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12/12

最後まで、選ばないと決めた日

時間は飛んで次の文化祭――再びその日がやって来た。


学園最大のイベント、青春の象徴、そしてラブコメにおける大決戦の日である。


なのに、なぜか俺は――


 


「おかしい……なんで、ヒロインたちが主催してる迷路企画に俺が閉じ込められてるんだ……?」


 


薄暗い教室。

目の前には張り巡らされた段ボール迷路。

掲げられた看板には、こう書かれていた。


【ラブコメ学園文化祭特別企画】


真中カナメの選択肢――誰を選ぶ? それとも選ばない? 


「うっわぁ、タイトルからして最悪だぁ……!」


 



 


――数時間前。


文化祭当日、俺はなんとなく違和感を覚えていた。


ヒロインたちの様子がおかしかった。やたらそわそわしていて、目を合わせようとしない。


 


「ユリ、なんか企んでない?」


「我は常に主のために全力である」


「アイリ、今のノート何書いてた?」


「べ、別に、今日は勝負の日だからって作戦練ってたわけじゃ……ないわよ」


「ミサキ、それイベント用台本って書いてない?」


「これは記録。私は記録者。あくまで傍観者」


「レン、今日の衣装なんでそれなんだ……?」


「勝負服だ。文化祭は戦場だからな」


「モモ……お前が中心だろ」


「えへへ〜♪ 今回はね〜、ヒロインたちが連携して攻略イベント仕掛けるって決めたの。ほら、カナメくんが誰も選ばないって言い続けるから、今度は選ばせてみようって♪」


 


その結果が、今である。


文化祭迷路イベントの中に、俺一人。


各部屋でヒロインたちの仕掛けた選択肢に挑むことになるらしい。


 



 


第一の部屋に入ると――アイリがいた。


白衣姿。なぜ白衣なんだ。


「ようこそ。ここはもし私と付き合ったら研究所ルート」


「ルートて。もうそれ付き合った前提だよね?」


「カナメ。私、わかってるの。

あなたは選ばないことで全部を守ろうとしてる。でもそれって、逃げよ」


 


静かに、アイリは俺に近づく。


「だから、一問だけ出すわ。これに答えられたら、あなたの逃げを認めてあげる」


「ちょっと待って、地獄の条件みたいなの出さないで!?」


「私と話してる時間を、あなたはどう感じてる?――はい、正直に答えて」


「えっ、それ心理テストとかじゃなくて!?……え、えっと……なんか、こう……いつも負けてる気がするけど、でも楽しくて……一緒にいると、すごく安心する」


「はい、正直ポイント100点。通過認定。次の部屋へどうぞ」


「待って、これ一種の精神攻撃じゃない!?」


 



 


第二の部屋。そこには――ユリ。


騎士風ドレスに身を包み、まるで中世ファンタジーの姫騎士のような装い。


「主。よくぞ来られた」


「もうそのテンションで来るってわかってたよ」


「この部屋では、契約を試みる。

汝が我と契りを交わし、共に未来を歩むことに、異議はあるか?」


「いきなりプロポーズめいた選択肢来るの!? 重い! 重いよ!!」


「ならば答えよ。我が剣は常に主のためにある。されど、主にとって――我は、何なのだ?」


 


俺は一拍おいて、静かに答えた。


「お前は……仲間だ。信頼してるし、お前がいると心強い。俺一人じゃ守れないもん、たくさん守ってくれてるから」


 


ユリは、ふっと目を伏せた。


「うむ……その言葉、しかと聞いた。進むがよい」


 




 


第三の部屋。ミサキが本を読みながら待っていた。


「カナメくん、ここは一番面白くない部屋かもしれないよ」


「いや、さっきから全部濃かったからちょっと落ち着きたい」


「私はただ、聞きたいだけ。もし、全てのラブコメ的制約を取っ払ったら、誰を選ぶ?」


「その質問が一番キツい!?」


「答えなくていい。でもね……その問いは、いつか自分に返ってくるよ。選ばなかった未来にも、選べた可能性は残るから」


 


ミサキはページをめくりながら微笑む。


「カナメくんが物語の外側にいる限り、選ばない自由はある。でも、物語の中にいる限り――終わりは、いつか来るんだよ?」


「……そのときまで、俺は選ばない」


「うん、それもいい答えだと思う」


 



 


