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3/12

文化祭準備はラブバトルの嵐

「おいカナメ、まさかとは思うけど……」


 


放課後の教室、突如掲示された文化祭実行委員の名簿を見て、ダイチが唖然としている。


 


「文化祭クラス演劇責任者・真中カナメってお前、なんでそんなの引き受けたんだよ!」


 


「……俺も今、知ったところだよ」


 


俺の記憶に、そんな応募の記録はない。絶対にだ。


だが、名簿には堂々と俺の名前が書かれ、しかも誰がどう見ても修正の跡はない。


 


「陰謀だ……俺はまた、誰かのイベントトラップにかかった……!」


 


「ようやく気づいたか」


後ろから声をかけてきたのは、東雲アイリだった。相変わらず知的メガネで落ち着いた雰囲気を装っているが、内心はだいぶソワソワしてるのがバレバレだ。


 


「今回の演劇、ヒロイン配役は立候補制。つまり、あなたと一緒に舞台に立ちたい女子が自分で選べる、というわけ」


 


「ちょっと待て。それってつまり――」


 


「そう。ラブコメヒロインたちによる主演争奪バトルの始まりってことよ」


 


嫌な予感しかしない。

いや、もはや確定された未来だ。


 


「そしてなぜか、この台本を考案したのは、文芸部部長――黒瀬レン!」


 


「当然だろう! 文化祭の演劇といえば、ラブロマンスに決まっている。しかもこれは、勇者と魔王の禁断の恋を描く異世界ファンタジー巨編だ!」


 


「ややこしい設定詰め込むなよ!」


 


だが、すでに彼の頭の中では全配役が想定済みらしく、黒板にはヒロインたちの名前が配役候補としてずらりと並んでいた。


 


――勇者:聖城ユリ

――魔王:黒瀬レン(自演)

――転生した平凡な少年:真中カナメ

――謎の精霊:白玉モモ

――魔王軍参謀:東雲アイリ

――異世界の案内人:千景ミサキ


 


「なぁ、俺の役名だけやたら地味じゃないか……?」


「逆に美味しいポジションじゃない? 一番モテるやつだよそれ」


「俺は目立たず終わるやつでいいのに!」


 


騒いでいるうちに、教室に主役候補たちが続々と集まってきた。


 


「演劇か……私にとっては使命だな」


剣を背負って現れたユリ。いや、舞台用の木製レプリカだけど雰囲気が重い。


 


「演技? 当然練習してきたわ。いかなる戦略にも応用が効くから」


完璧にセリフを暗記してきたアイリ。準備が早すぎる。


 


「ふっふっふ……舞台の上なら設定の壁も超えられる! 精霊でも女優でもなんでもアリ☆」


既に衣装まで持参している白玉モモ。気合が異常。


 


「……こういうの、意外と好き」


ミサキはぼそっと呟きながら、台本の構成をじっくり観察していた。なにか仕掛ける気だ。


 


「おいおい、これは一体どうなるんだ……」


頭を抱える俺に、ダイチが肩を叩く。


 


「カナメ、お前、そろそろ観念しろ。ラブコメってのは、文化祭で爆発するために存在してるんだ」


 


「俺は爆発したくないんだよ!」


 


だが、その叫びが空しく響くなか、突然――


 


「配役はオーディションで決定するわ」


 


教室の後方から現れたのは、生徒会からの特使という立場でやってきた謎の女教師。


一部では異世界からの監視者とも噂されているが、誰も本名を知らない。


 


「オーディションのテーマは、真中カナメとの距離感を舞台上でどう表現できるかよ」


 


「ちょっと待てぇぇぇ!!」


 


どうして毎回俺を軸にイベントが組まれていくんだ!


いや、分かってる。わかってるよ?


