四
「あれ、あなた…」
すると、背中を向けた紗綾の方から声が聞こえて、珠緒は振り返った。
「やっぱり!この前は、素敵なお土産をどうもありがとう。それに、また会えてうれしいわ」
紗綾が、蕩けそうな笑みを浮かべて珠緒に話しかけている。
珠緒は一瞬で自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
紗綾に話しかけられてうれしい。どうしよう。すこし、恥ずかしい。
「あ、あの、美味しかったですか…?」
珠緒があげたお土産は、桜餡の入った饅頭だった。珠緒は春先にしか食べられない桜餡が大好きである。甘い餡と、桜の香りを包んだ饅頭は、春のいいところを詰め込んだようで、幸せな気持ちになれるからだ。
「ええ。とっても美味しかったわ。それで、また食べたくて私も買いに来たのだけれど、どのお店か分からないから、良かったら教えてくれない?あ……、でもあなたも忙しいかな。どうかしら?」
珠緒は納得した。饅頭を買いに来たから、猫の陣地の出店通りに紗綾がいたのだ。
「桜饅頭のお店は、この通りじゃなくて、もっと向こうの通りにあります。案内してもいいですか?」
「ふふっ、私が頼んでるのよ。よろしくね」
珠緒の控え目な態度に紗綾は少し笑って、二人で並んで歩いた。
「桜饅頭、気に入ってくれて良かったです。余計なことしたかなって、心配してたんです」
「まさか〜!本当に嬉しかったのよ。だから、食べてみたいって思って。お店でもね」
「買いに来てくださるほど美味しかったなら、持っていった甲斐がありました!」
珠緒は嬉しくて、うきうきした足取りで進む。紗綾を独り占めしていることに、何故か少し申し訳ない気持ちを覚えたが、それよりも憧れの人に頼って貰えて、誇らしい気持ちで胸がいっぱいだ。
「紗綾さんはお休みの日、いつも何をしてるんですか?」
「そうね、鳥の納地の方で買い物することが多いかしら」
「私も鳥の領地、大好きです!綺麗で、お洒落で…。でも紗綾さん、鼠の陣地にも行っていませんか?」
珠緒がそう言って紗綾の顔を見あげると、それまで微笑んでいた紗綾から笑みが消えた。珠緒を警戒しているような一瞬のその表情に、珠緒は聞いてはならないことを聞いてしまったと、反射的に下を向いて謝る。
「あっ、すみません…」
「はあぁ〜……」
紗綾は大きなため息を吐いた。珠緒はびくっと肩を震わせたが、その溜息が気の抜けるようなものだったため、恐る恐る顔を上げて、紗綾の表情を伺った。