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謎のおちび

びっくりするほど可愛い新しい家族はよほどお腹が空いていたのか、火傷が不安なほど素早く口へ何度も運んでくれた。

「ご飯は逃げないからゆっくりで良いのよ?」

相手に伝わらないのはわかっていてもついつい声をかけてしまう。

それはどんな声をかけてもすぐにこちらを見つめてくれる、その反応が可愛いせいでもある。


ムトラ。

出会いは今朝、ちょっとしたキッカケだった。

退勤中ジャルジャが興奮気味に俺を見て怖がらない、なんて言うから興味はあった。正直期待はしていなかったけど。

初めて見た時にまず思ったのは「黒」である、ジャルジャとはまた違う珍しい黒。

種族が見た通りならグカゥンの黒。レア中の極レアだ、コレクターなら絶対に剥製にすること間違いなし。

なんて厄介な子を保護したんだと頭が痛みそうになったのは記憶に新しい。

その次に思ったのは「かわいすぎ」。本気だ。

最初はアーサーから少しでも離さなきゃと背中に隠した時、控えめに掴まれた服の裾を見てシワができるなと気落ちしそうだったのだ。だがアーサーへの説教に必死に頷く姿やクリックリのまん丸黒目による上目遣い、お客の女の子たちがわざとらしくやっていた萌え袖…全部がなぜか小動物の行動に見えて肋がぎゅうぎゅう軋む。

極め付けは掴んでいた服にひとつもシワがなかったことだ。どんだけ優しく掴んでいたんだ…。


そして今、ムトラは先ほどありがとうを体現するように強くジャルジャを抱きしめた。ジャルジャはそのせいかずっとデレデレした視線をこの子に送りつけている。

無表情なぶん、余計怖いんだっつの。

「それにしても共国語を知らないなんて、どこからきたのかしら?体の小ささ的にグカゥンだとしたら…11歳、でも黒の希少種だし精神年齢も低そうだから7歳でもありえる…もう!グカゥンって難しいのよ!ヘイリーはムトラより少し大きいわよね、いくつだっけ」

