挨拶の極意
とうとうきたか、この時が。そう、今日は社長やお偉いさんたちに、編集した動画を見せる日だ。この動画を編集した霞は、朝からとにかく顔色が悪かった。青白いを通り越して、紫色になっていた。霞の首の上に、紫キャベツが乗ってるのかと一瞬思うくらいに、紫だった。そんなことはどうでもいい。僕もかなりの緊張で、手、足、声などいろんなところが震えている。たかが動画を見せるだけとか思ってるなら、その考えを今すぐにぶち壊しに行きたい。たかがとか言ってる場合じゃないのだ。
社長室を前にしたら、震えが止まった。なぜだ、なぜ緊張しない。さっきまで、たかがとか言ったやつぶっ飛ばそうと思うくらい吐きそうだったのに。隣の霞はもう一言も話さない。そんな余裕がないようだ。
「失礼します」
扉を開くとそこには、社長やお偉いさんたちが、長い机の奥に並んで座っていた。すると社長が突然
「やり直し」
と一言。
え、部屋に入ってきただけなんだが?
「やり直し、ですか?」
困惑する僕と霞。社長は続けて言う。
「お主らのMeTube魂はそんなもんか?MeTuberならMeTuberらしく、自己紹介してこの部屋に入ってきなさい」
...。
突然の無茶振りだ!!
「自己紹介ですね。わかりました」
なんで霞はすぐ理解できるのか。僕には理解できない、感覚神経をお持ちのようでいらっしゃる。
とりあえず部屋から出ることにした。
「馨、動画の通りいくよ」
「了解」
動画と同じ順番で挨拶をすることに。
「どうもみなさん、こんにちは。井川出版所属、MENSgirlのモデル。萩と」
「同じく井川出版所属、アイマイミーのモデル。飛鳥でふ」
あ、噛んじゃった。噛んでしまったからなのか社長の顔が渋い。
「ほう、これが君たちの挨拶か。なんか...普通...だな。もっとなんか、こうインパクトのあるものかと思っておったんだが」
社長は脳内で勝手に我らの挨拶のハードルを上げていたようだ。これはかなりしんどいな。そのハードルを越えなければならなくなっている。
「私が思うに、挨拶はその人を表す一つの方法だ。あいさつの特徴から、この人はこういう人なんだって、いうのが一発でわかる。挨拶をやる理由は名前を覚えてもらうこと。そして印象を残すことだ。あと挨拶は短い方がいい。キャッチーで端的で耳に残るフレーズを考えなければならない。だから自分の名前を言うだけではだめなんじゃぞ。これが挨拶の極意だ。多分」
社長はどんなことでも限りなく情熱を捧ぐ人。どんなことにもガチなのだ。
「挨拶の件は置いておいて、動画を見せておくれ」
なんとマイペースな社長だ。しかし挨拶はダメでも動画のクオリティは高いぞ。このクオリティの高さを見るがいい!
「では再生します」