……迷路を抜けると、最後の部屋。


そこには――ヒロイン全員が揃っていた。


「よく来たな、真中カナメ」


「いよいよ選択の時だよ」


「さあ、誰にする?」


「それとも――やっぱり、誰も選ばない?」


 


照明が落ちる。


スポットライトが俺だけを照らす。


選択肢が、今、目の前にある。


 


でも、俺は――


 


「俺は、選ばない。それが、俺の物語だから」


 


誰かを選ばなければ終わらない。


でも終わらないからこそ、ずっとこの関係が続いていく。


 


「よし、じゃあ罰ゲームとしてお姫様抱っこリレーやろうか♪」


「モモ、展開読めてるよね!?」


「文化祭だもん、バカやらなきゃ損だよ?」


 


ヒロインたちは、それぞれ笑っていた。


そして俺は思った。


きっとこのままでいいんだ。


ラブコメの終点は――選ばなかった日常が続いていくことなんだから。







 


「はいはーい! 文化祭特別イベント《お姫様抱っこリレー》、真中カナメ選手、ヒロインズに囲まれてスタートしまーす☆」


モモの気合い入りすぎな実況が、校舎内放送で全校に響き渡る。


「ちょ、ちょっと待って!? 俺の意思は!? 俺の尊厳は!?」


「問答無用。さあ、主。まずは我が腕に抱かれるがよい!」


「逆ぅうう!? なんで俺が抱っこされる側なんだ!?」


「この戦場、敗者に選択肢はないのだよ……!」


 


というわけで、文化祭最終プログラム。


まさかの「ヒロインによる真中カナメお姫様抱っこリレー」が開催されていた。


どんな羞恥プレイだよと突っ込みたくなるが、観客席の盛り上がりは凄まじい。


「カナメぇー! 次、アイリ様だー!」


「しっかり支えろー! 手首じゃなく腰を意識してー!」


「体育の先生混ざってる!? 誰だよそのアドバイス!」


 


アイリは明らかに息を整えてから、俺を持ち上げる構え。


「い、いくわよ……! 今こそ、物理的に支える時……!」


「いやそれ、比喩とかじゃなくなってるから!」


「はぁっ!!」


ぐっと腰に力が入った。


「おぉぉぉお!? ……持ち上がってる!? えっ、マジで!?」


「私は! この日のために! 腕立てとスクワットを鍛えてきたのよおおお!!」


「いや何その執念!?」


 



 


レンのターンは、なぜか別ベクトルで酷かった。


「俺の番か……よし、やってやる。カナメ、お前は俺にとって最大の障害だった。だが、今ここで――!」


「なにテンション上げてんだよ!?」


「お姫様抱っこを通じて、友情の強さを証明してやるッ!!」


「なんで熱血友情展開になってるの!?」


「いくぞ、真中カナメ! この愛、受け取れえええ!!」


「絶対いやあああああああああああ!!」


 


……結果、二人で転倒した。


「友情の強さが足りなかったな……」というコメントで爆笑を取っていたあたり、さすがレンだった。


 



 


そして――ミサキ。


「……やっぱり、こういうの、向いてないな」


そう言いながらも、ミサキは俺をそっと抱きかかえようとする。


「お、おい……無理すんなって……」


「記録してるだけじゃ、何も変わらないって、昨日わかった。だから今日は……物語の中にいる私として、ちゃんと伝えたいの」


ミサキは、ぎこちないながらも俺を支えながら、囁いた。


「……私、カナメくんの選ばなさが好きだった。でも、いつか選びたくなる日が来るなら――そのとき、私も、選ばれたいって思ってしまったの。……矛盾してるよね、私」


「……そんなこと、ないよ」


 


ふっと、ミサキは微笑んで、俺をそっと下ろした。


「ありがと。記録、完了」


 



 


そして最後、全員揃ってステージへ。


拍手が巻き起こり、学園中がこの茶番劇に湧いていた。


 


「……なあ」

俺は、ステージ上でポツリと言った。


「なんで……みんな、こんなに頑張ってんの?」


「それは当然だろ。文化祭だからな」


レンがドヤ顔。


「私たちはいつだって、カナメと関わることがイベントなのよ」


アイリが恥ずかしそうに言う。


「主の隣にいられるなら、どんな勝負も喜んでだ」


ユリが剣を鞘に納めるように言う。


「君が選ばないなら、選ばれない側からもっと楽しくしていくだけだよ〜」


モモがウインクする。


「……ねえ、カナメくん」


ミサキが言った。


「誰も選ばないって、つまり――全員を選んでるってことなんじゃないかな?」


 


