十五
それから珠緒と青年は並んで歩き、鼠の大将の屋敷を目指した。影の鼠たちは、追っては来なかった。
「あなたは、すごいね。もうすぐ抗争が始まると噂で聞いたけど、鼠の土地に一人で入って、怖いと思わなかったの?」
「怖い…ですよ。でも、やらなきゃいけないことがあるんです。それにきっと、普段は皆さん、優しいのでしょう?」
珠緒は以前、猫の町で出会った『紗綾』に、「鼠のことは、知らないから怖い」と言ったことがある。知らないまま怖がっていても駄目なのだ。怖がるのは、怖いと、知ってからだ。
今回珠緒は、「怖い」思いをしたが、猫が抗争を始めるという噂が、商売人達の間でも広まっているのだから、当事者である鼠達だって、知っていて当然だ。「天敵」が来たら、誰だって警戒する。珠緒が鼠の後に訪れたこの時期が良くないだけだ。
鼠の大将の屋敷があるという山の麓まで、四半刻ほどだろうか。珠緒は青年と話しながら進んでいた。
「そうだね。穏やかな人が多いと思うよ…。あ、あそこは、団子が美味しい店だよ。…鼠の土地の中では…ね…」
青年は時折、観光案内のように通る場所の紹介をしてくれる。紅葉が綺麗な山だとか、夏には蛍が飛び交う清流だとか、一押しの蘇の店だとか。しかし団子屋の説明だけは何故か、なかなか歯切れが悪かった。
「ふふっ、今度行ってみたいです。あ、…来れたら…」
珠緒も世情を思い出して、言っている途中で落ち込んだ。
そんな珠緒を励ますように、青年はまた声をかける。
「この木、なんだか分かる?」
「桜ですか?」
「うん。ここから先の道は、桜が満開になったら、とても綺麗なんだよ」
桜の季節はついこの前去ったところだ。これからは、花が落ちた場所から、さくらんぼもどきが顔を覗かせて、葉がいきいきと繁るだろう。
青年が紹介してくれる景色は、どれも珠緒の心を刺激した。今度、見てみたいと強く思う反面、当分の間、それかもし下手をしたら、二度とこの地へ来ることは出来ないかもしれないと思うと、切なくなった。




