欄丸の進言
俺の時代の温暖気候に比べかなり寒さが厳しかった戦国時代の冬を越え、ようやく畦道につくしが伸び始めた頃、この尾張にも戦の噂が流れ出し国内もその異様な雰囲気にざわめきだしていた…。
俺は幾度か信長様と謁見をし対今川攻略の案を構築させていたが、頻繁に俺が信長様と会うのを快く思わない者も当然ながら現れ始めている。
(立身出世が当たり前の時代だからしょうがないが、今はそれを考える時ではないだろうに…)
信長様、胡蝶様、お市様、木下家、森様親子、その人々だけが今の俺の味方だ…他の家臣にしてみれば何処の馬の骨とも分からない男が短期間で織田家の信頼を得た事は到底愉快ではないはず。
特に柴田勝家殿は以前より藤吉郎様を嫌悪しているからか、いつも一緒に居る俺までも敵視しているらしい…あの人から見れば取るに足らぬ足軽頭なのに…。
(まぁ俺が信長様のお気に入りだという事で下手な手出しはしてこないが、これはいずれ敵味方を見極める必要があるな……なるほど、これが俗に言う派閥というものかな…)
「巽殿!」
「あ、欄丸様……何か?」
信長様と協議を終えた俺は帰宅の為、城の回廊を歩き楓さんの待つ居間へと向かっていると、欄丸様が俺に声をかけてきた。
彼が何を伝えたいのかある程度予想は出来ていたが、ここは冷静な自分を見せる方がいいだろう。
「…まずは、その…[音楽ぷれいやー]なる板を私などに進物していただきありがとうございます!」
「いえいえ、どういたしまして!…未来の音楽はお気に召しましたか?」
「えぇ♪聞いた事のない楽器の音や美しいおなごの声…な、何だか気分が高揚してしまうような音まであり正に驚きです!…正直、殿からのお呼びがかかるまでの暇な刻が楽しみになりました♪」
クラッシックからJAZZ、ポップス、ロックと色々なジャンルをダウンロードしてあるので暫くは彼も飽きる事はないだろう…だが、俺を呼び止めたのは別の本命があるはずだ。
「それは良かったです、で?…他にも私に御用があるみたいですね、恐らく城内の者には聞かれたくない御用が…」
「はい、その通りでございます…少しこちらへ…」
俺と欄丸様は壁際に移動し、ヒソヒソ話を始める…この行動だけでもこの城内の人に聞かれたくない証拠である。
<巽殿…実は…柴田様の事でございます…>
(やはりな、俺ですら感づいていたんだ、いつも信長様の側にいる欄丸様が気が付かないはずは無いと思っていた…)
<柴田様?…>
<はい、最近よく殿が巽殿と密談をしているのが気になられているようで、先日も「あの巽とは何者ですか?」と、殿に迫っておられました…>
<ま、そうでしょうね…普通ただの足軽頭が信長様と顔を合わせるなんて有り得ないでしょうし…>
<えぇ、すでに柴田様はお抱えの密偵を使い巽殿の身辺を調べているはず…お気を付け下さい>
まぁこの流れは時代劇でもよくある事なのでそれなりに想像の翼を羽ばたかせてはいた、それに今はこれといって俺の周りは穏やかなのだが…。
(周りは穏やか?…いや、待てよ…)
<それに、巽殿は木下様と同じ家に住んでおられる、それも柴田様の中に疑心を芽生えさせているようです、なにせ柴田様は木下様を目の敵にしておりますゆえ…>
<えぇ、分かっています…その腰巾着の私も同類だという事でしょう…>
<どうか巽殿にはこの尾張の為、無事で居てくれなくてはならぬお方、くれぐれも御用心を…>
<お心遣い、感謝いたします、欄丸様!>
欄丸様と別れた俺はまた回廊を歩きだすと[噂をすれば影]の言葉通り、前方から柴田勝家がこちらに向かっていた。
これまでコミックやゲームから俺の中での柴田勝家像は立派な髭を蓄え身長2m弱の大男であったが、そのイメージを少し裏切り恐らく170cmくらいの身長に感じた…ただあの立派な風貌は織田家の重鎮らしく虎のような威圧のオーラを漂わせていたので、遠目でもすぐ柴田勝家だと分かった!。
(ここは下級武士らしく土下座をしてあの男を通すのが賢明だな!)
俺は壁際で土下座をし、彼が俺の前を通り過ぎるまで視線を床に向けたままこの緊張の時間をジッと耐えることにした。
徐々に俺の左耳からノシ!ノシ!と、床板を踏み締める音が聞こえ、ソレを俺は固唾を飲み静かに聞いていた。
「はて?…何やらここだけ獣臭いな……お、なんじゃ!…こんな所に小汚い小猿が居るではないか!…どうりで獣の臭いがしておると思ったわ!…」
(完全に俺の事だな…藤吉郎の腰巾着だから小猿か…なかなか上手いな…しかし、ここはダンマリがいいだろう、下手に刺激すればこちらに分が悪い…)
「……………」
「猿には人の言葉が分からぬと思うが、教えてやるか…出る杭は打たれる!…果てさて、その杭を打つのは誰であろうかの?…わははは~~!」
「……………」
(お前がその役になりたいんだろ?…)
「やはり小猿には言葉が分からぬか、まぁよい!…いずれこの尾張から猿共を追い出してやるわ!」
どうもこの男は俺の予想以上に藤吉郎様を目の敵にしているようだ、しかし何故そこまで嫌っているのか理由が分からない、今の俺の身分では簡単にこの男から聞きだす事も無理だ…。
(原因があるから結果が出る…この身分が違う柴田勝家と木下藤吉郎の間に何があったのか…)
転校早々に不良グループのリーダーから目を付けられた気持ちのまま、俺は楓さんの待つ居間に戻って来た。
「只今戻りました」
「お疲れ様です主、では私は松風を城門まで…」
「いや、その前に楓さんに聞きたい事があるから、少し話をしないか?あまり大きな声では話せない内容だけど…」
「えっ?…ポッ❤…お、大きな声で話せないことですか?…こ、こんなお城の中で…」
彼女は令和の時代から戻って来て以来どうも様子が変わっていた、藤吉郎様やおねちゃんの前ではいつものサイボーグモードなのだが、俺と二人きりなると乙女の楓ちゃんに変身している。
「実は、さっき欄丸様から聞いたのですが、あの柴田勝家様が俺と藤吉郎様に密偵を放っているらしいんだ…」
「はぁ?…そ、その事ですか……はぁぁ~…そうですか…ふ…」
(何その残念そうな返事?…)




