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転生ヒロインと朝の登校バトル

朝。

どこまでも青い空。

吹き抜ける初夏の風が、制服のネクタイをかすかに揺らす。


 


「……なぁ、カナメ。お前、なんでそんなにモテるんだ?」


 


朝っぱらから親友のダイチに聞かれた第一声がこれである。


 


「は? モテてねーし」


「いやいやいや、モテてるって。自覚ないのかよ」


「ない」


 


そう即答したのに、ダイチは眉をひそめる。俺のことを深刻な病気でも見るような目で見てくるのはやめてほしい。


 


「だって、今日も待ってんぞ。あの金髪の――」


 


キィィン――


 


耳の奥で甲高い音がした。振り返る前から予感してた。


 


「おはようございます、カナメ様」


「うわっ」


 


通学路の角。木陰の向こうから現れたのは――制服姿のまま、騎士剣(木製模造)を腰に下げた金髪少女だった。


 


聖城ユリ。


 


通称:勇者の剣(自称)

設定:異世界ではカナメに仕えていた聖なる剣(という思い込み)

特徴:日常で普通に剣を抜こうとする。


 


「ご同行いたします」


「だからさあ、毎朝出待ちすんのやめろって言ってんだろ」


「剣は常に主とともにあります」


「お前、電車使え。俺、徒歩通学なんだよ」


「カナメ様が歩くなら私も歩きます。靴底に鋲を打ってでも」


 


……こいつ、たまに脅し文句が中世。


 


ユリは俺の隣に自然に並び、距離感ゼロで歩き出した。

腕が触れるほど近い。でも本人はまったく気にしてない。

いや、多分わざとだ。絶対に。


 


「……あのさ。何度も言ってるけど、俺、異世界の記憶とかないから」


「お気になさらず。私が覚えております」


「そういう問題じゃない」


 


横でダイチが小声でつぶやく。


 


「お前、もしかして前世で何かやらかしてないか……?」


「それ俺も最近ちょっと思ってる」


 


そんな俺たちの会話を遮るように、背後から声が飛んだ。


 


「おはようございます、カナメくん」


 


落ち着いたトーン。どこか知的な空気。


 


振り返ると、今度は黒髪の少女が本を抱えて歩いてくる。


 


東雲アイリ。


 


通称:敵幹部ヒロイン(自称)

設定:異世界ではカナメと敵対していたが、今は転生して和解したらしい(本人談)

特徴:すべてを戦略で乗り切ろうとするが、実行力がゼロ。


 


「今日の天気、気持ちいいですね。こういう日は偶然の接触に適しています」


「なんだその計画性のない偶然」


「計画的偶然です。ラブコメ導入プランS案です」


 


アイリは淡々と、しかしわずかに顔を赤らめながら歩調を合わせてくる。


 


「えーと……一緒に、登校……しませんか?」


「もうしちゃってるんだけどな」


 


両側に美女。

でもどっちも自称異世界ヒロインで、片方は剣、もう片方はラブ理論で攻めてくる。

これを幸せと呼ぶのはまだ早い。


 


「ふふ、さすがカナメ様。魅了スキルが高いですね」


「違います。単なるターゲット選定の結果です」


 


なんで二人とも、俺に惚れてるじゃなくて、俺を中心に動いてるみたいな態度なんだよ。


 


前世のしがらみか? これが。

俺には全然覚えがないんだけどな。


 


そんな俺たちの会話の上空から、唐突に声が響いた。


 


「――おーい、転生フレンズ! 後ろから異世界風味が接近中だよー!」


 


上から!? って、またか。


 


木の上でゆらゆら揺れてる小柄な少女。

白玉モモ。

通称:自称精霊。異世界系メタトリックスター。


 


「朝のラブコメ・ポイント、現在カナメくんに三重取りってとこだね。チートすぎて修正入るぞー?」


 


なんの修正だよ。


 


「ちなみに私はどっちでもないけど、今のところいちばんヒロインムーブしてるのは――」


 


「お黙りなさい、妖精」


 


ユリの声と共に、木の上の枝がパキッと折れた。


 


「あっぶな! ちょ、剣はやめて剣は!」


 


今日も通学路は平常運転だ。

平常じゃねぇけど。


 


「……って、なあ。これ、普通の登校風景か?」


 


