この想いは心に隠して
平和な時代と聞いてはいたが、このての輩は数百年経っても居るようだ、おなごが一人の時に限って蝿のように何処からともなく飛んでくる…。
[そんな言い方しなくても、俺達は君と一緒に遊びたいだけなんだって!]
[そうそう、君が泣いてて可哀想だなぁ~、と思って声をかけたんだよ!]
[彼氏にふられたんなら、俺達が何処かのサテンで話を聞いてあげてもいいんだよ~ん!]
(なんだこの男共は?…私の態度に向かってくる気が無いのか!…)
[ね?…俺達が奢るからさ、カラオケなんてどう?…可愛いメイドの服を着た君の歌を聞いてみたいな~♪]
何故知らない男の前で私が歌わなければならないのか意味不明だ…それに、私は去れ!と言った、にも拘わらず、こヤツらは怒りを出すどころかナヨナヨとまだ私に言い寄ってくる…私の時代なら当に刀を抜いて迫ってくるのだが…。
[ね、これから一人で居ると余計辛くなるって!…だから俺達が気を紛らわしてあげるから、ほら、一緒にカラオケ行こうよ♪]
髪が黄色で耳に小さな風鈴をジャラジャラとぶら下げた男が私に向かって手を伸ばし肩を掴もうとした瞬間、私は愛刀の鞘でその手を払いのけた!。
[いて!…な、何すんだよ!…俺はただ君を誘うつもりで…]
「己の名も告げぬ男が気軽に私の身体に触れるな……私は大和飛燕流伝承者、橘楓…それ以上私に触れるつもりなら地獄の閻魔様に会わせてやってもよいのだぞ…」
私は愛刀を目の前にかざし、目の前の男を見詰める…。
[ひっ、な、何だよこの女……]
[マジいかれてるんじゃないのか?…気味悪いぜ…]
[な、何かやばそうだし…か、拘わるの止めようぜ…]
まだ私が愛刀の刃すら見せる前に、この時代の男共はすごすごと負け犬の如くこの場から退散した、正直それはそれで肩透かしもいいとこだ。
(この時代の男共はおなごに対し威圧を与える事は無いが、何とも派手な姿の割には軟弱なのだな…この不快な気持ちを治める為に、一人か二人叩きのめしたかったのだが…)
「か、楓ちゃん、大丈夫?…」
「瞳殿、なにゆえここに?」
少し息を切らして瞳殿は声をかけてきた、私は何事も無かったかのような表情を作ってみたのだが、どうやら彼女はその前から私が男に絡まれているのを目撃していたようだった。
「なにゆえ?…って、中々楓ちゃんが戻って来なくて探していたの、そしたらチャライ男らと居るし、それに…その杖というか、刀を前に出してたから飛んできたのよ!」
「そんな事ですか、私の時代なら斬り捨てるつもりでしたが、この時代はそうもいかないようなので、軽く叩き伏せる程度にしておくつもりが逃げられてしまいました…」
「それはそれで、またやっかいな事になるから…でも、本当に無事でよかった…」
「瞳殿…御心配をかけました…申し訳ございません…」
「ねぇ?…あそこの壁際にベンチがあるから、そこでちょっち話をしようよ…」
「は、はぁ…」
これまでの瞳殿の表情と言えば、子を育てるような親の表情に近かったが、今は一人のおなごとしての顔を私に向けていた。
その顔はとても静かで落ち着きがあり、姉の居ない私でも本当に瞳殿が私の姉であるかのような雰囲気を出しながらベンチとやらに腰をかけた。
「楓ちゃん、話が途中で終わっていたから、続きを話すけど……」
「瞳殿…もうその話は結構です…やはり私は剣客、それに…悪党とはいえ、これまで幾人もの命を奪ってきたのです…そんな私が普通のおなごの喜びを求めるなど…天が許しませぬ…」
「いいえ、それは違うわ…あのね……」
瞳殿が私に告げた言葉はこうだった、まず私がその悪人共を見逃せば、より多くの人の命がその悪人達により奪われていた、そんな罪なき善良な民を私が守ったのだという事…。
そして、この時代は神についての学びも盛んらしく、自分の罪を認め、悔い改める事で神はその者の罪を許してくれるそうなのだ。
「だからね、楓ちゃん…あなたは敢えて自分から罪を被り、弱い人々を守ったの…この時代で人を斬るのは重罪だけど、あなたの時代ならそうでもしない限り、悲しい運命から逃れられない人々が多いのだから…」
「瞳…殿……では、神は…これまで私がしてきた所業を許しているのですか?……」
「まだ楓ちゃんと出会って二日目だけど…あなたは自分の私利私欲で動く人じゃないと分かってるつもり…はは、そんな私でさえ分かってるんだから、ずっと空から見ている神様はもっと楓ちゃんの事を理解してくれてるわ……それに、巽君もね…」
「ひ、瞳…殿…」
実際、私に姉が居たのなら、このような会話をしていたのだろうか?…いや、初めて橘家に産まれた者は大和飛燕流の伝承者になるのが掟…仮に姉が実在していたとしても、このような会話をする事など有りえなかったはず。
(でも、瞳殿が私の姉だったら…私はずっと姉様の側で甘えていたかも知れないな…)
初めて姉妹とやらの繋がりを感じた私は、これまでモヤモヤしていた気持ちがまるで暗雲の隙間から陽が射したように晴れていった。
「ほんとはさ、私…最初から楓ちゃんと巽君はお似合いだと思っていたの♪…おねちゃんには藤吉郎さんが居るし、今の彼女はちょっとした火遊び気分なんだろうけど…やっぱりあの子は人妻なんだし…私は楓ちゃんが巽君の支えになってもらいたいのよ…」
「今も警護役で主を支えておりますが…」
「そうじゃないの、巽君の全てを支えてあげて欲しいの…心も、身体も…そして…楓ちゃんには、いつか巽君の子供を産んで欲しいな♪」
「わ、私が…主の子を!」
「えぇ♪…巽君と楓ちゃんの子供なら、きっと可愛い子が出来ちゃうわよ~♪」
「ひ、瞳殿?…そ、その…子とはどうすれば出来るのですか?…御神木や神の岩に子宝祈願すればよいのですか?…」
「はぁ?……え?…し、知らないの?…じゃ…あ、後で…ここの本屋で中学生が使う保健体育の教科書を買ってあげる……まぁ、売ってたらだけど…」