俺は、しばらく考えた後で、ふっと笑った。


 


「――かもな」


 



 


こうして、文化祭という名のラブバトルは終わった。


けれど、何も決まっていない。


誰も勝っていないし、誰も負けていない。


そして俺は、やっぱり――誰も選ばなかった。


 


でも、不思議と、それで良かった。


だって俺たちは、まだこの物語の中にいる。


ラブコメは終わらない。終わらせたくない。


それが、俺の――


 


「――選択、だよな」


 





 


文化祭の夜。


喧騒の去った校庭に、ぼんやりとランタンの明かりが揺れている。


祭りの終わりは、どこか切ない。


だけどこの切なさが、きっと物語の余韻なんだろう。


俺――真中カナメは、少し離れた校舎の裏にいた。


逃げてきた、というより、落ち着ける場所を探してた。


けど、当然ながら――


 


「……見つけた」


 


ユリが静かに現れた。


制服の上に羽織っていたマントはもう脱いで、いつもの彼女の姿に戻っていた。


「主、ひとりになるつもりだったか?」


「うーん……なりたかったけど、無理だろうなって思ってた」


「我らは、主のそばに在ると決めたからな」


 


少し照れくさそうにユリは言い、それを合図にしたように――


 


「いたいた! カナメ!」


「やっぱり隠れてた〜!」


「記録完了っと。校舎裏、予想通り」


「おーい、真中あああ! 甘いぞおおお!」


 


……全員、来た。


聖城ユリ、東雲アイリ、白玉モモ、千景ミサキ、黒瀬レン。


そして最後に、俺の親友――風間ダイチまで現れる。


「文化祭後のヒロインたちが黙って引き下がるとでも思ったか!

なめるなよ、ラブコメという名の戦場を!!」


「お前が一番騒がしいんだよ!」


 



 


全員で円になって、草の上に座る。


夜風は少し冷たくて、でも心地よい。


モモが、ぽつりとつぶやいた。


「ねえ、カナメくん。今日のこと、楽しかった?」


「……うん。すげー楽しかった」


 


それを聞いて、皆がほっとしたように笑った。


ミサキが本を閉じながら、言う。


「こういうのって、エンドロールが流れる前に、主人公が決断するものなんだけど……カナメくんは、今日までずっと、それを拒んできたよね」


 


俺は頷いた。


「だって……選んだら終わる気がしてさ。選ばなければ、まだ一緒にいられるって思った……間違ってるか?」


 


皆、顔を見合わせたあと、同時に――


「「「「「……間違ってないわよ(だ/ぞ)」」」」」


 


最後まで、誰も怒らなかった。


選ばれなかったことを、悲しむような顔もしていなかった。


その代わりに、今を楽しんでいた。


この関係を、この時間を、ちゃんと愛してくれていた。


 


「カナメ、お前が選ばないことで、俺たちはずっと騒いでいられた。だからもう、選ばなくていい。そのかわり――次もまた、楽しませろよ」


レンの言葉に、思わず笑ってしまう。


「お前に言われたくねーよ」


 



 


月がのぼっていた。


どこまでも静かで、清々しい夜だった。


「……なあ、みんな。来年も、こうして文化祭できるかな」


「当然だ」


「そのために学校通ってるようなもんだしね」


「カナメが逃げなければ、ね?」


「逃げない逃げない。むしろ全力で耐える」


「よろしい」


 


やがて、誰からともなく、肩が触れ合う距離まで近づく。


騒がしくて、どこまでも面倒で、でも確実に――大切な仲間たち。


俺は、もう一度、心の中で決める。


 


「――俺は、最後まで選ばない。

でも、それは全員を大事にしたいってことだから。勝ち負けのないラブコメ、ずっと続けてやる」


 


その宣言に、誰も反論しなかった。

それが、俺たちの選択だった。


 



 


こうして、物語は終わらなかった。


勇者も、魔王も、精霊も、幹部も、設定厨も、全部ひっくるめて、俺たちはこの世界で、今日もバカやって生きていく。


選ばないことが、選ぶことよりも勇気がいる。


だけど、それでも。


 


――これは、誰も選ばないラブコメの物語。


そして、これからも――ずっと続いていく。


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