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10/12

そして日常に戻る(※戻らない)

文化祭アフターイベントが終わって、週が明けた月曜日。


 


――ようやく、日常が戻ってくる。


そう信じていた。

俺、真中カナメは、教室の窓際席でぼんやりと空を眺めていた。


 


「……平和って、いいなぁ」


そう、思っていた。


 


「――おはようございます。カナメくん」


ふいに、俺の机に手作りクッキーの小袋が置かれる。


「あ、ありがとう……って、え、また?」


東雲アイリ。

再アピール戦線が終わったというのに、まるで終わる気配がない。


「これは単なる礼儀よ。別に、ラブコメ的行動ではなく、ただのご挨拶」


「いや、毎朝クッキー渡してくるご挨拶なんて聞いたことないけど……?」


「ふふ、じゃあ恋愛的定期購買ってことで」


「もっとヤバい表現になってるぞそれ!!」


 



 


昼休み。


図書室に逃げ込めば――やっぱりいた。


 


「カナメ。君の席、ここに取っておいたよ」


そう言って、椅子を引くのは黒瀬レン。


何故か文芸部の机にカナメ専用席ができていた。


「いやいや、何でここでお昼食べる前提なんだよ……」


「当然だろう? 男同士、語らねばならぬこともある。


それに……恋の戦場を共にくぐった仲間だな?」


「言い方が重い!!」


 


仕方なく腰を下ろすと、図書室の隅からもう一人が出てくる。


「来たね、カナメくん」


それは、千景ミサキだった。


「何でいるの……?」


「この部屋は情報収集と観察のベースよ。今はエピローグ補完期間だから、まだ油断できない」


「……もう話についていけねぇよ」


 



 


そこに、さらにひょいと顔を出す人物が。


「はーい☆ お邪魔しまーす」


白玉モモ、図書カードなしで侵入完了。


「ちょっと待て、ここって静かにしなきゃいけない場所だぞ」


「うん、でもラブコメ的図書室イベントって、たいてい静寂なんて無視するから大丈夫だよ!」


「大丈夫じゃないからな!?!」


 


 


まるでラブコメ・アベンジャーズが集結したような空間。


そして誰もが当然のように俺の左右に並び、囲い込みを始める。


 


「では本日の議題。カナメを図書室に常駐させる方法について」


「おい、話が急展開すぎるだろ!!」


「放課後ラブコメ率:図書室が最も高い。シチュエーション別発展確率でも圧倒的な優位性があるのよ」


アイリが真顔でデータを提示する。


「ならば、我が文芸部に正式加入するという手もあるぞ」


レンが提案。


「じゃあ、私は精霊の間として、この席を結界にするね☆」


モモが謎の魔方陣を描き始める。


「物語的に見ると、カナメくんが、動かない場所を持つことで、ヒロインたちの動きにリズムが生まれる。悪くない構造ね」


ミサキが完全に構造分析に入っていた。


 


「待て待て待て!! 勝手に俺の居場所を決めるな!!」


 



 


そのとき――静かにドアが開いた。


 


「やれやれ、また騒がしくなってるな」


凛とした声。聖城ユリが、図書室の奥から現れる。


「ユリ!? なんでお前までここに……」


「当然だろう。騎士として、主の動向は把握しておかねばならん」


さも当然のように隣の椅子に座る。


「いや、主じゃないからな!? お前、最近ちょっと距離感おかしくなってるぞ!?」


「ならば正すまでだ。近づきすぎた分は、恋愛としての距離感で調整する」


「意味わからんわ!!」


 



 


図書室の片隅。


静寂の聖域は、今日も混沌に包まれていた。


俺は机に顔を伏せながら、心の中で叫んだ。


 


(――日常って、こんなだっけ!?)


