前編
崖の上からある里を見下ろす女がいた。
彼女の名は、さや。払い屋である。
「妙な気が渦巻いているな。ちょっと調べてみるか」
さやはきびすを返し、スタスタと歩き出す。少し経って里に着いたさやは、ある武家屋敷の前にいた。
「ここが1番邪気が強いな……」
「どうかされましたか?」
さやがじっと屋敷を見つめていると、横から声をかけられた。声をかけてきたのは着物姿の女性であり、手には買い物帰りであろう袋を持っていた。
「いや、ちょっとここの主人に、ある依頼をされて来たのですが、あなたは?」
「私はさくらと申します。ここで女中をしております」
さくらという女性は、ゆっくりと頭を下げた。そして、顔を上げるとさやに微笑む。
「どうぞ、中へお入りください。ご案内致します」
さくらが扉を開けて中へと促す。さやは、少し辺りを警戒しながら中へと入っていった。
中に入るとすぐ廊下があり、さくらがスタスタと前を歩いていく。さやも後から続くが、ふと考えを巡らせた。
(しかしこの娘、急に現れたような……あの周辺には人の気配などなかったぞ)
「さくら、ちょっとおかしなことを聞くが、この屋敷で妙な事件などなかったか?」
すると、さくらはぴたっと足を止めた。
「知りませんわ」
さやの方を向かず、それだけ言うとまたスタスタと歩き出した。
(なんだ、一瞬気配がかわったような……)
すると、さくらがいきなりさやの方を振り向いた。
「では、私はここで失礼します」
さくらは一礼すると、さやの横を通り過ぎ、さやが振り向くと、もうさくらの姿はどこにもなかった。
「もういない……あの娘まさか、な」
「あのー……」
また声をかけられて、さやが前を向くと、さくらによく似た小柄な少女が立っていた。
「何かご用でございますか?」
「あぁ、ここの主人に依頼されて来たんだが、主人はどこかな?」
「ご主人様は今出かけられております。どうぞこちらでお待ちください」
部屋に促されさやは中へ入った。
「私は女中のゆりと申します。何かご用があればなんなりとお申し付けください」
ゆりという少女は、さやに一礼すると立ち上がってどこかへ行ってしまった。
「あっさりと中に入れたな。しかもここが1番邪気が強いじゃないか。私が払い屋でなければただでは済まないぞ」
さやが少し顔をしかめていると、何かがさやの前に現れた。
「あぁ、セイリュウではないか。すまないがちょっと辺りを見てきてくれないか」
セイリュウと呼ばれた者は、青い髪に右目に眼帯をしている男性だ。しかもしかめっ面である。
「……」
セイリュウは、」じっとさやを睨みつけていた。
「そんな怖い顔をするなよ、セイリュウ」
次に現れた者は、狐の面をくいっと上げて、くすくすと笑っている。
「気軽に話しかけるな、キュウビ」
キュウビと呼ばれた者は、狐の耳とふわふわのしっぽが生えていた。
「つれないねー。一緒に見てまわればいいのにー」
「うるさい。俺はこいつに用があるんだ」
そしてまたセイリュウは、さやをじっと見つめていた。
「お前、ここの主人と関りがないだろう。だから依頼されるわけがないんだ」
「あぁ、バレたか。そうなんだよな、今その言い訳を考えていたところだよ」
「それならお前が悪い。ちゃんと叱られるんだな」
「あらー、セイリュウ冷たくない? ちょっとは協力してあげればいいのに」
「だから茶化すなと言ってるだろう! さっさと行くぞ」
「はいはーい。了解しましたよ」
そう言って二人とも部屋から出ていった。残されたさやは、うーんと唸って先ほど言っていた言い訳を考えている。
「さて、どうしたものか。とりあえず考えもまとまらないし、私も近くを探ってみるか」
さやは、一旦外に出て辺りを見回した。すると、1匹の猫が現れ、にゃーと鳴くと歩いて行ってしまった。
「なんだ、あの猫は。ここで飼われているのだろうか」
さやが考えを巡らせていると、ゆりがやってきた。
「お客様、どうかされましたか?」
「いや、今ここに猫がいたんだが、ここで飼われているのか?」
「いえ、ご主人様は猫が嫌いなのでいるはずはないのですが……」
「そうか。あと、ここでおかしな事件などはなかったか? 先ほどさくらにも聞いたんだが、知らないと言われてな」
「え……」
さくらの名前を出した途端、ゆりの表情がこわばった。
「何故お客様が姉の名前を知っているのですか?」
「なんだと?」
ゆりの話では、ここでさくらは働いていたらしいが、最近になって連絡が途絶えたらしい。だから気になって自分も女中になって調べていたということだった。
「あと、おかしな事と言えば噂なんですけど、近頃ここの使用人たちが行方不明になっているらしくて、姉とも連絡がとれないので心配で……」
「わかった、ありがとう。さくらのことも気になるが、行方不明ともなると大事だな。そちらも調べてみるか」
「あの、私にも何か手伝わせてください!」
「なら、今ここにいる女中はゆりだけか?」
「はい。あ、でもご主人様のおば様と、もう1人三郎という男の人がいます」
「ふむ。あとは主人が帰ってきてから話を聞く事にするか」
「あの……なんで姉を知っていたんですか」
「実は、この屋敷の前で会ったんだよ。そして私は中に入れてもらったんだ。でもすぐにいなくなってしまった」
「いなくなる?」
「まぁ、それは主人との話でわかってくるだろう」
ゆりが俯いていると、玄関の方から声が聞こえてきた。