俺はふと立ち止まって、周囲を見回した。

右に金髪騎士。左に冷静参謀。後方から精霊がスカートで木に引っかかってる。


 


「ぜったい普通じゃねぇ」


 


「なにを今さら言ってるんだ、カナメ」


 


やってきたのは、我らが親友・風間ダイチ。

肩には木刀、首にはタオル、やたら体育会系な出で立ち。

この男、異世界設定に全力で乗っかってる「自称戦士」だ。


 


「よーし、今日こそは新しいサブヒロインを攻略して――って何その空気。もう始まってんのか!?」


 


「勝手に始めるな。そして、サブって言うな」


 


「む。サブなどではありませんよ」


「ふむ。戦力的には私が優位だが、恋愛ポイント的には引き分けだな」


 


アイリとユリが同時に反論しながら、互いに警戒の目を向ける。

毎朝のことながら、こいつらの言動は既に体育祭よりアグレッシブだ。


 


「うーん、スクランブル登校だね!」と、木から落ちてきたモモが空中で一回転して着地。

制服の裾がふわりと舞う。


 


「ちなみにそろそろ、電柱でばったり系ヒロインが出てくるタイミングだと思うんだけどー?」


 


――いやいやいや。


 


さすがにそんなイベント、都合よく起きるは――


 


ドンッ。


 


「……って、うわっ!?」


 


俺の肩に誰かがぶつかった。

よろめいた俺は、その勢いで相手を抱きとめる形になって――


 


「…………あっ」


 


見上げた先。

そこにいたのは、銀髪ロングに水色の瞳。

いかにも転生枠っぽい風貌の美少女だった。


 


「……やっぱり、あなたがカナメくん、なんだよね?」


 


初対面のはずなのに、俺の名前を知ってる。

その表情には、どこか切実な確信があった。


 


「えー、ここで新キャラ!?」


「ぬっ、これは……」


「まさか……また前世絡みか!?」


「ヒロイン枠が……増えた!?」


 


騒ぐ一同をよそに、銀髪の彼女はそっと口を開いた。


 


「……千景ミサキ。転校生です。たぶん、わたしの物語は、ここから始まるの」


 


うわ、こっちも自覚アリ系だ!


 


「うわー……またやばいのが来たぞ……」


 


俺の心の中に、静かに警報が鳴り響く。


 


====


 


その後、学校の門までの道は、もはや戦場だった。


 


ユリとアイリがミサキに詰め寄り、戦略や忠誠心について意味不明なバトルを繰り広げ、モモはメガホン片手に「第一章開幕ー!」とか叫んでるし、ダイチは「これは新たなイベントフラグ!」とか叫びながらサブヒロインを探して走り去った。


 


「……で、なんで俺だけ、前世の記憶が無いんだよ」


 


ぼそっとつぶやいた俺に、ミサキが静かに目を向けた。


 


「それは、きっと――主人公だからだよ」


 


「なにその設定盛りすぎ理論……」


 


「ふふ、でもたぶん当たってる。だって、こんな風に女の子に囲まれて通学してる人なんて、他に見たことないし」


 


……それ、冷静に考えたらすげえ恥ずかしいやつじゃない?


 


「とりあえず、俺は普通の高校生活を望んでるだけだから」


「じゃあ、わたしは非常識な転校生として、全力でそれを壊しにいくね」


 


笑顔で宣言された。

まったく悪気がない分、余計に怖い。


 


「――よし、ではまず昼休みに弁当勝負だな」


「午後の授業中に、手紙を渡すイベントを仕掛けます」


「はーい、ヒロイン全員の行動ルート可視化しまーす」


 


もうだめだこいつら。

全員ラブコメの世界に本気で生きてやがる……!


 


====


 


「……頼むから、俺の平穏な高校生活を返してくれ」


 


思わず空を見上げて、俺はひとりごちた。


 


青空は、今日もどこまでも澄んでいた。



 


昼休み。

俺の席の周りには、なぜか人だかりができていた。


 


「それでは始めます。本日の弁当イベント、各ヒロインによる『愛情弁当対決』です」


「ちょっと待て、誰もそんな企画やってないぞ」


「主役が否定しても物語は進行するのです」


「進行しないでください」


 


俺の抗議も虚しく、教室の前方では白玉モモが教卓を使ってイベント進行中。


手作りの立て札には『第一話:ヒロイン好感度争奪戦』と書かれていた。演出の気合がすごい。


 