 


====


 


「……落ち着こう、俺。これは日常だ。あくまで、落ち着いた日常だ」


 


俺、真中カナメは、図書室の机に顔を伏せていた。


周囲を取り囲むのは、勇者、自称精霊、元敵幹部、元魔王(男)、謎の転校生。


全員、ラブコメ属性持ち。


 


――静かな読書の時間? 無理に決まってんだろ。


 



 


「じゃあ、せっかくだし静かに過ごそうか?」


アイリが眼鏡を押し上げて、微笑んだ。


「静かに? できるのかお前らが?」


「もちろん。むしろラブコメにおいて、静かな時間こそ最大の武器よ」


 


そして始まる、静かに過ごす勝負。


 


「――はい、今日のお弁当。ついでに読書のお供にクッキーを」


アイリが音を立てずに弁当箱を差し出す。味噌カツ弁当。


「こちらは騎士団謹製の携帯食。保存性と栄養バランスが完璧だ」


ユリは固いビスケットを並べる。


「うちは特製☆ふわとろパンケーキと、謎の小瓶! 見た目勝負だよん」


モモはラップに包まれた何かを出してくる。怪しい。


「我が文芸部謹製――静謐の紅茶セットを」


レンはまさかのティーポットを持参。


「私は……これ」


ミサキが出したのは、無言のハーブティーと一冊の本。タイトルは『ラブコメ的状況の静的構造』


 


「いや、静かなのにアピール合戦始まってるじゃねーか!!」


 



 


次の勝負は、静かなる読書タイム。


アイリは図書室の小説棚から、純愛ラノベを取り出して俺の机に置く。


ユリは戦記物、モモはファンタジー漫画、レンは自作の詩集、ミサキは……哲学書。


 


「お前ら、俺に何を読ませたいんだよ……」


「君が何に心動かされるのかを探るためだ」


「相性の確認よ」


「この選択が分岐点になるかもしれないからね〜☆」


「読書量は愛情の深さに比例する」


「これは演出の構成要素のひとつよ」


 


……静かって、なんだっけ?


 



 


ようやく休戦状態に入った午後。


誰もが本を開きつつ、ちらちらと俺を見るのをやめない。


そのとき、隣に座っていたモモが小声でささやいた。


 


「ねぇ、カナメくんさ」


「……なんだよ」


「今って、たぶん落ち着いたエピソード回じゃん?」


「そうだな……たぶん」


「でもね、ここで誰も動かなかったら、逆に焦れた空気が生まれてくるんだよね」


 


「……?」


「だから、ちょっとずつ、みんな仕掛けてくるよ。日常回の皮を被ったイベント回が、始まるんだ」


 


まさにその瞬間だった。


「――カナメ、あーん」


突然、レンがクッキーを突き出す。


「おいおいおい、男子からあーんされる日が来ると思ってなかったぞ俺は!!」


「なぜ逃げる。これは文化だ」


 


続けざまに、ユリも差し出してくる。


「ならば我も。騎士の忠誠スイーツ、口移しだ」


「絶対やめろ!!」


 


「私はただ隣で読んでるだけだし……はい、ページめくり手伝う」


アイリは俺の肩に寄りかかるようにして静かに本を開く。


「……距離近い近い! 気まずさで死ぬ!!」


 



 


静かな空間に潜む静かじゃない戦い。


誰も大声を出さない、でも緊張感は極限。


そして、そんな中――ミサキが、ぽつりと言った。


 


「……次の展開、どうする?」


「は?」


「このまま行けば、図書室回は小休止で終わるけど……キミが選べば、ここが特別なイベントになる」


 


「選べばって、何を?」


「例えば――誰かの隣に、はっきりと座るとか」


 


図書室は沈黙。


みんなが本に目を落としている。


でも、誰もが微妙に身を乗り出していた。


 


(え、これ……座る位置で空気変わるやつ!?)


 


俺は、手のひらに汗をにじませながら、椅子から立ち上がった。


全員が、そっと視線を寄せてくる。


 


「……」


俺は、一歩、歩いた。


 


そして――


 


「……飲み物、取りに行くだけだからな!?」


 


全員の肩がガクッと下がる。


ミサキが、わずかに口元を緩めた。


「そうやって、バランスを取り続ける限り、君は選ばれない主人公でいられる。でもそれって、ずっと続けられるのかな?」


 


答えは、まだわからない。


でも一つだけはっきりしてることがある。


 


――いつもの日常なんて、ここにはもう存在しない。


 



 


そして放課後。


図書室を出た俺の背後に、アイリの声がかかった。


「ねぇ、カナメ。明日も……一緒に、図書室行かない?」


 


一瞬、足が止まる。


振り返ると、彼女は微笑んでいた。


「日常が続くなら、そういう日常も――悪くないでしょ?」


 


……確かに、悪くないかもしれない。


 


====


 


