二一
「僕は、許すよ」
次いで聞こえたのは、「孝介!」という女の人の声だ。恐らく、少年の母親だ。
この場には、大将はじめ、鼠の土地の代表の者と、寅次郎が猫形になった際に居合わせた当事者たちも呼ばれていた。
忠助は、話したいことを話せばいいと言っていた。珠緒が謝りに来ることを『影』には聞かれていただろうから、こうして鼠の者たちは、珠緒がきちんと謝るべき相手に謝れるように、彼らを呼んでくれたのだろう。
「他の皆は、どうかな?」
鼠の大将である麻襖は更に問いかける。ひとりひとりが、答えを出すように。
「私は、まだ猫のことは許せません。でも、この子のことは、許します」
「俺も、もういいじゃねえかと、思う。こんな子1人に全部の責任を放り投げる猫の奴らは気に食わねぇが…」
「私は許せないよ。今更なんだっていうの」
大将ひとりで物事を決める猫の一族とは違う関係性に、珠緒は感心した。
こういう、ひとの治め方もあるのだ。
「儂はなぁ」
口々に意見を言っていた者が、その言葉で一斉に静まる。声を張り上げた訳では無いのに、不思議とよく通る声だ。
「そのお嬢さんの勇気を湛えるよ」
それだけ言った誰かの言葉に、全員が押し黙った。その様子を見ていた大将が引き継ぐ。
「みんな、この子のことは、許してもいいね」
誰も口を挟まない。珠緒は、許されたということだろうか。
「この子はね、ひとりで猫の土地から、この場所まで歩いて来たんだよ。途中ですれ違った者もいるかな。本当に、凄い勇気だね」
珠緒は目に涙が滲みそうになるのを、目を瞑って堪えた。
「もう、頭を上げていいよ。猫の子」
珠緒は頭をあげて、鼠の人たちを見つめた。
まだ釈然としない顔をしている者は確かにいるが、誰の目にも、珠緒の行動を非難する色は浮かんでいない。
珠緒は体の向きを変えて、珠緒に言葉を掛ける大将を見る。
「『影』たちに聞いたよ。店でじいさんに怒鳴られた時も、『影』たちが揺すったときも、君はずっと受け入れようとしていたってね。……鼠の一族は、君の勇気と一族に対する謝罪を受け入れよう。来てくれてありがとう」
珠緒はその言葉に、耐えていた涙があふれるのを止められなかった。
それを麻襖や他のもの達は、何も言わずに見守っていた。




