モデルの心得
ふぁぁ...。大きなあくびが出てきた。理由もなく最近疲れたな。夜遅くまで起きてることが多いからかな。そう言えば最近、霞が家によく来るようになってから、家に泊まっていく日も増えてきたな。寝不足な理由はそこにあるのかもな。他にも理由はあるかもしれないけど。さあ!今日も仕事だ。頑張らないと。
今回の作戦はなすりつけ作戦という、おそらく非人道的で最低最悪の作戦である。それは僕らもわかってるが、そうしないと身バレしてしまう可能性がある。それだけはどうしても避けたい。なのでこの作戦は必然的なものである。
今日は僕や霞(バイト)、社長の井川さんや会社のお偉いさん、両雑誌の編集長などの会議がある。そこでMeTubeの方針など、いろいろなことについて話し合う。僕と霞はここで作戦を実行するつもりだ。
「では会議を始めていきます」
静寂に包まれ、緊張のせいか異様な雰囲気が漂う。目の前にはお偉いさんばかりで、とても作戦なんか実行できそうに無い。でも身バレを防ぐことができるなら、こっちの方がマシな気がしてきた。
会議は着々と進んでいく。そして話題はMeTubeに変わった。
「MeTubeの件なのだが、君たち2人がメインで出て欲しい。トップモデルとしての責任を果たして欲しい」
社長の井川さんからありがたい言葉をいただいた。しかし、責任を果たして欲しいと言われると、なすりつけ作戦は実行しづらい。しかしやらねばならん。社長の目をまっすぐ見つめて、少し圧を変えながら言った。
「あの。その件なのですが、私たちがメインではなく、他の若手の方がメインではダメなのですか?」
すると社長は
「だめじゃ」
と一刀両断。負けじと霞が説得しようとする。
「でも若手の方が...」
と言いかけたら社長は逆に目で僕に圧をかけ食い気味に言った。
「なぜ若手にこだわる?お主らは2人はやる気がないのか?」
「いえっ決してそういうわけでは...」
「じゃあ主らがやれば良いじゃ無いか?」
僕は埒があかないと思い、僕と霞のことを話した。
「僕ら、実はまだ誰にもモデルをやっていることをバラしていないんです。僕ら2人は、この姿が友達や家族にバレるのが嫌で、誰にも言わず2人だけの秘密、ということにしているんです。隠す理由としては、まだ男装、女装が世に浸透しきっておらず、バレた際、家族や友達に冷ややかな目を向けられてしまうのでは無いか、という不安があるからです」
すると社長は真面目な顔で話し始めた。
「お主らはわかっておらん。多様性と言われてきた時代でも、多数派の意見とは違うと、やはり冷ややかな目を向けられてしまう。そんなことは全員わかっとる。だからMeTubeで発信して、新しい時代を切り開こうとしたんじゃ。時代の波に飲み込まれてはいかん。時代の波を起こす人間になりなさい。その第一歩として、MeTubeをやるんだよ。モデルというのは顔や仕草が良くてやっと服が際立つ。だから身バレなんて恐れておったら、モデルなんぞ成り立たん。お主らはそんな生半可な気持ちでこの仕事をやっていないだろ?」
社長の言葉を聞いた時に、僕らは何か気付かされた気がした。僕らはずっと身バレを恐れていた。しかしモデルはそんなこと恐れてちゃ成り立たない。人になすりつけよう、なんてことを考えた僕たちが、とてもアホらしく思えてきた。
「僕たちはこれからも頑張ってモデルという職業を本気でやっていきたいと思っています。僕たちにとって、モデルは誇れる仕事です。なので、これからもモデルとして、トレンドを発信し続けていきたいと思います。MeTubeを全力で取り組ませていきます」
すると僕の話を聞いた社長に笑みが戻った。
「そうかそうか、やっぱり君たちに任せてよかったよ。今後の活躍も期待しておるぞ」
「はい!」
会議は無事終わり、僕たちは帰路についていた。助手席にいた霞は放心状態のようだ。魂が抜けている。
「社長の話聞いてたら、身バレしたくなかった理由が、アホらしく思えたきたな。なんか吹っ切れた感じするわ」
もぬけの殻になっていた霞に話題を持ち込んだ。すると、霞の魂が本体に帰ってきた。
「でも、私やっぱり怖いよ。親がなんていうかわからないし、友達にキモがられたりするのかもしれないし」
僕も本音を言うと少し怖い。少しというかだいぶ怖い。
「でも、大丈夫だよ。きっと。モデルの霞を見たら、みんなあまりの美しさに目を輝かすと思うよ。万が一キモがられたとしても、僕がいるし」
「...たまにはいいこと言うじゃん」
「たまにはって...」
「きっと大丈夫だよね。前向きに捉えていこう。」
僕ら2人、不安を抱えているが、少し小さな希望も見えたのかもしれない。