一
冬から春にかけて続いた「猫」と「鼠」の抗争は、「猫」が勝利を収めて一旦収束した。
珠緒は、「猫」の一族の娘である。
今日は「猫の大将」の奥方に秋の衣のお遣いを頼まれて、『彩衣亭』で女郎花色と、萩色の衣を見繕う使命を帯びていた。
『彩衣亭』は、大将の家から歩いて四半刻ほどの場所にあるが、真っ直ぐ向かうと「鼠」の土地を通過する事になるため、遠回りして歩かねばならない。
抗争は終わったと言えども、未だ敵対心は拭えずにいる。多様な種族が居るこの妖しの世界で、とりわけ猫と鼠の相性は悪く、猫は鼠を下等種族と罵り、鼠は鼠で猫のことは、揶揄を含めて威張り散らした殿上人と嘲っている。
幾度も抗争を繰り返し、根深い争いは本当の意味での終わりが見えない。今は言うなれば一時休戦中の状態だ。
そんな中、今日も珠緒はのんびりと、『彩衣亭』へと向かう。
互いに嫌いあっている間柄だが、『戦えぬ者には一切の手を出さず』というのが両者の間での取り決めであったし、これが破られたことはない。理屈で言えば、珠緒が鼠の陣地を通過しても害されることは無いが、やはりそちらに向かうには、勇気が足りないのだ。
『彩衣亭』はそんな、いがみ合う猫と鼠のどちらにも属さない、『鳥』の領地の中にある、「鳩」の地域だ。
「あら、珠緒ちゃん。こんにちは。今日はどうしたのかしら?」
「秋の衣を見に来ました。紗綾さんのお勧めを教えてください」
紗綾は『彩衣亭』の店主で、艶やかで美しく、光の加減で多様に輝く髪を持ち、服屋の主らしく洒落た着物を身に纏う女性だ。今日は野葡萄のような色の着物に、臙脂色の唐衣を合わせて着ている。珠緒はこの紗綾に憧れており、会う度に胸を弾ませつつも、緊張していた。
「そうねぇ。この移ろい菊の色味は新しく仕入れたものよ。あとは、この萩の衣も深い色合いで美しいと思うわ。今日も美弥さんのためのお買い物かしら?」
「はい......」
紗綾は麗しい微笑みを称えながら、珠緒に衣を紹介する。
美弥というのは、「猫」の一族の大将、喜屋戸 成行の奥方で、珠緒に衣のお遣いを依頼した女性だ。
(じゃあ、萩の衣は紗綾さんのお勧めのこれにするとして)
美弥に頼まれていた女郎花色の衣も選ばねばならない。珠緒は辺りを見るが、豊かな色合いの衣がたくさん掛けてあり、大人の衣装はどれがいいのかわからない。
「女郎花の色ってありますか?」
「ええ。これはどうかしら?」
紗綾は落ち着いた色味の、しかし目を惹くような黄色の衣を取り出す。
自分で選ぶより、やはり美弥に頼んで正解だった。
「ありがとうございます。じゃあ、さっき出してもらった萩と女郎花と、それと移ろい菊の衣もお願いします」
「はあい。珠緒ちゃんはしっかりしていて偉いわね。今包むわ、少し待っていてね」
紗綾はそう言うと、衣を紙に包み、そしてそれを珠緒が持ってきていた風呂敷に包んで渡してくれた。
珠緒は代金を払うと、礼を言って店を出た。
(しっかりしているって、紗綾さんに言われちゃった)
もっと大人っぽくなりたい。紗綾のような、素敵な人になりたい。
13歳の珠緒は、軽い足取りで「猫」の縄張りへと戻るために歩を進めた。
普段は人と何も変わりません。
たまに猫になったり鳩になったりできますが、サイズ感は本物よりもだいぶ大きいです。




