十六
「着いたよ」
青年は、古びた家の前で足を止めた。
珠緒は目の前にある家を見て、首を傾げる。
「ここが、鼠の大将のお屋敷ですか?」
「そう。そちらの大将の屋敷と比べると随分小さいから、驚いた?」
確かに古いが、他の家々よりは立派な作りをしている。しかし猫の大将の屋敷は、石垣の上に何階にも渡る部屋をつくり、大将は地上から見上げる程の高さのある1番上の階に住んでいたことを考えると、比べるまでもなく、簡素なつくりだ。
「でも目立たないことが功を奏して、あまり襲撃されないんだ。猫たちは、あの山のてっぺんの建物がそうだと思い込んでいるようだけどね」
青年は「秘密だよ?」と言って揶揄うように笑う。珠緒は思わず口を両手で塞いで、こくこくと頷いた。こんな重大なことを珠緒に打ち明けて、大丈夫なのかと心配になる。
青年が門を叩くと、内側から使用人らしき者が出て、門を開ける。
「…そちらは?」
珠緒に気づいた門番が、警戒を浮かべて珠緒を睨む。青年はそれに「僕たちが待っていたひとですよ」と言いおいて、珠緒に入るよう促した。
門番に睨まれながらも中に入ると、そこは綺麗な庭園であった。庭に池や川があり、剪定された躑躅や盆栽、藤があたりを彩っている。
「こちらだよ」
青年はきょろきょろと珍しそうに庭を眺める珠緒をゆっくり導きながら、庭の裏に出た。
裏山に続くであろう場所に、井戸と屋根の付いた洗い場がある。その横に置いてある、拳ほどの大きさの歪な形の石を壁の穴に嵌めて下に引くと、コトッという音と共に洗い場の壁だと思っていた場所が奥に開く。人が一人通れるか否かという隙間を通って、扉を元に戻し、通路を進んだ。
通路には所々明り取りの窓が着いていて、薄暗いが先が見える。だが、夜は真っ暗だろう。
コツコツ、カラン、と珠緒の履いている下駄の音が響く。青年は草履を履いてるため、足音が殆どしない。
短いようで長い間、珠緒は息を詰めて静かな通路を進んだ。青年もここでは何も話しかけて来ないため、なにを考えているのか分からない。
(本当に、鼠の大将に会えるのかな…。会ったら、何から話そう)
黙っていると、知らない場所なのも相まって、不安が大きくなる。
通路の先には階段があり、それを登ってまた少し進んだ先の行き止まりで、2人は足を止めた。




