十
翌日、猫の決起が決まった。
こうなることはわかっていても、珠緒は「何故」という気持ちが拭いきれなかった。
だから。
その日、皆が鼠との争いに向けて準備をする中、珠緒は一人、出店通りへと向かった。
猫と鼠のおさめる土地は隣合っている。これが火種が起きやすい原因の一つでもあるのだろう。
猫の陣地の一番端、鼠の土地の隣にあるのが出店通りだ。いつも賑わっているその通りは、今では戸が締め切られて、露店も構えられていない。
風だけが寂しく吹くその通りを、珠緒はずんずんと進んで行った。
そして、猫と鼠の陣地の堺で一旦足を止める。
(この先は、鼠の土地)
これから争おうとしている者たちばかりのいる場所だ。
珠緒は一瞬怯んだが、帯に引っ掛けるようにして落とさないように付けてきた、枝垂れ桜の髪飾りを一度ぎゅっと握ると、境界を超えて鼠のおさめる土地へと踏み出した。
境界と言っても線がある訳でもないし、猫の土地から地続きなため、珠緒は少し拍子抜けした。入ろうと思えばこんなに簡単なことなのかと驚く。
以前紗綾の背中が消えていくのを眺めた桜の植えてある通りを進む。なんだか、湧き上がってくる思いがつかえて、胸が狭まる気持ちがした。
しかしそのまま進むに連れて、ここが鼠の陣地なのだという実感が少しずつ湧いてきた。
出会う人たちが全員、玉緒を睨んでいるように見える。道端で会話をしている人達が、玉緒の良くない噂をしているように見える。
(そんなわけない)
心の中ではそう分かっているのに、視線が突き刺さるようで、玉緒の心は折れそうだった。
長年敵対心を植え付けられてきたお互いの、憎しみと軽蔑の根は深い。
玉緒が被害妄想をしてしまうのも、頭では否定しているはずのその負の感情が、無意識のうちに根付いてしまっているからだろう。
「戦わぬものには一切の手を出さず」という掟がなければ、玉緒は今頃来た道を走って戻っていただろう。安全が保証されているという大義名分のおかげで、一歩ずつ鼠の土地の中心へと進んでいけるのだ。
玉緒は、辺りを見回した。
少し先には緑豊かな大きな山があり、傍には涼し気なせせらぎのする川が流れている。猫の土地のように家や店が所狭しと連なっている訳では無いが、田畑の間に家があり、たまに何かの店があり、のどかな雰囲気だ。
「いいところだなあ」と珠緒は思った。
更に進むと、先程ののどかな雰囲気とは変わって、人々が賑わう通りに差し掛かる。鼠の土地は、猫の土地のように戦いの準備に明け暮れている訳ではなかった。いっそ今のうちに商売してしまおうと考えた人々が、普段よりも活気溢れる様子で売ったり買ったりしている。
「あら、玉緒ちゃん?」
心の中はおっかなびっくりで進む珠緒に、馴染みのある声が掛けられた。
珠緒ははっとして声の方を向く。