「まずは、聖城ユリさんの伝説の勇者鍋弁当から!」


 


「なにその勇者要素……あっつ! 湯気が!」


「安心してください、保温効果を高めるため魔導石(っぽい保温材)を底に仕込んであります」


「この量……一人で食えってか?」


「共に戦場を駆け抜けた仲間ならば、この程度の食事は当然です」


 


ダイチが横でヒソヒソ。


 


「カナメ、これ全部食ったら午後寝るぞ」


 


「食わん。まず体が保たん」


 


「続いて、東雲アイリさんの栄養価完全設計弁当!」


 


「こちらは1食でカロリー、タンパク質、糖質、すべてを戦略的に計算しました」


「うん、すげぇけど、味がしねぇ!」


「ラブコメにおいては胃袋を掴むことが重要――と、恋愛理論にあったので……」


「せめてもうちょっと塩分くれ」


 


続いて――というか、やっぱり。


 


「はいっ! モモの次回予告風ランチもあるよ!」


「見た目が完全にアニメの小道具なんだけど……え、これ食って大丈夫?」


「食べるとフラグが立つよ☆」


「それをなぜお前は自慢げに言うんだ」


 


もう収拾がつかない。

俺の昼休み、どこに行ったんだ。


 


そんな中、ひとりだけ静かに弁当を机に置いたのが、転校生の千景ミサキだった。


 


「……べつに、対抗しようとか思ってないから」


「そっか。ありがとう……って、え、手作り……?」


「コンビニに見せかけて、ちょっとだけアレンジした。塩昆布、入ってるのわかる?」


「あー、ちょっと上級者っぽいアレンジ」


 


なんだろう。

周囲の騒がしさとは違って、妙に落ち着く。


 


「そもそもね、ラブコメって弁当で競うとか、定番すぎるんだよ」


「それを言うと、いま前で必死に大演説してる奴らが可哀想な気が……」


「ううん、それも物語としては正しい。でも、わたしは――」


「……ん?」


 


「わたしは、正しさじゃなくて、変化が見たいの。カナメくんが、どう選ばないか」


 


「――選ばない?」


 


彼女の言葉は、なんだか妙に引っかかる。


 


「この物語って、多分ハッピーエンドは、誰かを選ぶことじゃない。誰も選ばないことで、みんなが前に進む話だと思うから」


 


……なんだそれ。


 


「じゃあ俺、最初から正解ルートじゃん」


「うん。でもきっと、ここから先で揺れることになる。だから楽しみ」


 


――ほんと、なんなんだこの子。

一言一言が、いちいち物語の核心を突いてくる。


 


その時、教室のドアが開いた。


 


「おい真中ァ! 生徒会からのお呼びだ!」


 


「えっ、俺なんかやったっけ……?」

「どうせ校内ラブコメ騒乱の責任だろ」とダイチ。


 


そうして俺は、騒がしすぎる昼休みを背に、生徒会室へと向かうことになった。


 


====


 


――数分後。


 


「ようこそ、カナメくん。君の元・ライバルとして歓迎するよ」


 


生徒会室で俺を待っていたのは、文芸部の部長にして、学校内でも有名なイケメン――


 


黒瀬レン。

自称元・魔王。

なぜか女子人気が高いのに、俺に対してだけライバル心を燃やす困った奴。


 


「俺たちの過去に決着をつける時が来たようだな……カナメ」


「知らねえよそんな過去」


「ふっ。記憶がなくとも、魂が覚えているさ。貴様と俺が、最終決戦で――」


「マジでなんなんだこの世界……」


 


平穏な高校生活。

そんなものは、最初から俺の手にはなかったのかもしれない。


 


――でも、まあいいか。

どうせなら、この異世界バカどもとの日常を、最後まで楽しんでやるさ。


 


「ということで、次回予告!」


 


モモが割り込んできて勝手に黒板に書き出す。


次回『剣と魔王と放課後のカオス』


モテるって、つらい! 


……まだ何も始まってないのに、すでにカオスだ。


 


でも――


 


「これが、俺の普通の高校生活か……」


 


俺はそっと、自分の机に戻ってため息をついた。


 


こうして、俺と自称異世界ヒロインたちの

とびきり騒がしくて痛快なラブコメ生活が、始まったのだった。


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