これはもう、運命じゃない。仕様なんだ。


 


そして、文化祭オーディションという新たな戦いが始まった――


 


「オーディション、開始!」


 


号令とともに、舞台――ではなく、いつもの教室に設けられた仮設演技スペースに、ヒロインたちが順に立つ。


観客はクラスメイト+レン+ダイチ+なぜか教師。


そして審査員席には……俺。


 


「どうして俺が審査する側なんだよ」


「お前との距離感を見るオーディションだから当然だろ」


レンがしたり顔で言い放つ。なんでお前まで審査員の一員なんだよ。


 


「記録は私が取るね。あとでラブコメバランス表にまとめるから」


と、千景ミサキ。あくまで観測者スタンスだが、そのバランス表とやらが何を意味するか、俺は考えないことにした。


 


「じゃあ、トップバッターは――勇者役、聖城ユリ!」


 


「……参ります」


 


ユリは一礼し、木剣を腰に、真っすぐ俺の前に立った。

その瞳には、いつものように真っすぐすぎる忠誠と情熱が宿っている。


 


「真中カナメ……私はあなたの剣。たとえ魔王と愛し合う未来でも、私はあなたの心を守りたい。だから――その手を」


 


スッ、と俺の手を取ろうとする。

だが、手のひらがわずかに震えていた。


 


「ユリ……演技って、そういう……」


「これは演技じゃない。本気だ」


「いやそれダメだろう! ラブコメ的に!」


 


「はいストップー!」


割り込んできたのはモモ。自前の光るステッキ(たぶん100均)を振り回しながら、軽やかに前へ出る。


 


「お次は精霊役、白玉モモちゃんの出番っ☆」


 


ポーズを決めると、彼女は突然セリフを読み始めた。


 


「この世界はラブで満ちてる。でも、歪んだ選択は、フラグ崩壊を呼ぶ――だから、カナメくん。キミの心、ちょっとだけ、バグらせてもいい?」


 


ステッキを俺の額にトンッと当て、モモはウィンク。


 


「メタ発言禁止だろ!!」


「え〜、でも演劇ってメタ演出よくあるよ?」


「そうだけどさあ!!」


 


次は、アイリ。いつも冷静なはずの彼女だが、今日は表情がどこか固い。


 


「あなたの……敵であることに、私は苦しんでいる。でも、それでも側にいたいと思ってしまう……この心が偽物なら、それでもいい。演技でもいい。だから私は――」


 


一歩、俺に近づく。


その目には、涙の演技……いや、ガチっぽい。


 


「愛してる、なんて言わない。言えない。でも、あなたが誰かを選ぶ日が来るなら――私は、それまでここにいる」


「……アイリ……」


 


「今の、ガチ感あったな」


「泣くの反則でしょ」


「点数は高いが危険度も高いな……」


 


続いてミサキ。観客全員が警戒モードに入る中、彼女は台本を軽く開き、感情のない声で語り始めた。


 


「この物語には、破綻がある。多重ヒロイン構造。回避不可能な分岐フラグ。視点者が主人公である時点で、バランスは破れている」


 


「ちょっと待て、それ演劇じゃなくて構造批判じゃん!」


「続きあるよ?」


 


「――だから、私は提案する。真中カナメとのラブエンドではなく、観測者同士によるスピンオフ。その余白にこそ、新しい物語は生まれる」


 


「いやなんの話だよ!?」


 


審査員席で、ダイチが感想をつぶやく。


 


「おいレン、あのミサキって子、ガチで物語壊すつもりじゃないか?」


「それがいいんだ。混沌こそラブコメの本質……!」


 


……頼むから、もうちょっと健全な文化祭にしてくれよ。


 


そして、すべてのパフォーマンスが終わった後――


場に、微妙な沈黙が流れる。


 


「……で、カナメ。誰を選ぶ?」


「え?」


 


「主演って意味でね。もちろん、演技の出来とか、距離感とか、そういうのをちゃんと見た上でさ」


 


俺は、全員の顔を見渡した。


どれも真剣だった。


ふざけていたようで、本気でぶつかってきた言葉とまなざしだった。


 


そして俺は、決めた。


 


「――全員、合格」

「は?」


 


「主演は……交代制にする! 複数演目、複数配役! 文化祭、三部作構成にする!!」


 


「……お前、天才か!!」


「全員選ばない力が、こんな応用されるとは……」


「その発想はなかったわ……!!」


 


だが、そんな俺の逃げが、火に油を注いだことに、俺はこのときまだ気づいていなかった。


 


彼女たちのラブバトルは――本番を迎えるのだから。



 


文化祭当日――


 


「開演5分前でーす!」


 


舞台袖では、レンが誇らしげに胸を張り、演者たちは最終確認に追われていた。


脚本は三部作構成。主演は日替わり、キャスト交代制。


それぞれのラブストーリーが、日替わりで異なるヒロインと展開されるという、前代未聞の構成だ。


 


