二二
「でも、どうしようかねぇ。私たちが許しても、君のとこの猫の大将サンは、抗争する気満々だし」
それは珠緒も思っていた。いくら鼠の者が話を聞いてくれたって、猫の大将が抗争を起こせば意味がなくなる。
「おーい、チュー助〜」
その声は、珠緒が紗綾ーーもとい忠助と桜饅頭を食べた日の帰りに、聞いた声だと思い出した。
(あの時のーー)
ということは、名を呼ばれたチュー助というのは。
「君が来るなって言うから外で控えてたのに、結局僕を呼ぶの」
「だって、猫の大将サンは私にもどうしようもないよ。この子だって、鼠の方がまだ話しあえると思ってここまで来たんだろうし」
正解だ。珠緒は、猫の大将では聞く耳すら持ってくれないと思って、敵陣まで独断で謝罪に来たのだった。
今思うと必死だったとはいえ、自らの大将への対策も考えずに愚かなことだと自分で思う。
「君は、お父さんをどうにかできる?」
忠助の後ろから現れたのは、猫の者だった。
「寅次郎!」
珠緒は安堵した。捕らえられたと聞いて、『影』の者たちも脅すような事を言うから心配していたのだが、見たところ元気そうだ。
「珠緒…。ごめん」
寅次郎が謝った。あの幾つになっても珠緒に意地悪ばかり言っていた寅次郎が。珠緒はおおいに驚いたが、再会できた安心も束の間で、話は終わっていないことを思い出す。
「……謝る相手は、私じゃないよ」
寅次郎は頷いて、鼠の大将の顔を見て、それから同席している鼠の大勢に向かって、深く頭を下げた。
「私は猫の大将が息子、寅次郎と申す者。私が至らぬばかりにこの土地で掟を破り、猫形となったこと、また、捕縛の焦りから、抵抗し、皆に恐怖を与えたこと、この場を借りて謝罪いたす。申し訳ないことをした」
鼠の大将は、珠緒の時とは違って何も言わない。
珠緒は人々の顔を眺めるが、寅次郎に対しては複雑な表情を浮かべている者が多かった。
「私は本来であれば掟破りの罪で、あと半年は囚われていなければならぬ身だ。だが、私が囚われているために、親父ーー猫の大将はそれを利用して、鼠の一族に抗争を起こす手筈だと聞いた」
寅次郎ーー猫の大将の息子の、「抗争を起こす」というその言葉に、鼠の一同は騒めいた。
「やはり…」
「猫の奴らなんかロクなもんじゃねぇ!」
「だが!」
寅次郎はそこで声を張り上げ、大衆は静まる。
(こういうところ、寅次郎は将来の猫の大将として、相応しいんだろうな)
人に話を聞かせる術を、寅次郎は幼い頃から学んでいた。
「私が、己の罪を認める。そして、猫の者を説得する。争わないようにーー。だから、珠緒の、この猫の娘の言葉を、疑わないで欲しい」
寅次郎はちらりと珠緒を見ると、再び話し出す。
「ここにいるそなたらの大将にも、私が猫の一族のもとに帰ることの許しをいただいている。必ず親父を説得してみせる。どうか、理解を、いただきたい。この通りだ」
寅次郎は誠心誠意、謝罪をしている。「あの寅次郎が、こんな風に民に頭を下げるなんて」。真摯な言葉は、普段の寅次郎の為人を知っている珠緒には痛いほど伝わるが、他の人々にはどうだろうか。
みな、悩んでいるのだろう。明確な否定も肯定の声も、上がっては来ない。
「この猫の少年には、忠助を同行させて送り出す。僕だって、抗争はしたくないしね。それでいいかな」
鼠の大将が1歩前へ進み出て、皆に意を問う。
「…しっかりやってくれよ」
どこからか、そんな声が聞こえた。
(良かった)
珠緒は安堵した。これで寅次郎が猫の一族のもとへ帰れば、猫の大将が抗争を起こそうとしていた「理由」がなくなる。
ここからは、珠緒が出来ることは無いだろう。




