきた。

手には、ラブコメバランス表(ver.3.1)と書かれた紙束。


 


「見て、これ。今回の演劇でのカナメくんとの接近イベントをすべて記録してみたの」


「怖いよ!?」


 


「ちなみに、平均接近距離はモモちゃんが一番。セリフ密度はアイリ、空気支配率はユリ。私は観測枠」


 


「新手の能力バトルみたいになってるよね?」


 


そんな中、レンがいつの間にかスピーカーの前に立ち、マイクをオンにした。


 


「お集まりの皆さん、そろそろ、真中カナメくん感謝タイムを始めたいと思います!」


 


「なにそれ!? 俺知らないよ!?」


 


「主役が逃げるな、カナメ!」


「逃げ癖が命取りだぞ!」


 


半ば強制的に、俺は中央に引きずり出された。


 


そして、ユリ、アイリ、モモ、ミサキ――

順番に、演劇で感じたこと、伝えたい想い、演じた気持ち、そして……ちょっとだけ本音を語っていく。


 


「演じるって、難しい。でも、カナメとなら……どんな役でもやれると思った」


「あなたを攻略できる日は、近いと思ってた。今回で、その確信が増したわ」


「ラブコメって、舞台でも現実でも、やっぱりカナメくんが中心だね〜」


「私は構造を見る。でもその中で感情が揺れたのは、確かだった」


 


言葉は、それぞれ違うけど、

全部が、あたたかくて、ちょっと恥ずかしくて――でも、嬉しくて。


 


最後に、ダイチがマイクを持って叫んだ。


 


「この戦い、まだ序章! 真中カナメ争奪戦、本戦突入――!!」


 


「だからやめろぉぉぉぉ!!」


 


皆の笑い声が、夜のレンタルスペースに響く。


 


文化祭は終わったけれど、

このラブコメは――まだまだ続く。




=====


 


打ち上げは盛況のうちに終了し、みんなが片づけを始める頃――

俺は一人、玄関脇のベンチに腰を下ろしていた。


 


疲れた。心の底から、疲れた。


 


文化祭の演劇も、打ち上げのラブコメも、想像以上に消耗する。

ラブコメ主人公って、こんなに体力勝負だったか?


 


「カナメくん、帰る?」


 


そう声をかけてきたのは――白玉モモだった。


 


「ほら、カナメくんってば、誰と帰るか選ばないタイプでしょ? だったら、先に来た者勝ち!」


 


「いや、それは早い者勝ちとはちょっと違う……」


 


「いいのいいの。さ、行こ?」


 


勝手に俺のリュックを持って、玄関で靴を履きはじめるモモ。

さすが自由精霊系ヒロイン、行動が軽い。


 


と、その時。


 


「――待って」


 


静かに、しかし鋭く割って入る声があった。

東雲アイリが、手にまだ片づけ途中の紙コップを持ったまま、こちらを睨んでいた。


 


「帰りは、私が送るって言ったわよね。戦略上、このタイミングがベストなの」


 


「え? なにその計算?」


 


「ラブコメ帰宅イベントは、偶然二人きりになるか誰かが割り込むのが定石。ここで私が勝てば、他ヒロインに明確な差を――」


 


「だ〜め〜。モモちゃんがもうカナメくん連れてくもんね〜」


 


「なんであなた、毎回アドリブでルール破ってくるのよ!!」


 


「そっちこそ計算まみれじゃん!」


 


……うん、まただよコレ。


 



 


「……状況、把握しました」


 


玄関に現れたのは、制服のネクタイをきっちり締めた千景ミサキだった。


手にはノートとシャーペン。脇にはなぜか実況用ボイスレコーダー。


 


「これは選択分岐イベント・帰宅編……パターンA、モモと下駄箱前で密着帰宅。パターンB、アイリと理論武装しながら帰路。パターンC、ここでユリが乱入してイベントクラッシュ」


 


「いやCって誰も言ってないけど!?」


 


「言った通りだ、現れたぞ」


 


まさかの風間ダイチ登場。

荷物を持って運びながら、なぜかトートバッグから勇者の剣(練習用の木刀)を取り出す。


 


そして――


 


「カナメ、帰るぞ!」


「何でお前が来るんだよ!?」


 


「お前が誰か選ぶたび、ラブコメの歪みが広がるんだ。だから、俺が連れて帰る!!」


 


「正義の味方かよ!? 男連れ帰宅ENDとか要らないからな!?」


 



 


ここからが本番だった。


 


「やっぱ、わたしだと思うんだよね〜」


「モモ、先手取ったからって全部許されると思うな」


「じゃあこの場で投票する? 一番自然に隣に立てるヒロイン選手権〜」


「それ、絶対私が勝つからやめなさい」


「待って、私がメインルートだと証明する構造を説明させて」


 


玄関前のたたきに、ヒロイン全員集合。

しかもレンがいつの間にか後方でスマホ構えて実況中。

「真中カナメ、選択の刻!」とかテロップ付き。


 


「誰と帰るのか。君の一歩が、すべての物語を動かす――!」


 


……やかましいわ。


 



 


「……で、どうするの?」


 


モモが少しだけ真面目なトーンで聞いてくる。

他の皆も、視線は鋭い。

一歩間違えば修羅場になりそうな空気だ。


 


でも俺は、こう答える。


 


「今日は――みんなと帰る」


 


「……は?」


 


「全員、同じ方向だしな。帰り道、途中まで一緒に帰ろうぜ。それで、いいだろ?」


 


