救助開始
馨の家に着いたあと、私はすぐに馨のメイクに取り掛かった。茜は髪を切るのが上手だと言うので、ウィッグを茜の髪の毛のように切ってもらった。翼は馨が反撃できなかった時に、取り押さえてもらう役なので、体をあっためていつでも動けるようにしてもらった。茜さんの着ている服と似ているものを、馨が持っていたのでそれで代用。結果的に馨は、茜さんにちょっと似た女の人になった。
「うわぁぁ...きれい...」
茜さんは馨の変わりっぷりに感嘆の念を抱いていた。
「人ってここまで変われるもんなんですね。すごく美しいです。さすがモデルさんですね!」
小動物ばりに目を輝かせている。茜さんに褒めちぎられる馨は満更でもなさそうだった。私は馨に厳しい視線を送った。翼の方を見ると何故か悔しそうだった。
翼の親戚に勉おじさんという警察の方がいたので、その人に協力してもらい、何人か警察の人にも来てもらった。まず馨に茜さんの家の近くを歩いてもらう。その様子を車から見守る。ストーカーが来たら、待機してもらっている警察に捕らえてもらう。と言う感じだ。
馨は茜の家の周りを歩く。すると道の影から人が現れ、馨の後ろをつけてきた。
「あの人です!あの人がストーカーです」
茜がそう言うので、私は馨がつけているイヤホンに無線でストーカーが来たことを教えた。
そのまま警察に待機してもらっている道に入れば計画通りだ。ただ少し距離がある。そこまで何もなければいいのだが。
少しして、ストーカーの挙動がおかしくなってきた。あたりをキョロキョロと見渡し、ポケットをゴソゴソと弄り始めた。さらにストーカーの歩くスピードが速くなった。
「馨!ストーカーの歩くスピードが速くなった!もしかしたらストーカーが何かやってくるかもしれない」
足が速くなるストーカーの手には、スタンガンが見えた。
「やばい!馨!スタンガン持ってる!!」
私は必死に薫に訴えかけた。
するとストーカーとの距離20メートルくらいで、馨がくるりと振り向いた。そして大きな声で
「僕は男だ!」
と言った。
ストーカーは最初こそ戸惑ったものの、
「ふざけるんじゃねぇぇ」
と大声を出してスタンガン片手に、馨めがけて一直線。しかし馨は怯むことなく、その場に突っ立ったままだった。
「頼む!馨避けて!」
私は必死に訴えかける。
「言われなくてもわかってるよ!」
馨がそう言った途端、ストーカーが突き出してきたスタンガンを避け、スタンガンを持っている手をハイヒールで強く蹴り飛ばした。ストーカーはハイヒールのかかとで強く蹴られたため、痛みに耐えられずスタンガンを手から離した。ストーカーは必死になってスタンガンを拾いにいったが、スタンバイしていた翼がスタンガンを奪った。
「うおぉ...。スタンガンなんて初めて触った...」
翼は初スタンガンに少しテンションが上がったようだ。感動しとる場合か。
しかし、ストーカーはハイヒールの一撃で懲りることはなく、スタンガンを奪った翼に襲いかかった。
「おい!返せ!ぶち殺すぞ!」
「言葉遣い改めろや」
翼は言葉でカウンターを打ったが、効果はなし。むしろ火に油を注ぐこととなった。
「調子乗ってんじゃねぇぞ」
「おい。テメェこそ調子乗っとるやろが」
「あ?」
翼とストーカーの口喧嘩がヒートアップしてきた。しかしストーカーは翼に手を出さない。おそらくスタンガンが怖いのであろう。ただ翼は殴りかかりそうな勢いがある。
「お前の敵は翼じゃない。この僕だ」
ストーカーの背後から馨が、ボクサーの試合前のような準備運動をしながら、口喧嘩を止めた。
「オメェこそ調子乗ってんじゃねぇか」
ストーカーは全力ダッシュで、馨に突っ込んでいく。まるで闘牛のようだ。しかし、ストーカーの猛ダッシュも虚しく、馨は簡単にひょいと避けて、ストーカーの腹部にハイヒールで蹴りを入れた。ハイヒールの先は尖っているため、一発耐えたストーカーでも流石に怯んだ。
すると馨はハイヒールを脱ぎ捨て、ストーカーに向かって猛チャージ。そしてそのまま地面に押さえつけた。足手纏いにならないよう端で見守っていた翼も、馨と一緒にストーカーを押さえつけた。必死に抵抗するストーカーであったが、その抵抗も虚しくサイレンの音が聞こえてきた。
「ナイスタイミング!警察さん!」
と翼はいうが、馨は
「いや、どう考えても遅いだろ」
と思った。
まさかこんなに早く襲われるとは思ってなかった。そこは誤算だったがストーカーが捕まったので結果オーライ。
ストーカーは取り調べを受け、犯行動機を聞かれると
「茜がかわいくて、本当にかわいくてたまらなかった。でも茜が俺の元から逃げたんだ。だからスタンガンで弱らせて、そのまま捕まえて連れ帰るつもりだった」
と言ったそうだ。結局ストーカーの件とDVの件で然るべき場所にお世話になるようだ。流石にキモすぎ。
「みなさん。私のために本当にありがとうございました」
茜さんは頭を深々と下げた。
「いやいや、頭上げて!今後またこういうことあったら俺たちのところ来て。俺なんもしてないけど」
翼は頼って欲しそうにしているが、何もしてないことを少し恥ずかしそうにもしていた。
「いやいや、あそこでスタンガン奪ってなかったら、終わってたよ多分」
と馨はフォローに入った。なんでいいやつなんだ。私の彼氏。そう言われた翼は少し照れくさそうに、そうかなぁとだけ言った。
「みなさん本当にかっこよかったです。本当にありがとうございました」
茜は私たちになんどもお礼を言った。
もう夜遅く。私たちは解散することにした。私は馨と一緒に帰るので、茜さんを翼に預けた。