「…19歳だな」

「はあぁお手上げ、言葉ってないとないで難しいのね」

「でもムトラを見てると、大変でもいい気になる」

「そこは同感!アタシたちも大人になったってコトかしらね…あら、完食?すごいじゃない!あんまり食べすぎると良くないわ、お薬飲みましょうか」

会話に夢中になっていたせいか、ジッと見つめられていたことにようやく気が付き慌てて対応する。

消極的な行動とか見てると確かに子供なのだけど、まっすぐに見つめてくるこの瞳の強さだけは大人びて見えるのよね…

薬、わかるかしら?ホロウ先生のところでは目を覚ましていたらしいし大丈夫だろうけど、飲んでくれるかしら…

おチビちゃんの前にそっと粉薬の紙包みと水を置いてみる。

アーサーが言うには喉の保護を助けるもので長期服薬の予定はないそうだ。

飲んでくれないかな〜と期待と不安の気持ちで大人2人無言で情けなく見つめている、その時である。

「ねえさーーーーん!聞いてくれよ子守りするだけで臨時収入が………?何これ?」

幸か不幸か、奴が現れたのである。


「黒いグカゥン…ね〜…」

ジロジロと睨む少年の結われた髪がピョコンと跳ねる。

ヘイリーは同族を嫌う節のある変わった性格で、ムトラのことを聞いてから不機嫌さが治る様子はない。

だが悪い子ではないのだ。最初すこぶる警戒して雑な対応をしてしまうだけで、心を一度でも開けばそれはそれは頼りになる子で。

でも嫌な予感がする、そしてアタシの予感はよく当たるのだ。

「ほらそろそろ離れて、おチビちゃんは今日来たばかりなのよ?あんまりストレス与えないで」

「でもこいつ薬飲まねえといけねんだろ?飲んでくれなきゃ姉さんは困るしジャル兄さんも困る」

「…ヘイリー、やめろ」

「ダメっす甘やかしちゃ、言葉が伝わらない?年齢がわかんない?種族がなんだろうと関係ない、甘えさせちゃこいつによくねえんすよ!」

急いでヘイリーの行動を止めようとしたが、ムトラの目の前での争いはよくない…同じことを考えたんだろうジャルジャも一歩遅かった。

ヘイリーは慣れた手つきで片手で無理やり口を開けさせ指で固定し、片手で粉薬と水を放り込む。

入ったことを確認し即座に口を閉じさせ手で封じた。飲み込むのを確認するまで手を外すことはないだろう。

「ヘイリー!」

「なんすか、俺はこいつと2人のことを思って…」

「だからってこんなやり方は!」



「…何をしてるんだ」

隠密に長けるエルフは足音だけでなく呼吸音すら聞こえないのだから困ったものだ、背後から突然魔王の声がかけられる。

エルフが唸る声ってこんなに低いんだと、身をもって知ることになるとは思わなかった。

「アーサーさん、俺はこいつに薬を」

「無理やりか」

「だからって甘やかすのは!」

「もういい」

全員がその声に震えた。エルフを、しかもあの紅蓮のエルフを怒らせた。

その事実だけで気絶しそうになる。

ヘイリーは思わずムトラから手を離すがおチビちゃんは意外にも、大人しく飲み込んでいたようでケホ、とむせるだけだった。

アーサーは無表情でムトラに近づき聞いたことのない言語で話しかける。

『怪我は』

『なぃ』

『…?この1時間でずいぶんよくなったな、何した?』

『ぉはん、くふり』

『もしかして…いや、今はよそう。この2人は何を?』

『ない、ゃさし』

『そう、そうか。じゃあこいつは?』

初めてムトラの声を聞いた気がする、声変わり前なのかトーンは男にしては高く掠れているものの、落ち着く好きな声質だった。

対するアーサーは今まで聞いたことのないくらい低い声で、喋るたびに臓器にジンジン響いて嫌になる。

それにその言語はなんだ?長生きしてきたアタシですら何もわからない、かけらすら知らない。なぜアーサーが、なぜムトラはそれが話せるの?もしかしてあなたは…

そう思考に意識を持って行った時、アーサーが腰が抜けて座り込んでしまったヘイリーに視線を向けた。

家族に対してなんて冷たい目だろう、アンタが拾ってきた子だっていうのに。


『こいつは?ムトラ』

『ない、やさしぃ』

『庇わなくてもいい、正当な罰を与えるだけだ』

『ふすり、のますぇて、くえ、くれた』


沈黙が長く続く、何を話してるのかわからなかったけどこれならわかる。

ムトラはヘイリーを庇っているんだ。

ヘイリーもそれに気づいているのか、ただ目を見開いて首元を濡らしたムトラを見ていた。


『アーサー』


決定打。名を呼ばれた男は長く深い息を吐いて、椅子に大人しく座るムトラを優しく抱きしめる。

おチビちゃんも「ライジョーブ」?なんて言って背中に手を回して撫でていた。

その後、ヘイリーは食堂で直接アーサーから指導を受け、ムトラは水を飲むように熱々のとろみ湯を喉に流し込んでいて、ジャルジャは困りながらもムトラにゆっくりと飲むように促して。

そうしてアーサーの説教を待つ間、おチビちゃんはお腹いっぱいになったからかジャルジャの膝に座って眠りについた。う、羨ましい…!

ジャルジャは小さな手をフニフニと包むように握っていて本当に腹が立つ、いよいよ八つ当たりしてやろうかとした時ちょうどアーサーが満足したのか、すっきりした顔でムトラを抱き上げ「ホルメン、明日頼むな」だなんて言って退室した。

このモヤモヤをどこにぶち当てればいいのかしら?そこの屍かしら、と蹴りを入れれば「姉さんのは洒落になんねえ!」と避けられる。生意気な…

「ムトラの、」

「は?何よ」

「ムトラの手、タコがあった」

真剣な様子に流石に揶揄えない。

それにジャルジャのことだ、きっとこの発言には意味がある。


「ムトラは、強いかもしれない」

………………多分…。

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