沈黙。


 


だけど――


 


「……まぁ、それもカナメらしいか」


「くっ……完全中立回避スキルめ……」


「それ、逆にフラグ量産なんだけどね?」


「イベントがバラけて逆に観測が困難になる……まさかのメタ回避とは……!」


 


「……じゃあ行こうか、みんなで」


 


「「「うん(……しょうがないわね)」」」


 


俺たちは連れ立って歩き出した。

文化祭のあとの、静かな夜道を、にぎやかに――。


 


……これが、後に「真中ハーレム帰宅事件」と名づけられるとは、まだ誰も知らない。


 



夜の帰り道。

打ち上げの興奮が少しずつ落ち着き、歩く足取りもゆっくりになっていた。


 


「……でさ、私たち、ホントにこのまま全員で帰るの?」


 


不満げに口を開いたのは、やっぱり東雲アイリだった。

彼女の手には、文化祭のパンフレットがぎゅっと握られている。


 


「こういう場面って、普通は二人きりになるチャンスなんだけど」


「でもそれ、選ばれなかったヒロインは敗北確定ってことになるよね?」


 


そう言って返したのは白玉モモ。

二人の間には目に見えない火花が散っていた。


 


「いやいや、そもそもこの道って全員同じ方向だろ?」


「……地理的にはね」


 


俺はこの状況をどうにか中立で乗り切るつもりだった。

でも、そううまくいくわけもなく――


 


「……このままだと、進展がないままイベントが流れてしまう」


千景ミサキが、いつものノートを片手に立ち止まった。


 


「各ヒロインが個別に仕掛けないと、物語として薄くなるわ。よって――途中分岐を提案します」


 


「何だそのエンディング分岐みたいな言い方!」


 


「手始めに、最初の角を右折するのがアイリ。直進がモモ。公園の裏道がユリ。私はそのまま観測します」


 


「私は!? おい、俺はどうすんだよ!」


 


「決めて、真中カナメ。どのミニイベントを選ぶのか」


 


一斉に向けられる視線。

しかもなぜかレンとダイチがすでにカメラを構えて実況している。

これは……逃げられないやつだ。


 



 


――まず、東雲アイリルート。


 


「こっち、ついて来て」


小道に曲がると、住宅街の静けさが一気に増す。


 


「さっきの演劇、本当は私、キスシーンまで書いてたんだよ」


「なにぃ!?」


 


「でも、あんたが慌てるの分かってたからやめた。でも……ちょっと惜しかったなって、今でも思ってる」


「……なんで、そんなこと今言うんだよ」


 


「だって、言わなきゃ伝わらないでしょ? 私、攻略失敗続きだから……今回は、ちゃんと勝ちたかったの」


 


俺は、何も言えなかった。

でも、彼女の真剣なまなざしは、確かに俺の胸に刺さった。


 



 


――次、白玉モモルート。


 


「カナメくん、あそこ、ベンチ空いてる〜」


公園の明かりの下、小さなブランコの横のベンチに腰掛ける。


 


「ねえ、物語ってさ、誰が主人公でも楽しいんだよ。だから、私たちも……今のこの瞬間、楽しめばいいんじゃないかなって」


 


「そうかもしれないけど……」


 


「カナメくんは、選ばないことでバランスを取ってる。でもそれって、ちょっとずるいと思うな」


 


「……え?」


 


「いつか誰か一人を選ぶ時が来る。モモちゃんは、選ばれない覚悟も、選ばれる可能性も全部ひっくるめて、待ってるから」


 


その言葉は、軽いようでいて、ずっしりと重たかった。


 



 


――そして、聖城ユリルート。


 


「……この道は、懐かしい」


彼女が選んだ裏道は、かつて俺たちが小学生の頃に通った近道だった。


 


「昔、カナメを探してここを走ったことがある。剣を忘れて、制服のままで……雨の日だった」


 


「そんなこと、あったか?」


 


「覚えていなくても構わない。私は、あの日から変わらず、カナメの剣だ。だから守る。誰に何を言われようとも」


 


「……でもそれって、恋愛じゃなくて忠義なんじゃないのか?」


 


「違う。忠義は義務。でもこれは、気持ちだ」


 


――それを、ようやく言葉にできたんだな。

俺はユリの隣で、しばらく黙って歩いた。


 



 


分岐イベントを経て、再び合流する俺たち。

もうすぐ分かれ道。

それぞれの家へと向かう帰路――でも、なんとなく、皆、足を止めていた。


 


「カナメくん、今日は、ありがと」


「フラグばっかり残していったくせに……」


「こうなると、次は誰が最初に仕掛けるか、だな」


「また構造が揺れる……ふふ、楽しみね」


 


その中で、レンだけが一人、余裕の笑みを浮かべていた。


 


「……さて、皆のイベントが終わったようだな。次は――俺のターンだ」


 


「え?」


 


「明日の放課後、カナメ。貴様にラブコメの決闘を申し込む!」


 


「ラブコメに決闘とかあんのかよ!?」


 


「あるとも! なぜなら、俺は――元・魔王なのだから!」


 


「設定が渋滞してるんだよ毎回!!」


 


ヒロインたちが苦笑しながらレンを一斉にスルーし、各自の帰路へと散っていく。

俺も、静かに玄関の鍵を開ける。


 


今日も、平穏とは言えない一日だった。


 


でも、それも悪くない。

いや、むしろ――


 


「……面白くなってきたかもな」


 


夜風が、少しだけ心地よかった。


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