出会い
十時。
左右には本棚が床に列をなしてきちんと収められている。
壁には騒ぐの禁止!の文字を写した紙が貼られている。
天井の光に照らされている螺旋階段。
カチカチ、とわずかに音を鳴らす時計。
パタパタ、と駆ける子供の足音、注意する母親の声。
机に向かい懸命に勉学に励む学生。
椅子に座り、ゆったりと本を読む老人。
時間を感じさせない木のぬくもり、一人だけで使用できる個人ブース。
静かで厳かでどこか緊張させてしまう唯一の場。
多くの本がひしめき合い、人によってはどれも目移りする宝の山。
専門書や学術書など資料が無数に置かれた場。
ひんやりとツルツルした机。座り心地のいいイス。
貸出・返本用の受付カウンター。奥には数人の職員が作業を行っている。
時間は誰にでも平等であるにもかかわらず、それぞれの時間の流れが変わってしまう。
皆が自分の時間を楽しんでいる空間の中に二人の少女はいた。
一人は本を見て目を輝かせ、もう一人はキョロキョロと人の視線を気にしている。
上質な赤いワンピース、靴、リボンを身につけ水仕事など無縁そうなツヤツヤとした白く綺麗な手足。
顔は興奮で赤くなり唇は弧を描き人よりも本に興味をそそられるのだろう、さっきからその目には本しか写っていないようだ。
その横では、人の目を気にしているのか目を下に落とし不安そうな顔を浮かべて、繋いだ手を見つめている白いワンピースに身を包む少女。胸元には小さなリボンが揺れている。
二人は館内を進み二階へと上がっていった。
まだ太陽が外を眩しく照らしているときのことであった。
ふとローズは先ほどまで読んでいた本を閉じて辺りを見回す。
窓から差し込む光に空へと視線を向ける。
赤ともオレンジともつかぬ色の夕焼けがローズをそっと見守っていた。
ローズはその光景を見て感動したのか声をあげていた。
慌てて口に手を当てて目と耳に意識を集中させる。
だが、シンと静まりかえっており近くには誰もいないことが伺えた。
隣で絵本を読んでいたミモザもいないようであった。
しばらくローズは待っていたが一向に誰もくることはなかったため、ミモザを探しにいくことにした。
静寂な空間にパタパタ、というローズの足音だけが響いている。
子供からみたものはどれも大きく、広く感じてしまう。
当然だが、大人と子供では色々違うのだ。
もちろん、それはローズも例外ではないらしく大人が片手で持てる本を両手で持って歩いているのであった。
耳を澄ませても自身が建てている音以外に何も聞こえてこない。
あえて言葉にするなら無の音である。
階段を上がってくる音も聞こえなければ、ページを捲る音も聞こえず世界に自分だけ取り残されたように感じた。
ローズは無数の本棚の狭い隙間から影が動くのをみた。
気になりそちらへいくとゆらりと大きな影がローズを覆った。
「おや、こんな時間まで残っていたのかい?小さなお嬢さん」
大きな影がゆったりとした口調で聞いてくる。
いや、影だと思ったのは随分と身長の高い男だった。
片手には人形を持っている。
男の顔は窓からさす太陽の光によりローズにはよく見えなかった。
それでも、その声音から何か面白そうなものを見つけたというようなこの状況を楽しんでいるようなそんな感じであった。
ローズは警戒しながらも男の問いに応えようとした。
「あ、えと、友達を、さ、探しているのだけど」
何か知らない?、という言葉は続かなかった。
なぜなら、男はローズの横を通り過ぎていってしまう。
だが、しばらくしてこちらにおいで、おいで、と手招きをする。
大人しくついていくと小さな子でも座れる椅子と机が置いてある場所にたどり着いた。
もう遅い時間だからだろうか。そこには誰もいないようである。
訝しむローズに男はある方向を指差した。
そこは影になっていて暗かったが注意深く見ると誰かいるのがわかった。
「っミモザ!」
誰かいる、そう思った時には体は動いていた。
近くによると絵本が数冊置いてあるのが見えた。
スゥスゥという寝息のようなものも聞こえた。
「寝ているの?・・・起きてミモザ。もう夕方よ!」
何度か声をかけ、体をゆする。
ミモザは最初、顔を顰めているだけであったが、やがて意識が覚醒したのか体を起こした。
「ローズ?あれ、私もしかして寝てた?お、おはよう?」
ローズはそのミモザの笑顔にホッとした。
「おはよう、じゃないよ。私たち長居しすぎたみたい。これじゃお父さんに心配されちゃうよ。」
こうして、二人の少女は無事に帰路を走っていく。のであった。
「なんてねっ。でも、きちんと片付けてからでないとね〜。ヒヒヒッ」
男は走っていった二人の少女を見ながら笑う。