二
それから半年経って、珠緒は十四歳になった。
今日も美弥に頼まれた新しい衣を調達するため、『彩衣亭』へと向かっている。紗綾に会えるのが嬉しくて、お土産も持ってきたのだ。
(紗綾さん、喜んでくれるかな)
すると、まだ猫の陣地を出てもいないのに、遠くに赤い衣を着た紗綾が歩いているところが見えた。
驚いた珠緒は、急いで紗綾の方へと駆け寄る。
「紗綾さん!」
「あら、どうしたの?」
紗綾も驚いたようで、目を丸くして珠緒を見ている。
「これからお店に衣を買いに行こうと思っていたところなんです。今日はお休みですか?」
「ごめんね。休みなの。でもここで会えて良かったわ。もし店まで来てくれていたら、がっかりさせちゃうところだったから」
『彩衣亭』はたまに休みの日があることは、珠緒も知っていた。だが、それを把握していないため、店まで出向いてから閉まっていることも、稀にあった。
「じゃあ、また明日行きますね。あ、それとこれ」
珠緒は丁度良いとばかりに、持ってきていたお土産を紗綾に差し出す。
「これ、今日お店に行った時に、渡そうと思って持ってきていました。お土産です。良かったら、どうぞ!」
それを見た紗綾は、束の間難しい表情を浮かべたが、すぐに見間違いだったかと思うほどに笑顔になる。珠緒は何かおかしなことをしたかと、心配になった。
「......ありがとう。でも、良ければ明日、またお店に持ってきてくれないかな?その時に受け取ってもいい?」
「あ…。そうですね、すみません。わかりました!」
紗綾にも事情があるだろう。それに出先だろうし、休日だろうから、今物を貰っても邪魔になるかもしれない。珠緒は気遣いが足りなかったことを反省した。そして、紗綾に失望されたらどうしよう、と少しがっかりする。
すると紗綾はそんな珠緒の気持ちに気づいたのか、紗綾の頭に手を乗せて、髪の毛を撫でてくる。
「謝らないで。今日は、あなたにお返し出来るものが何も無いの。だから、今は受け取れないわ。お土産を持ってきてくれて、とっても嬉しい。本当にありがとう。今度、私も何かお返しするわね」
紗綾はそう言いながら、珠緒の、茶色と白と黒が入り乱れた色の髪の毛を撫でた。
「そんなに気を遣わないで大丈夫です。あと、私はもうそんなに子供じゃないです......」
珠緒は顔を赤くして、俯くしか出来ない。紗綾がこんな風に珠緒に触れてくるのは初めてだ。そして、珠緒のことを本当に大事なのだと伝えるような、穏やかで甘い言葉の選び方をすることも。
「ふふふ。じゃあ、またね」
「はい!また明日!」
珠緒のその言葉に紗綾は笑顔で手を振って、そして歩いて雑踏の中に1人で消えていった。
(今日の紗綾さん、なんだかいつもより優しかった......)
珠緒は先程、紗綾に頭を撫でられた時のことを思い返して、再び顔を紅くする。口元がにやけてしまうのも隠しきれずに、元来た道を引き返した。
お土産は渡せなかったが、紗綾に会って、逆にお土産を貰ってしまった気分だ。紗綾が益々好きになる。
途中で少しだけ感じた自責の念は、綺麗さっぱり無くなっていた。