放課後。


俺、真中カナメは図書室を出て昇降口へ向かう途中、ある違和感に気づいた。


……誰かの視線。いや、誰かたちの視線。


 


振り返ると、曲がり角の壁の向こうから、アイリ・ユリ・モモ・レン・ミサキの頭が縦一列で覗いていた。


 


「ストーカーごっこか!? 輪になってバレてるからな!?!?」


 



 


「さて、放課後パートは、帰り道ラブコメだね☆」


白玉モモがにゅっと顔を出す。


「そう、ラブコメにおける帰路は第二の戦場……つまり、狙い撃ちに適した時間帯だ」


アイリがどこからか戦略資料を取り出す。


「我、随行を申し出る」


ユリは肩を並べる形で俺の右側をキープ。


「じゃあ僕は左をいただこう」


レンも当然のように並び、すぐに四人に囲まれる形になる。


「……密です!!」


「いいから歩こうね?」


ミサキがにこやかに背中を押す。


「こいつら全員、退路ふさいでんだけど……!」


 



 


住宅街の坂道。


いつもの帰り道が、異様なテンションで支配される。


「じゃあ今日のテーマ、発表するねー!」


モモが腕を高く上げる。


「何気ない会話の中に、それとなく告白を混ぜ込めるか選手権〜〜!!」


「やらんでいい!!」


「勝者には、カナメくんの一緒に登校券を授与☆」


「リアルにいらねぇ!!」


 


でも、全員の目が真剣だった。


完全にやる気だこの人たち。


 



 


「……今日は、風が気持ちいいですね」


ユリがそっと口を開く。


「この風が、貴殿との未来に吹いていたら……」


「もう始まってる!? スタート合図とかないの!?」


 


「カナメ、知ってるか? 好きな人と歩く帰り道の平均距離って――」


「統計持ち出すな! アイリ、それどこ情報だよ!」


「某学園ラブコメマンガの巻末アンケートよ!」


「非公式!!」


 


「……もし、君と同じ方向に帰れるなら、それは奇跡だと思わないかい?」


レンが髪をなびかせながらキメ顔で囁く。


「ちょっと待ってくれ、これ静かな日常どこ行った!?」


「それは君の心の中にあるよ」


「軽くホラーだよその返し!!」


 



 


そして――静かに隣に立つミサキが、ぽつりと呟いた。


「……私は、キミが振り返らなかったことにも、意味があると思うの」


「ん?」


「誰の隣に座らなくても、誰かの言葉に返事をしなくても。

キミが沈黙を選ぶたびに、世界はラブコメの均衡を保つ」


「……また難しい話になってきたぞ」


「でもね――」


 


ミサキが、ふと立ち止まる。


その表情は、どこかさびしげで、でもまっすぐだった。


 


「――たまには、その均衡、壊してもいいんじゃない?」


 


沈黙。


坂道に夕日が差す。


風が吹いて、制服の裾をなびかせた。


 


俺は立ち止まり、五人を見渡す。


誰もが笑っていた。


無理に強がるわけでも、急かすわけでもなく。


ただ、今日という何でもない日を、俺と共有したいと、そう言っていた。


 



 


家に帰ると、スマホが震えた。


メッセージは、モモからだった。


「今日のラブコメ得点:全員7.5点だね! カナメくんのリアクション減点が痛かった〜☆」 


続いて、レンから。


「帰り道の沈黙、意図的だったのか? ……なるほど、奥深い演出だな。やるじゃないか」 


アイリはこうだ。


「明日は、下駄箱で偶然遭遇率選手権を開催します。参加自由(強制)です」


ユリからは、手書きの絵文字入りで。


「騎士は常に背後に控えている。いつでも振り返ってくれて構わぬぞ、主よ」 


最後に、ミサキ。


「ラブコメって、日常の一部じゃなくて、日常そのものだったんだね……気づいた?」


 


 


……そうかもしれない。


日常は静かに戻ってきた。


でもそれは、ラブコメという日常だった。


 



 


翌朝。


下駄箱の前には、5人が並んでいた。


俺は言った。


「……おはよう」


 


そして、歩き出す。


誰もが、その後ろをついてきた。


今日もまた、誰も選ばれない日常が始まる。


けれど、それを否定する理由も、もうなかった。


 


――選ばないという選択肢が、きっとこの物語の答えだから。


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