柘榴色の世界に満ちていく
「結婚しよう。そして、僕たちは幸せになろう」
「ごめん、無理です」
男が女にプロポーズをした。そして女は、即座に断った。
ある高級レストランの風景だった。
プロポーズをした男は、それは色男だった。ベージュ色のスーツを身に纏い、清潔感のある黒髪をし、その端正な顔を歪めていた。女の発言によって。
プロポーズをされた女も美しいものだった。背筋が凍るほどの美形な顔だった。黒色のドレスを着ており、その無味な色合いに不釣り合いなピアスをしている。
柘榴色のピアス。それが、俺だった。
「……まだ、前の人が忘れられない?」
「……ごめんなさい」
はぁーっと、男は隠さずにため息をつく。
「僕だってあんまりこんなことを言いたいわじゃないけど、もう貴女は二十八になるんだよ? それを、いつまでも高校の時の彼氏を引きずっていてもさ……」
「私が、二十八とか、高校の時の彼氏とかは、関係ない」
ため息を掻き消すように、女は強く言う。
「あの人は貴方が思っている以上に私にとっては大切で、私が思ってる以上に大切な人なの。来世で結婚するような人なの」
それだけ吐き出して、女は席を立つ。
「うるせぇ、脳みそ空っぽメルヘン女が。出会い系でちょっと顔がいいからって、飯食って満足すんな。その高校生にもらった安物ピアス、一生つけてろ」
レストランを去ろうとする女に、男はそう叫ぶ。俺はあまりそういう人間についてはわからないけれど、なぜかスッキリとした。
チャリン、と俺が揺れる。女が左の薬指で俺を弾く。
それは、子どものような純粋な遊び心で。
それは、大人が知る冷たい絶望感で。
夜の公園の話になる。
女はベンチでお酒を片手に泣いていた。
「あんの、イキリナルシスト男が。あんなふざけたスーツできどってんじゃねぇよ。心底気持ち悪い」
お酒が漏れる口の端から、「明日も仕事かぁ
」と音がして、
「……あぁ、病んで死んでみたい」
と月を見て泣いていた。
俺は、きっと、ただのピアスで何もできない。この女を今すぐに抱きしめてあげたくても、何もできない。
そんな、ただ、柘榴色のピアスなだけだった。
だから、少しだけのおまじない。
「痛っ」
女が耳たぶを抑える。
「ピアス、取れちゃった……」
俺を手のひらにのっけて呟く。
「家帰って直すか」
そんな、生きるための希望は、決して劇的なものではなく、笑えるほど小さなもので。
そんな柘榴色の世界に満ちている。