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妖の 猫と鼠の こい患い  作者: やう
珠緒と紗綾
7/25


「大事にします。あなたに、会えて良かった」


 珠緒がそう言うと、紗綾は少し驚いた顔をした。

 珠緒は、何故紗綾が驚いたのか分かっていたが、敢えてその核心には触れなかった。


 猫は、勘がいいのだ。


 紗綾が休みの日は珠緒のことを名前で呼ばないのも、お土産に渡した桜饅頭を初めて食べたような反応をしていたことも、たまに見せる、見たこともないような優しい態度や、冷たい空気も。


『そんな風に言ってくれる猫の人、初めて会った』


(きっとーーー)


 その時、近くで「チュー助〜〜!」と誰かを呼ぶ声がした。

(あ、鼠のひと)


 ここは、猫の陣地の端で鼠の陣地の隣だ。鼠がの者が近くにいてもおかしくはないが、珠緒の肩が跳ねる。少し怯えながら振り返って、そちらを見ようとしたが、紗綾に話しかけられて、やめた。


「鼠のこと、怖い?」

「いいえ。鼠の人が怖いわけじゃないです。ただ、知らないことは、少し怖いです」


 その言葉に紗綾は眩しいものを見るように目を眇めると、珠緒に「ここまででいいわ。送ってくれてありがとう」と言いおいて、手を振って鼠の陣地を堂々と歩いていった。


 所々に桜の木が植えられた通りを、紗綾は眺める。鼠のおさめる土地は、猫の土地に比べて自然が豊かだ。こうやってのどかに鼠の土地を眺めることが出来るのも、抗争が起きていないから。平和のありがたさを、珠緒は今、心の底から感じていた。


 紗綾の背で靡く赤い衣が、遠くの路地を曲がったところで見えなくなった。


(いつか、あなたの名前が呼べるかな)


 珠緒は踵を返して猫の大将の家に向かって歩を進めた。



ーー


 それからも珠緒は、猫の大将の奥方である美弥に頼まれて衣を買うときは彩衣亭に行って紗綾に会い、休みの日に紗綾を見かけることがあれば、話しかけた。


 桜饅頭を食べた帰りにお互いが少しだけ秘密をほどいたが、それからは変わらず「紗綾」と「珠緒」として過ごしている。


 彩衣亭にいる紗綾に、店の休みの日を予め教えてもらい、その日は美弥の衣を買いに行かないようにした。そして、その彩衣亭の休みの日と、自分の休みの日が重なると、いつしか珠緒はソワソワとした気持ちを抱くようになった。


 桜饅頭を食べた日に紗綾に貰った枝垂れ桜の髪飾りを、珠緒は毎日髪に挿す。落とさないように気をつけながら、働く時と寝る時以外は、常に身につけていた。


 しかしここのところ、猫の陣地で紗綾の姿を見つけられることが、とても減っていた。


 桜饅頭を紗綾と二人で食べた日から、三年の月日が流れている。珠緒は十七歳になった。


 その間猫と鼠の抗争が勃発することはなく、束の間の平和を猫の一族は皆で噛み締めた。三年も鼠と猫の諍いが無かったことは、この五十年の間いちどもなかったようで、皆平和な日々に幸せを感じながらも、嵐の前の静けさのような、心の隅では不安が溜まる毎日を送っていた。


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