鈍感!
何故か興醒めしている楓さんに、俺自身日々の生活で全く感じる事の無かった密偵の件を伝えた…あの柴田勝家だ!俺が信長様と頻繁に密談を始めた頃から恐らく密偵を放っていたはず!。
「主、欄丸の進言は事実です…すでに木下家の周りには数人の密偵が張り付いています!」
「マジで?…ぜ、全然気が付いていなかった…」
借金取りには頭を悩ませていたが、これまで平凡なほど庶民として生きて来た俺は、人から注目された事もストーカーのような一つ一つの行動を観察された経験すらあるわけが無く、少しだけ背筋が冷たくなるような恐怖を感じてしまった。
「ですが、心配ありませぬ、柴田様の密偵は私の知人や共に忍びの修行をした仲間なので友好関係にあります、なので柴田様には当たり障りの無い報告を皆してくれています…」
「え?そなの?」
「はい、あまり主に余計な心配をさせまいと私が勝手に動いてしまい、報告もせず本当に申し訳ありません…」
「い、いや、いいんだ!…ありがとう楓さん♪…やはり君は俺の立派な警護役だよ!」
「け、警護役?……そ、そうです…よね…はぁぁ~…」
「は?…」
また残念そうな顔になった楓さん…その理由よりも、彼女のお陰で一つの心配事が消えたのが俺は嬉しかった!。
となれば、もう一つの疑問も俺は彼女にぶつけてみる。
「楓さん?…知っている所だけで構わないんだけど、柴田様が藤吉郎様を目の敵のようにしておられるのは二人の過去に何かあったのかな?」
「そうですね~……木下様はあのような性格ですし、それに…もしかすると……」
「もしかすると?…」
楓さんは握り拳を下唇に当て、視線を床板に向けながら何かを思い出そうとしていた。
そんな彼女の仕草は剣客というよりは話題好きの女子大生のように見える。
「主、柴田様はいまだ奥方様を迎えていないのは御存知ですか?」
まぁ映画やドラマで柴田勝家の人生はそれとなく知ってはいるが、それが正解かどうか分からないのでここはとりあえず知らない事にしておく。
「この時代で珍しいですね…織田家の重臣ともあろうお方が…」
「えぇ、そうです…主?…ここからは、柴田様の配下の者から聞いた噂による私の推測になりますが、あのお方は信長様の妹君であらせられるお市様に対し気があるように思われます!…」
目を潤ませ、ちょっとドヤ顔になる彼女だが、それくらいなら俺にも知識がある…そのお市様にどう藤吉郎様が結びつくのかが一番知りたいのだが…。
「そ、そうだったの?…し、知らなかったなぁ~~…はは…」
「やはりこれは私の中にあるおなごの直感が伝えて来ているのです!…柴田様はお市様をお慕いしてると♪…しかし、自分が仕える主君の妹君を慕う…それは決して成就する事が無い現実!…そんな気持ちに日々耐え忍ぶ柴田様♪…いかがですか!」
(はいはい、それはもう承知です…この子、もしかしてジギルとハイド症候群?…冷酷なサイボーグになったり、恋バナに華を咲かせるキャピキャピ女子大生みたいになったり…よく分からんな…この子の性格…)
「はぁ…そうなの?…」
「叶わぬ想いを胸に秘めながら耐え忍ぶ…そんな柴田様の気持ちは私もよく分かります…きっと柴田様もこの苦しい想いを抱えておられるのでしょう~♪」
ほんのりと頬を桜色に染め、楓さんは潤んだ瞳で俺を見詰めるが、結局彼女の言葉に藤吉郎様が出演していないので、俺は新たな質問を彼女にぶつけた。
「それと藤吉郎様がどう拘わるのか教えてくれる?」
「は?…え?………ん!……んんっ…たく……鈍感……」
「え?…何?…聞こえなかったけど…」
「な、何でもありませぬ!…主はまだ理解出来ないのですか?…柴田様の気持ちが!」
「え?…」
何故だが彼女の頬が桜色から朱色に変化し、それまで潤んでいた瞳は消え、今はきつく目尻が釣り上がっている!果たして俺は彼女の機嫌を損ねる事でも言ったのだろうか?。
「いいですか、主?…柴田様は重臣なれど、滅多にお市様にはお会いする事が出来ませぬ、それとは逆に木下様は台所奉行、毎回の食事は木下様自らあのお美しいお市様の所に配膳しております!あの木下様の事ですよ、ただ配膳だけで済むとは考えられません…」
「あぁ、なるほど!…柴田様はそれが気に入らないと……」
「……鈍感……」
「え?…また何か言った?」
「いえ、別に……」
お市様の件で柴田様と藤吉郎様のいざこざに巻き込まれていた俺は少し腹が立ったが、相手はあの柴田勝家だ!厄介どころの話しでは済まない…かと言って地位、武力、カリスマ性、どれを措いても俺が勝てる要素は見当たらない…。
だが、このまま柴田勝家の顔色を伺いながらこの時代で生きるのは窮屈だし、オマケに命の危険も出て来るはず…。
(今は好きになれない男だが、何とか柴田勝家を俺達のエリアに誘い込む事は出来ないだろうか?…)
「楓さん、一つお願いがあるんだけど…」
俺はジッと不機嫌な彼女の顔を見詰める、そんな彼女も俺の真剣な眼差しに気が付き、そっと視線をこちらに向けてくれた。
「な、何ですか?」
「君にしか、頼めない事なんだ……聞いてくれるかい?」
「ぇ…え…ポッ❤…な、何でしょう?…」
「お、俺…今、君の顔を見て自分の気持ちに気が付いたんだ……言っても、いいかな?…」
「あ、主…こんな陽の射す所でですか?……そ、それに…ここは城中…」
「いいんだ!…周りには誰も居ないし…ここには俺と君しか居ない…分かるだろ?…」
「え?…ぁ…その…あ、主…わ、私は…いつでも…主の言葉を受け入れる覚悟は出来ておりました❤…おなごは男に恥をかかせてはなりません…ど、どうぞこの楓にお気持ちをお伝え下さい…」
「ありがとう、楓さん…じゃ、しっかりと聞いて欲しいんだけど…」
「は…はい…主❤…」
「すぐにでも柴田様の事を詳細に調べて欲しい!」
「へ?…柴田様?…ぇ…え?…!!……あれ?…くっ……く…ど………どっ、鈍感!!」
「…おや?…」
いきなり楓さんは顔をりんごのように真っ赤にし、この部屋から出て行った!俺はただ自分の考えを彼女に伝えただけで、別に怒らす要因は何も無かったはずなのだが…。
しかし、1つだけ分かった事がある!どうやら俺は[鈍感]だそうだ…。




