塩に溶け込む
「ねぇ、君。塩の結晶って見たことある?」
「は?」
それはある日突然の事。
大学の食堂で塩ラーメンを啜っていたら、見知らぬ男に話しかけられた。白衣に青一色の不気味な姿。シカトしよう。ぽかんと開いた口を一旦閉じて、1日50食限定の伸びかけたそれに口をつけようとして、私の口は別のものを口つけた。
「ね、無視しないで?」
「はっ!?ば、馬鹿じゃないの!?なんでいきなりキスするんだ!」
「えーだって話聞いてくれなさそうだったからー。」
「だからってするやつがいるか!!ラーメンが伸びるからそこに座ってろ!!」
なんだか視線が痛いが、限定50食はなんとしてでも完食したいという気持ちが勝って視線をスルーした。男はおとなしく目の前の席に座ると、ところでさーと話し出した。
「そのラーメンにも入ってる塩なんだけどねー。」
こいつはやたら塩にこだわんなと思いながらスルーする。ズルズルする。時々ちゅるりとして、一瞬だけ顔を上げてやらんでもない。
ふっ。
視線合わせなきゃよかった。なんかムカついた。
男を無視して食堂を出ると、当然のように男も出てきた。そしてすれ違う人に写真を撮られている。有名人のようだ。
「ソルティー!やっほー!」
「諸君、ごきげんよう!」
やっぱ、あだ名も塩なんだ。と、思っていると無意識に男のペースで歩いていることに気がついた。こっちは海洋実習系の施設で私の目的としている講義とは全く関係ない。慌てて、引き返そうとして。
「逃げないで。」
どこか暗い施設のドアへ押し込まれた。
「イタタ・・・ここは?」
「僕の施設。お客さんは君が最初で最後。」
「意味分かんないけど。」
「分からなくていいさ。ほら見てご覧、これが塩の結晶。」
「なん・・・わぁ。きれい。」
そこにはきれいに飾られた正六面体の透明なオブジェがあった。これが塩なのか。普段意識してないけどきれいな形してるんだなあと感心していると、男は私の頭を撫でた。
そのオブジェから見てぼんやりとした電気の奥。大型のポット型水槽があるのが見えた。無意識に手を取られ、その上へと誘導されていく。抵抗はなかった。なんでかな、そこに行かなきゃいけない気がした。
「君を見つけた話をするね。」
男はひとりでに話し出す。
「僕ってさ、有名人みたいでソルティーなんて呼ばれてたりして、塩の研究なんてしてるの珍しいからさ。それかなぁとか服装も後で気付いたんたけど海みたいだって。それで大学の中歩いてたらさ、全く僕を見ない君を見つけた。」
そらそうだ。私は大学じゃ陰キャボーイで塩ラーメンだけが楽しみの男子大学生だ。
「数日に一度の塩ラーメンが楽しみで、大学になんとなくいて、それで。」
あぁ、気付いた。こいつは。
「「波の音が好き。」」
「あの時の海水集め野郎だったか。」
大学の近くには海岸がある。私はよくそこでぼーっとするのが好きだった。いつもどおり浜辺に腰掛けぼーっとしていると、ペットボトルをがらがらと引きづっている真っ黒な男がいた。変なやつだなと思っていると、なんだか海水を汲み出している。そしてそのペットボトルが波にさらわれて、行ったり来たりしている。鈍くさいなあなんて笑いながら見ていると、男のペットボトルが私の近くまで流れてきた。
「おいあんた。これ、あんたのだろ?」
「え、あ、あぁ、すいません。」
「どこの汲むの?」
「えっ?」
「海水とはいえ許可は取ってんだろ?上澄みなのか砂ギリギリなのか汲むの手伝ってやるから言えば?」
「あっ、じゃあ上澄みと砂ギリギリなの半分ずつで!」
おどおどしながら男がペットボトルを差し出してくる。
コポコポコポ。
コポコポコポ。
あの時のペットボトルに海水を汲んだときの様な音が水槽の方からする。
「あの日の君の優しさに僕は透明感を見出したんだ。」
「大したことしてないけどな。」
「好きだよ。」
「うん。」
「だからさ。」
あぁ、あの時、海水汲まなきゃ良かったなぁ。
「僕だけの結晶になって。」
どぼん。
即座に水槽に落とされたのだと察する。が、上も下もわからず浮かぶことができない。いや、違う。自然に浮いてはいる。何かで繋がれている。だから、浮けない。
この水は、塩分濃度が高いんだ。
「君はこれから姿を変え、僕だけの、僕のための身体になる。沢山、愛するよ。だから、ずぅっと。」
口の中がしょっぱい。飲んだら最期だ。いや、飲まなくても最期だ。
「塩のものになって。」
「海だったんだな。」
水槽の外、青が光る。
私は最後に泡沫を吐いた。
友達からのネタ提供で生まれました。感謝。