おまけ① 翼くん
俺の名前は板取 翼。言わずと知れた、馨の友人である。
馨と出会ったのは、高校入学の時であった。
俺の出席番号が2で、馨の出席番号が1だった。席が前だったため、話しかけたことからこの関係が始まった。
そしてその1年後に女装していることを知った。
馨は俺のことを、『高校からの友人』と紹介するが、実は中学校が一緒だった。
しかし自分の中学校はマンモス校だったため、名前どころか顔すら知らなかった。一緒だと分かったのは、久々に卒業アルバムを見返した時だった。
俺は中学の頃、ずっと片思いしていた人がいる。
それが茜さんだ。茜さんとはそこまで話すことはなかったが、同じクラスになった時、一目惚れしたのだ。その時に一度、茜さんに告白したんだ。
でも茜さんに
「君とは生半可な気持ちで付き合ってはいけないと思う」
と言われてしまい、中坊の翼は撃沈したのであった。
そんな思い出が残る中、再度会うチャンスができた。馨と霞が茜さんと待ち合わせをするという、謎のシチュエーションが僕のバイト先で生まれたのだ。
俺は店長に休憩を頼み込んだ。そうしたら店長は快く承諾してくれた。
俺も一緒に茜さんのことを待ち合わせしたい、と2人に言ったところ、最初はなぜお前が茜さんを知ってるんだ?って反応をされたが、事細かく説明すると、2人とも快く承諾してくれた。
そしてその後に現れた茜さんは、昔と変わらず小動物のようで可愛かった。目に入れても多分痛くない気がした。
茜さんはストーカー被害に合っていると口に出した。俺はあまりの衝撃と、こんな可愛い子を不安にさせるようなことをする奴にものすごく腹を立てた。霞に後で伝えられたのだが、この話を聞いてる時の俺の顔が、真っ赤っかになっていたらしい。そのくらい腹を立てていたというわけだ。
話し合うなかで、俺の頭の中に一つ、ある名案が浮かんだ。それが馨が女装して、ストーカーを捕まえるという作戦だった。
俺はすぐさまこの作戦を説明したのだが、馨に僕が女装してることを言うな!と怒られてしまった。
俺は誇らしくていい趣味じゃないか、と思ったんだけど。でも茜さんが女装に食いついた時は、ちょっと悔しかった。
話し合いの結果、俺は喧嘩経験も格闘経験もないのに、取り押さえる役になった。でもその時は茜さんを助けたい一心であったため、なぜか自信満々に承諾してしまったことを覚えている。
結果、俺は犯人の対処を8割、馨に任せることとなった。スタンガン持った時はとてつもなくびびった。でも犯人にガン飛ばせたから、ちゃんと戦えたとは思う。
でもちゃんと茜さんを守ったのは馨だと思う。
ストーカーが拘束されて、パトカーに連行されるまでの一連の流れを見終えたあと、その場でお開きにすることにした。
馨は
「僕は今日、霞の家に泊まっていくから」
と言って、霞と帰っていった。
残されたのは俺と茜さんだけ。
茜さんは
「じゃあ私は駅まで歩くね」
と言って、1人で帰ろうとしていた。俺はそんな茜さんを呼び止めた。
「茜さん!流石に1人じゃ帰らせられないから、俺が駅まで送るよ」
「それじゃあ翼くんに悪いよ」
「いや、ストーカー被害にあった子が、1人で夜道なんか歩いたらダメだよ」
俺はなんとか茜さんを説得して、駅まで送ってやった。
駅までの道のりは静かだった。でも不思議と気まずくはなかった。茜さんは気まずかったかもしれない。
「駅もうそろそろだね」
茜さんは急にこんなことを言い始めた。俺がそうだねと相槌を打つと、続けてこう言った。
「翼くんが中学の時に、私に告白してきたこと覚えてる?」
俺はドキッとした。
「お、覚えてるよ」
「私、実はあれ嬉しかったの。でも、中学校卒業間近だったし、遠い高校に行くことが決まってたからふっちゃったの。今思えば付き合ってたほうがよかったのかなと思ったよ」
「え、えっと。ごめん。なんで急にその話を?」
「翼くんが隣にいるから。急に思い出しちゃって。あと今日、翼くんの姿を見てかっこいいと思ったの。私の話を聞いてる時、うんうんと頷いて怒ってくれたし、ストーカーとも怖気付くことなく睨みきかせてたし。私は馨くんももちろんかっこいいと思ったけど、翼くんはなぜかそれ以上にかっこよく見えたの」
俺の心拍数はどんどん上がっていく。
「じゃ、じゃあさ。馨の女装に目を輝かせてたのは?」
「あれはただの憧れだよ。私も少しコスプレとか男装、女装に興味があったの」
「実はさ、俺メイクとか少しだけできるんだ。あと、趣味で写真を撮るのが好きなんだ。たまに馨や霞の作品も担当するんだ。だからさ、ぜひよかったらなんだけど、コスプレに興味があるんだったらさ、メイクとか衣装とか色々やるから」
俺は茜さんの目をまっすぐ見た。綺麗に澄んだ瞳だ。
「俺の被写体になってくれませんか?」
俺の言葉を聞いて、茜さんは少し驚いてたが、すぐに笑った。
「もしかして、告白?」
そう笑いながら彼女は言った。
「ずっと探してたよ。翼くん。やっとその言葉を聞けた。こんな私でよければ、被写体にさせてください」
俺は全身の力が抜けて、その場に顔を埋めて座り込んだ。
「えっ!翼くん大丈夫?」
「うん、なんか安心したのか、力が抜けちゃった。ほんとに俺の彼女になってくれるの?」
「そう言ってるじゃない。私は翼くんのその言葉をずぅーっと待ってたのよ。そんなに顔を埋めてどうしたの?顔を上げて?」
「いや。今はちょっと顔見られたくない」
「いや。見せて」
「そんなこと言われちゃうと、余計見せたくなくなっちゃう」
「えぇ〜。あっ。じゃあ顔を見せてくれなかったら、この告白は無かったことにするね」
俺は素直に顔を上げた。
「いい顔してるよ。かっこいい」
「そ、そんなに言わないでください」
「なんで急に敬語なの?」
彼女はずっと笑顔で穏やかな表情をしていた。俺はこの笑顔を一生守ることを誓った。
「手、つなご!」
「う、うん」
茜さんは意外とグイグイくる。