もちろん、発案者は俺――真中カナメ。


 


「逃げたように見えて、結果的に全ヒロインを喜ばせるという……なんか俺、悪いことしてないのにすごく罪深くないか?」


 


「フラグ管理ってのは、そういうものだ」


 


横でうなずくのは、風間ダイチ。


演劇には衛兵役として出演するという、実に微妙なポジションを引き当てていた。


 


「まぁ、お前がどれだけ逃げても、あいつらは全力で迫ってくる。せいぜい、覚悟しとけよ」


 


「……文化祭、楽しめない気しかしないんだけど……」


 


そんな中、舞台の中央に立つ初日のヒロイン、聖城ユリが、リハーサルでも見せなかった真剣な表情で木剣を構えていた。


 


「カナメ。今日は演技じゃない。使命だ」


「それを演技って言うんだよ!」


 


そして、カーテンが上がる。


 


【第一幕:勇者と平凡な少年】


 


「私は、勇者ユリ。運命に導かれ、この世界の希望として……あなたの前に現れた」


 


「え、俺? 平凡な高校生なんですけど……」


 


観客の笑いが起きる。セリフにちょっとアドリブ入れたら、思ったよりウケた。


 


「平凡……否。あなたには鍵がある。世界を変える何かが、あなたに宿っている」


 


「ちょ、待って。そんなこと言われても――」


 


グイッとユリに腕を引かれ、舞台上で二人の距離が一気に縮まる。


 


「私はあなたの剣。どんな未来でも、共に歩みたい」


 


「それ、言うの3回目くらいだよな……?」


 


観客から「おお〜」という歓声。女子グループからは「あの勇者ちゃんマジガチじゃね?」とざわめきが。


 


しかし次の瞬間――


 


「世界に抗う勇者など、滑稽なものだ」


 


黒マントを翻して登場したのは、魔王役の黒瀬レン。


予想以上にキマってて、逆にむかつく。


 


「おいカナメ。貴様をこの世界から消すことで、我が愛を証明しよう!」


「愛って言った!? なんで!? 今!? 舞台設定どこ行った!?」


 


「愛してるからだ! 舞台の上でも下でも、俺は本気だ!!」


「アドリブすんなってぇぇぇ!!」


 



 


【第二幕:精霊の導き】


 


今度の主役は、白玉モモ。


 


「私、ただの精霊だよ? だけどね、精霊ってのは主人公の心に棲む存在なの。だから、私は――」


 


そう言って、モモは俺の後ろに立ち、肩に手を置いた。


 


「……いっそ、ヒロインの中に入り込むのもアリでしょ?」


 


「こわいこわいこわい!」


 


「観客の皆さ〜ん! 今日の主役は、あなたの心に棲むラブコメで〜す☆」


「何その終わらせ方!? 締まってない!!」


 



 


【第三幕:崩壊と観測】


 


そしてトリを飾るのは、千景ミサキ。


観客のテンションはピークだが、彼女の演技は、ある意味それを凍らせる冷たさを持っていた。


 


「あなたは選ばない。誰も選ばない。だけどそれが、すべてを選んでいるということ」


 


無音。観客すら静まり返る。


 


「恋愛は物語じゃない。けれど、私たちは物語の中でしか存在できない。だから私は、ここに立ち続ける」


 


彼女のセリフは、静かに、けれど深く観客の心を打った。


 


そして最後に、舞台の中央で、俺がセリフを言う。


 


「誰かを選ぶこと。それは誰かを選ばないことと同じ意味を持つ……ならば俺は――」


 


ここまでが台本。


 


でも。


 


「――今は、選ばない。だけど、俺は逃げない。ちゃんと、この物語と、みんなと、向き合っていく」


 


観客席から拍手。いや、想像以上に大きな、スタンディングオベーション。


 


舞台袖で、ユリが微笑み、アイリがちょっとだけ泣き、モモがピースし、ミサキがわずかに頷いた。


 


カーテンコールでみんなが並ぶと、レンが俺の耳元で囁く。


 


「認めるよ、真中カナメ。お前は、ラブコメの主人公として……本物だ」


 


「やめろ、やめろぉぉぉ……!」


 


こうして、文化祭演劇は大成功のうちに幕を閉じた。


 


だが、この嵐はまだ――序章にすぎなかったのだ。


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